第49話 百貨店1

 蒼汰と明日香は京大を出て、四条河原町の高島屋に向かった。倉掛に言われた蒼汰の女装のための婦人服を買うためだ。


 高島屋では3階の婦人服売り場に行った。明日香が買うべき服を選んでくれた。ヒラヒラした女の子らしい服ばかりだった。あれを着るのか・・そう思うと、支払いをする明日香の横で蒼汰は真っ赤になってしまった。


 婦人服はできるだけ明日香の持ち物を借りることにして、高島屋での買い物は必要最小限にとどめたのだが、それでも大型の紙袋がいくつかできた。蒼汰は紙袋を持って、買い物を進める明日香にくっついていた。3階の婦人服売り場で買い物を済ますと、蒼汰はトイレに行きたくなった。


 「山之内さん。僕、ちょっと、トイレに行ってくるよ」


 「えっ、神代くん。勝手に一人で行っちゃダメよ。私もついていくから」


 明日香は蒼汰に並ぶと、両手で蒼汰の腕を取った。そして、蒼汰の顔を覗き込むと、こう言い放った。


 「いい、神代くん。あなた、トイレはねえ、男子トイレではなくて女子トイレに入るのよ」


 蒼汰は面食らった。


 「ええっ、そんな。僕はまだ男の服装だよ。女子トイレなんて無理だよ」


 「何を言ってるのよ。あなたが男子トイレに入ったら、私は男子トイレに入れないから、妖怪に襲われてもあなたを守ることができないじゃない」


 「ええっ、でも、僕が女子トイレなんて・・・」 


 明日香はウフフと笑うと、立ち止まった。そして、両手を蒼汰の両肩に置いて、正面から蒼汰の顔を覗き込んだ。真正面から明日香に見つめられて、蒼汰の胸がキュンと鳴った。


 「大丈夫よ。安心しなさい。・・・私が入口から女子トイレをのぞいて、トイレの中に人がいなくなったら教えてあげるわ。そしたら、神代くん、あなたがトイレに入ればいいわ。万一のことを考えて、個室のドアの鍵は絶対にかけずにいるのよ。必ずドアをすぐ開けられるようにしておくのよ。何かあったら、私がドアを開けて個室の中に飛び込めるようにね」


 女子トイレ・・鍵を掛けない・・蒼汰は真っ赤になった。


 「でも、誰かに個室のドアを開けられたら・・・」


 明日香が蒼汰に言い聞かせるように言った。


 「大丈夫。鍵をかけなくても私がずっと見張っててあげるから心配はいらないわよ」


 そこで明日香は蒼汰を安心させるようにもう一度ニコッと笑うと、ゆっくりと話を続けた。


 「それでね。誰かがトイレに入ってきて、あなたの個室に入りかけたら、私がその人に『そこは入ってます』と声を掛けてあげるからね。出るときも、トイレの中に人がいなくなったら、あなたに声を掛けてあげるからそれから個室から出てきなさい。勝手に出てきてはダメよ。いいわね、これは大事なことだからね。必ず私の指示に従うのよ。・・・でも、3階は婦人服売り場だから女子トイレが混んでいるわね。6階の『リビングと美術のフロア』に行きましょう」


 6階の女子トイレにいくと、明日香はさっさとトイレの入り口に行って中をのぞきこんだ。蒼汰はトイレの前で、連れの女性がでてくるのを待っているようなふりをして立っていた。


 女性が一人トイレから出てくると、すぐに明日香が「神代くん、いまよ」と声を掛けた。買い物の紙袋がたくさんあったので、とてもトイレの中に持っていけなかった。蒼汰はトイレの入口に立っている明日香のところに行って、明日香の足元に紙袋とバッグを並べた。


 そして、女子トイレの中に入り、すばやく個室の中に入った。女子トイレの中に入るときに、蒼汰の胸がどきんと鳴った。血が頭に上るような気持ちだ。明日香がさっきドアの鍵はかけるなと言ったので、個室の鍵はかけなかった。


 個室のドアを閉めると、急に不安が襲ってきた。いままでは、常に明日香が眼に見えるところにいてくれたが、いまは姿が見えなかった。すぐ近くに明日香がいるのは分かっていたが、やはり眼に見えないと不安なのだ。


 蒼汰は用を済ませてから、個室から出るタイミングを明日香が知らせてくれるのをじっと待った。


 しかし、明日香からはなかなか声がかからない。何をしているんだろう。不安が少しずつ蒼汰の胸に押し寄せてきた。

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