第41話 倉掛教授2

 明日香はいままでの出来事を順々に倉掛に説明し始めた。


 佐々野と茅根の謎の失踪、蒼汰と明日香の旅館での不思議な体験、ろくろ首の女将、蒼汰と明日香が旅館の井戸に落ちたが茶わん坂の駐車場に脱出したこと、小野おののたかむらに関する六道珍皇寺と千本ゑんま堂、地獄と現世を行き来する井戸、昨夜の蒼汰のマンションでの若い女の襲撃、地下鉄での襲撃、タクシーでの襲撃、襲撃者たちが佐々野と茅根先生のものと思われるハンカチと靴下とストッキングを奪い返そうとしていること、とりわけストッキングを狙っているらしいこと、しかしなぜストッキングを狙うのか皆目見当がつかないこと・・・


 倉掛は黙って明日香の話を聞いていた。ときおり、手元のノートに何かメモを取っている。話が進むにつれて、倉掛の顔が上気してきた。話に興味を持ったようだ。


 明日香の長い説明が終わった。しばらく、誰も口を開かなかった。倉掛は何から話すべきか迷っている様子だったが、やがて意を決したように口を開いた。倉掛の渋い声が本で埋まった教授室の中に響いた。


 「たいへん、不思議なお話です。しかし、非常に面白いお話ですね。ああっ、神代さんは命を狙われているんだから、面白いなんて言っては失礼かもしれませんね」


 蒼汰は首を振った。


 「先生、面白いと言っていただいても僕は構いませんよ。面白いということは信じていただけたということですよね。こんな話は面白いと言っていただける前に、信じていただけないのが普通ですから」


 倉掛が蒼汰にゆっくりとうなずくと言った。


 「もちろん、信じていますよ。そして、私には非常に興味が持てるお話です。相手は間違いなく妖怪ですね」


 明日香が頓狂とんきょうな声を上げた。


 「えっ、妖怪ですか? 先生、妖怪というのはこの世の中に本当にいるんですか?」


 明日香が眼を見開いている。みろう出版で明日香が編集長の山縣や蒼汰と協議したときは、明日香自らが連中は妖怪かも知れないと話していたが、その反面、実は明日香自身が妖怪なんて本当にいるのだろうかと疑問に思っていたのだ。このため、こうして倉掛が妖怪だと言い切るのを聞いて驚いてしまったのだ。


 蒼汰も倉掛の言葉に信じられないという顔を見せた。 


 倉掛がにっこり笑って、明日香と蒼汰の顔を交互に見ながら聞いてきた。 


 「妖怪なんてこの世にいるわけがないと思われますか?」


 蒼汰と明日香はこっくりとうなずいた。倉掛がもっともだというように、首を大きく二度振ると、蒼汰と明日香を見ながら話を始めた。


 「私は、妖怪は実在すると思っています。妖怪の話というと一般には民間信仰の中で生まれた架空の伝説にすぎないと言われていますが、実はそのように断言することができない事実もあるのですよ。たとえば、これを見てください」


 倉掛はそう言うと、いったん自分の机に戻って何か手に持ってきた。


 写真だった。


 夜だ。どこか外国の街のようだ。古めかしい石造りの建物の前の中空に、何か白いものがたくさん浮かんでいた。その白いものをよく見ると、男女の頭だった。白い男女の頭には、眼や鼻や口が黒い影として、はっきりと浮き出ていた。同じように白黒の影ではあったが、男女の髪形まではっきりと見てとれる。男はみんな西洋の中世の肖像画のようにカールした髪型だ。女はみんな豊かな髪を豪華にアップに結っている。こちらも西洋の中世の絵画によく描かれている上流貴族の婦人のような髪形だった。そして、全ての頭に1本ずつ白い紐のようなものがついていた。どの紐も曲がりくねりながら、とぎれずに写真の端まで続いている。


 男女の頭はさまざまな方向を向いていた。左前を向いている女がいる。その横には右を向いている男がいた。さらに、その下には、正面を向いている女がいた。たくさんの白い男女の頭が曲がりくねった紐を後ろにつけて、写真の中でまるで優雅にワルツを踊っているようだ。

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