第46話 女装1

 倉掛が蒼汰と明日香に眼を向けながら、おもむろに口を開いた。


 「先ほどの山之内さんのお話から判断すると、どうも神代さんを襲った若い女や、地下鉄の中の乗客たち、タクシーの運転手、またお二人が不思議な旅館で出会ったさまざまな妖怪などは眼がよく見えていないんじゃないかと思えるんですよ」


 「えっ、眼が?・・・・・」


 意外な指摘に蒼汰も明日香もあんぐり口を開けた。思いもよらない話だ。


 「ええ、そうです。私は、お話に出てきた妖怪の中では唯一ろくろ首の女将だけがよく眼が見えていて、ほかの妖怪は眼があまり見えていないんじゃないかと思います」


 「先生。それは一体どういうことですか? どうして、妖怪たちは眼がよく見えないと分かるんですか?」


 明日香が首をかしげながら倉掛に聞いた。倉掛が自分の考えを整理するように、一語一語区切りながら、ゆっくりと話し出した。


 「では、ゆっくりと整理して考えてみましょう。・・・たとえば、昨夜神代さんをマンションで襲った若い女ですが、リビングの天井に張りついていて、天井から神代さんをめがけて落下しているわけです。しかし、それでも神代さんを捕まえることができていません。また、その若い女がリビングで神代さんを追いかけまわした時もなんだか手探りで追いかけていて、結局、神代さんの近くにいながら神代さんを捕まえることができなかったんですよね」


 そうだ。その通りだ。・・・蒼汰が倉掛にうなずき返した。


 「ええ、そうです」


 蒼汰は昨夜を思い出した。あの若い女の恐怖が脳裏によみがえってきた。そうだ。昨夜は自宅マンションのリビングであの女に襲われて、真っ暗なリビングの中を必死になって逃げまどったのだった。闇の中に浮かび上がった、あの女の髪を振り乱した顔が脳裏に浮かんできた。女の手が昨夜のように蒼汰の背中に掛ったような気がした。蒼汰は思わず後ろを振り向いた。もちろん、後ろには誰もいない。しかし、蒼汰は後ろを見ながらビクリと背筋を震わせた。


 倉掛が話を続ける。


 「また、地下鉄の乗客もそうです。考えてみてください。地下鉄の車内というすぐ近くに神代さんがいる状況なのに、みんな手を伸ばして神代さんを探すだけで、捕まえることができていません。これは妖怪たちが十分に神代さんを眼で認識することができなかったからではないかと思うんですよ」


 蒼汰と明日香は息をのんで倉掛を見つめていた。


 「しかし、その一方で、妖怪は地下鉄の四条駅では、神代さんと山之内さんを見極めています。団体客のけんかをおこして、その騒ぎを利用して神代さんだけを電車に乗せることに成功しているわけです。つまり、妖怪は対象が男性か女性かは明確に見極めることができているんです。しかし、そのあとは、対象を男性だと認識しても、それが神代さんかどうかということまでは、はっきりと見極めることはできていないんです」


 蒼汰は驚いた。確かに言われてみればその通りだ。あのとき、地下鉄の乗客たちは手を伸ばして、蒼汰がどこにいるのか探っているような動作をしていた・・・。若い女もそうだ。蒼汰は自分の力であの若い女から逃げきれたと思っていたが、確かにあのとき、あの女の動きはどこかおかしかった・・・。


 蒼汰は今朝、明日香が蒼汰に「でも、昨夜、あなたを襲ったのが、あのろくろ首の女将でなくてよかったわね。あの女将のろくろ首が相手だったら、あなた、やられていたかもしれないわよ」と言ったのを思い出した。


 そうか、あのときの山之内さんの発言は本質をついていたのだ。ろくろ首の女将のように眼がよく見えなかったから、あの女は僕を取り逃がしてしまったのだ。


 それにしても、と蒼汰は感心した。いままでのいきさつをざっと聞いただけで、妖怪は眼がよく見えていないことを看破するとは、この倉掛という学者はたいしたものだ。さすが、京大の教授だけのことはある。


 蒼汰は感嘆の眼で倉掛を見た。

 

 

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