第47話 女装2
「倉掛先生。妖怪は対象が男性か女性かならば明確に見極めることができるというのは、具体的には男性と女性を何で区分しているのでしょうか?」
明日香が倉掛に聞いた。明日香も倉掛の鋭さに一目置いた様子だった。
「おそらく、男女のシルエットの違いか、あるいは身体の匂いだと思います。山之内さんはいつも電車に乗るときに香水はつけていますか?」
明日香は首を振った。
「いいえ、満員電車ですから、乗客のみなさんのご迷惑になりますので香水はつけていません。私は普段、通勤時には香水はつけないんです」
倉掛がうんうんと言うようにうなずいた。
「そうですか。それでは、妖怪は男女のシルエットの違いで、女性と男性を区分できるんだと思います。しかし、妖怪は、それ以上はよく眼が見えないので、襲撃対象が男だとわかっても、それが神代さんかどうかの判断ができないんです。従って、次に神代さんかどうかを手探りで見極めようとするのです。このために妖怪はいつも神代さんをすぐに捕まえることができないんですよ」
「そうか。それで、僕はいつも妖怪にあれだけ追い詰められても、なんとか助かっていたんですね?」
蒼汰は倉掛に聞きながら、妖怪の襲撃を思い出していた。若い女のマンション襲撃や地下鉄の襲撃を脳裏に浮かべると汗が出てきた。本当にあんな局面でよく助かったものだ。しかし、倉掛の指摘に蒼汰は舌を巻いた。倉掛という人物は冴えない風貌だが、実に鋭い洞察を行う。頭脳明晰とは倉掛のためにある言葉のようだ。
倉掛が蒼汰の言葉を継いだ。
「その通りです。逆に言うと、対象のシルエットが女性の姿だったら、妖怪は対象が女性、すなわち神代さんじゃないと判断するので、妖怪はもうその人を襲うことはしないということになりますね」
「ええ」
蒼汰はうなずいたが、倉掛の言いたいことが分からず、きょとんとして倉掛を見つめた。
すると、倉掛がとんでもないことを言いだしたのだ。
「それで、私の提案なのですが、この事件が解決するまでは、神代さんにはずっと女性の服を着て過ごしてもらいたいんです。そうすると、妖怪は神代さんのシルエットを見て女性だと判断しますから、襲われる確率がかなり低くなると思えるんですよ」
蒼汰は倉掛の言葉に驚いて飛びあがった。
「えっ、ぼ、僕が女装をするんですか?」
「そうです。女性の服を着るのはもちろんですが、できれば女性のウィッグもかぶってください。アクセサリーをつけてもいいでしょう。とにかく徹底的に、シルエットが女性になるように工夫してください。もう一度言いますが、神代さんが女装をしていたら、妖怪は神代さんを女性だと判断して、もう襲ってこなくなるんです。だから、徹底的にシルエットが女性に見える格好をすることが、神代さんの命を救うことにつながるんです」
「でも、先生。妖怪は僕がよく見えないわけですね。それならば、男性の服を着ていても妖怪にはつかまらないんじゃないですか? いままで、妖怪は僕かどうかを手探りで調べていたので、最終的に僕が捕まらなかったわけですね。ですから、これからも同じように、男性の服を着ていても捕まらないんじゃあないですか?」
倉掛は難しい顔で激しく首を振った。
「残念ですが、神代さんが最終的に捕まらなかったとは言えないんですよ。妖怪には神代さんがよく見えないだけで、まったく見えないわけではないんです。だから、神代さんを捕まえるには時間がかかるというだけで、いずれは神代さんも捕まってしまうんです。たとえば、地下鉄を思い出してください。乗客はあなたを捕まえようとしましたが、神代さんがよく見えないために、すぐに捕まえることができませんでした。しかし、あのまま地下鉄の車両の中で時間が経っても、あなたは乗客に捕まらなかったと思いますか?」
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