第42話 倉掛教授3

 不思議な写真だった。


 明日香が写真を凝視しながら倉掛に聞いた。


 「先生、この写真は日本ではないですね?」


 倉掛も写真を見ながら答える。


 「ドイツです。これは十数年前に、ドイツの古い田舎町で撮られた写真です。この建物は中世に使われていた古い市民ホールで、いまは街の歴史遺産になっています。私の友人がドイツを旅行したときに、所用があってこの街を訪問し、何気なくこの昔の市民ホールの写真を撮ったんです。すると、こんなものが写っていまして、それで、写真を私のところへ持ってきてくれたんですよ」


 「先生。この建物の前に浮いている白いものは何なんですか?」


 今度は蒼汰が写真に写っている白い影を指さしながら聞いた。


 「神霊の世界でいうエクトプラズムだと思います。エクトプラズムというのは、ノーベル賞を受賞したフランスの生理学者のリシェという人が、20世紀初頭に造った造語なんです。心霊現象において、霊媒の身体なんかから出る物質のようなものを、リシェはエクトプラズムと名付けたんですよ。この写真の白いものは霊媒の身体から出たわけではありませんが、リシェの言ったエクトプラズムにそっくりですよね」


 今度は明日香が聞いた。


 「エクトプラズム? この白い影は人間の頭のように見えますが?・・・」


 「ええ、その通りです。白いものはみんなエクトプラズムでできた顔です。中世の男女の頭ですね」


 明日香が驚いたというような声を出した。


 「頭? 男女の頭だけが宙に浮いてるんですか?・・・でも、頭には白くて長い紐のようなものがくっついてますね。先生、この白くて長いものは何なんですか?」


 「首ですよ」


 「首ですって?」


 明日香の声が上ずっている。蒼汰も息をのんだ。


 「つまり、これはドイツ版のろくろ首というわけですよ」


 「ろくろ首!」


 今後は蒼汰が声を上げた。


 「ええ、そうです。ろくろ首というと小泉八雲の書いた『怪談』という小説の中の妖怪が有名ですが、このように現実に写真で撮影されているんですよ」


 「・・・・・」


 「私は、ろくろ首は小泉八雲が作った架空の妖怪ではないと思っています。おそらく、昔から、この写真のようなろくろ首が実在していたんだと思うんですよ。そして、昔に、そのろくろ首を写真ではなくて直接肉眼で見ることができる人間がいたんじゃないでしょうか? それで、その人間の話から、ろくろ首の妖怪の伝説ができ上ったと思うんです・・・おっと、これはまだ研究中で論文発表はしていませんので、ここだけの秘密にしておいてください」


 「すると、ろくろ首は本当に実在するんですか?」


 明日香の声がかすれている。無理もない。蒼汰も明日香の気持ちがよく理解できた。明日香自身が、みろう出版で妖怪の存在は半信半疑だと言ったばかりだ。


 「ええ、私はそう思っています。ただ、現世にいるかどうかはわかりません。どういうことかというと、妖怪はあの世というような、現世とは隔絶された世界にいるように思うのですよ。そういう意味では『実在する』という言い方は適切ではないかもしれませんね。私はろくろ首に限らず、我々が空想上の妖怪と思っているものは、実はこの我々の世界とは違う別の世界がどこかにあって、そのどこかの別の世界に存在しているのではないかと考えているんですよ。そして、ときどき、我々の世界に現れてくる・・・・・これもまだ学会には発表していませんので、秘密ですよ」


 「妖怪は、我々の世界とは違う、どこか別の世界に存在している・・・」


 蒼汰が倉掛の話を理解しようとするようにつぶやいた。


 「ええ。その通りです。現に、ろくろ首に関しては、あなたたちも不思議な旅館で実際に見ていらっしゃいますよね。それは、ろくろ首がどこかの世界からこちらの世界に出てきたのではないでしょうか?」


 「・・・・・」

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