第51話 百貨店3

 ここで女性の服に着替えろという明日香の言葉に、蒼汰はびっくり仰天した。


 「えっ、こ、この女子トイレで?」


 「そう。神代くんは、私のマンションに帰ってから女の子の服に着替えればいいと思っていたんだけれど、さっきの妖怪の襲撃を見ると、とてもそんな余裕はなさそうね。妖怪はあなたが男の子の格好をしている限りは、虎視眈々とあなたの隙を狙い続けるのよ。はやく女の子の格好になって妖怪の眼を惑わさないといけないわ。いいこと。神代くん。だから、あなた、いまここで着替えなさい」


 明日香は命令口調でそう言って、さっき買ってきたばかりの衣服が入った紙袋を蒼汰に差し出した。


 蒼汰は躊躇ちゅうちょした。こんなトイレのような人の出入りの激しいところで、女性の服に着替えるなんて・・とても恥ずかしくてできない。


 蒼汰はささいな抵抗を試みた。


 「ええ、そんなあ・・・こんなところじゃ、恥ずかしいよ」


 明日香は許してくれなかった。怖い顔で蒼汰を睨みつけると、厳しく言い放ったのだ。


 「何を言ってるのよ。あなた、命を狙われてるのよ。恥ずかしがっている場合じゃないでしょ。これは上司命令よ。上司命令には絶対服従よ」


 そのとき、トイレの中に女性が入ってきた。女子トイレの中に明日香と蒼汰が立っているのを不思議そうに見ながら、空いている個室に入っていった。このため、蒼汰はこれ以上、明日香に声を出して抵抗することができなくなってしまった。


 結局、蒼汰は上司命令と言われて押し切られてしまったのだ。蒼汰は明日香に言われるままに女子トイレの中で服を着替えさせられた。明日香がまた妖怪が襲ってくるかもしれないと言うので、個室のドアは開けたままにさせられた。そして、明日香に眼の前で見守ってもらいながら、個室の中で明日香の差し出す衣服を身につけたのだ。


 明日香が着替えを手伝ってくれた。おかげで妖怪は襲ってこなかったが、トイレに次々と入ってくる女性客からジロジロと不審の眼で見られて、蒼汰は生きた心地がしなかった。着替えながら耳まで真っ赤になってしまった。


 明日香の仕事が細かいところまで徹底しているのは、みろう出版でも有名だった。ここでも明日香は徹底していて、まったく妥協を許さなかった。蒼汰は下着から何から何まで女性のものに着替えさせられた。


 上下セットになったブラジャーとショーツ、ショート丈のスリップ、薄い青色でヒラヒラしたフリルがたくさんついた袖の広いブラウス、ブラウスと同色の少し濃い青色で花の模様がついたひざ丈の、すそがふんわり広がったプリーツスカート。白いレースのカーディガン・・・すべて外見がいかにも女の子らしく見えるようにと明日香が選んでくれたものだ。


 ストレートロングのウィッグもかぶせられた。長い髪は後ろでそろえてシュシュで束ねた。イヤリングもつけた。そして、明日香が一番こだわったのがストッキングだ。蒼汰は明日香が選んで買ってくれた、ブランド物の薄い焦げ茶色のパンストをはかされた。パンプスもはいた。ポシェットも持たされた。帽子もかぶった・・・明日香の細かい指示に従って、蒼汰が次第に女性に変わっていく。女性の服をすべて着終わると、明日香が眼を見開いて感嘆の声を上げた。


 「神代くん。あなた、とってもよく似合ってるわよ・・・そこで、ぐるっとまわってみて・・・いいわよ。どこから見ても女の子にしか見えないわ。これなら間違いなく妖怪の眼もごまかせるわよ。あとはお化粧ね」


 明日香は女子トイレの鏡の前に蒼汰を連れていくと、自分の化粧品をだして簡単に化粧をほどこしてくれた。蒼汰の目の前の鏡の中の人物が、見る間に輝くような女性に変わっていく。蒼汰は自分の変身に眼をむいた。変身に合わせて、自分の中の人格が少しずつ変わっていくようだった。蒼汰は軽い倒錯を覚えた。


 それから二人は高島屋を出た。蒼汰は明日香に連れられてタクシーで明日香のマンションに向かった。女装が功を奏したのか妖怪は襲撃してこなかった。

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