第48話 女装3

 蒼汰は倉掛に答えた。


 「いや、先生の言われるとおりです。あれから時間が経てば、僕は間違いなく乗客たちに捕まっていたでしょう。そして・・・」


 それ以上は考えたくなかった。今朝の恐怖がふたたび舞い戻ってきた。蒼汰は背筋をブルッと震わせた。 


 蒼汰は今朝の地下鉄での襲撃をもう一度思い起こしてみた。


 確かに倉掛の言うとおりだ。電車の中で乗客たちは最初、蒼汰の方を見つめて「返せ。返せ。ストッキングを返せ」といっせいにつぶやいていたが、蒼汰には直接手は出さなかった。あのときは乗客たちには、こちらの方向に蒼汰がいるらしいということは分かっていたが、蒼汰かどうかは明確に認識できていなかったのだ。もし、彼らに蒼汰が明確に認識できていたならば、すぐに襲撃されて蒼汰はひとたまりもなかっただろう。


 そして、電車が烏丸御池駅について、蒼汰が前に座っている女性に足をかけて、窓からホームへ脱出しようとしたときになって、近くの乗客が初めて手を出して蒼汰を車内に引き留めようとしたのだ。つまり、乗客たちは、あのときに女性があげた悲鳴で、やっと蒼汰を認識できたということだ。


 しかし、あのとき、もし蒼汰が烏丸御池駅で脱出に成功しなかったら、どうなっていただろうか? いくら地下鉄の乗客たちには蒼汰が見えにくいといっても、倉掛の言うように見えにくいというだけで、まったく見えないわけではないのだ。あくまで、蒼汰を明確に認識できないというだけなのだ。いつかは、そこにいるのが蒼汰だと分かってしまうだろう。おまけに、すし詰めの電車内のあの状況だ。蒼汰が乗客たちに捕まってしまうのは時間の問題だった。


 蒼汰は考えを進めた。


 逆に、倉掛の言うように、蒼汰が女装していたらどうなっていただろう。妖怪は、シルエットから男女を容易に見極められるのだから、女性に見える蒼汰は最初から妖怪たちの襲撃の対象から外されていたはずだ。


 それにしても、女装かあ・・・。女装なんて・・・恥ずかしい・・・


 そのとき、倉掛が話を続けた。蒼汰は我に返った。


 「さっき、私は、『山之内さんのマンションに神代さんが泊まるということが、緊急に対処しなければならないことの三つ目に関係する』と言いましたが、それは実はこのことなんですよ。神代さんは四六時中、女装をしていた方がいいわけですから、事情をよく知っている女性の部屋にいた方が何かと都合がいいと思うんです」


 明日香が感嘆の声を上げた。


 「すごいアイデアですね! 女装で妖怪の眼をくらませるとは実に意外な作戦です。誰も思いつきませんわ。意表を突いたすばらしい着眼です。先生の着眼には感服しました」


 そう言うと、明日香は蒼汰の方を向いた。


 「そうしようよ、神代くん。私のマンションに泊まって、常に女装しているんだったら、私があなたを守るのにも便利だし、私の服をあなたに貸してあげられるからさらに便利がいいわ。まさに一石二鳥どころか三鳥にも四鳥にもなるわよ」


 蒼汰はそれでも、いくらなんでも女装は恥ずかしいと言いたかったが、明日香が倉掛を大げさにほめたのでなんとなく言えなくなってしまった。もっとも、女装は蒼汰の命を救うことにつながるので、蒼汰が強く反対するわけにはいかない。倉掛も明日香も蒼汰の命を守ろうと真剣に考えてくれて、女装の話をしてくれているのだ。


 明日香の言葉で、蒼汰が女装するということが決まってしまったようだった。


 倉掛が明日香に嬉しそうにうなずいて、話を続けた。


 「それで、私は学会で今夜から東京に行かなくてはならないんですよ。明後日には京都に帰ってきます。その間、神代さんが心配なんですが・・・まあ、お二人におふだをお渡ししていまし・・・あとは神代さんが山之内さんのマンションに泊まって、かつ四六時中、女装をしていれば大丈夫だと思います。今この時も、妖怪は神代さんを見張っていると思いますので、女装は急いだほうがいいですね。京大を出たら、すぐに百貨店か洋品店に寄って、女性の服を買ってください」


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