第38話 協議2

 僕はいつも何かに見張られている! 


 明日香の声に、蒼汰は思わず窓の外に顔を向けた。窓の外には、丸太町通りに多い商業ビルが建ち並んでいた。小さな会社が入った雑居ビルが多い。あのビルのどこからか望遠レンズでこちらをのぞいている見たこともない怪物がいるかも知れない。そして、その怪物は蒼汰が隙を見せたならば、直ちに蒼汰に襲いかかってくるのだ。未知の怪物に襲われる恐怖を想像して、蒼汰の背中が冷たくなった。


 自分を元気づけるように蒼汰が冗談を言った。


 「でも、山之内さんが僕にずっとくっついていてくれるといっても、山之内さんと僕じゃあ、女性と男性なんだから・・・いくらなんでもトイレやお風呂は別々だよね」


 明日香は笑わなかった。


 「もちろん、トイレやお風呂も私と一緒にすますのよ」


 蒼汰は明日香の言葉に面食らった。


 「えっ、冗談でしょ?」


 明日香はいたって真剣だった。


 「冗談なものですか! 神代くん、あなた、あの天井に張り付いた若い女や地下鉄の乗客、それにのっぺらぼうのタクシーの運転手を思い出してご覧なさい。とても、冗談を言ってる場合じゃないでしょ!」


 確かにそのとおりだった。でも、山之内さんと一緒にお風呂に入るなんて。蒼汰は思わず顔が赤くなるのを感じた。顔が赤くなったのを明日香と山縣に悟られないように、蒼汰は下を向いて答えた。


 「で、でも、さすがにトイレやお風呂まで一緒というのは・・・」


 明日香の厳しい声がひびいた。


 「神代くん。あなた、なんて生ぬるいことを言ってるのよ。あなたは命を狙われているのよ。トイレやお風呂を気にしているときではないでしょ。できることなら、あなたと私の手を手錠でつないで、物理的に私から離れられないようにしたいんだけれどね」


 「手錠でつなぐ?」


 「そう。手錠がなければ縄でも鎖でも何でもいいわ・・・でも、まわりの人の眼があるから実際には難しいわね。それにそんなことをしたら返って目立ってしまって、連中に襲われてしまうでしょうしね」


 山縣が口をはさんだ。


 「明日香ちゃんが、お公家さんと一緒にいてくれると安心だよ。でも、明日香ちゃん、大丈夫? 相手は人間ではないみたいだよね」


 明日香は山縣の言葉に我が意を得たりというように深くうなずいた。


 「編集長、そうなんですよ。今回の相手は女将のろくろ首を筆頭に奇妙な連中ばかりなんです。とても人間とは思えません。たとえばですけれど、連中は幽霊というよりも、なんだか妖怪と言った方がピッタリなんですよ」


 「妖怪!」


 明日香の言葉に蒼汰はビクッと身体を震わせた。妖怪・・・確かに連中にピッタリの言葉だ。そうか、連中は妖怪だったのか。でも、本当に妖怪なんているのだろうか?


 思いがそのまま口に出た。


 「山之内さん。妖怪なんて本当にいるのかなあ?」


 山縣も同じ思いだったようだ。首をひねっている。


 「明日香ちゃんの言うこともわかるけど、いくらなんでも妖怪ねえ」


 明日香が二人を見まわしながら言った。


 「私も妖怪なんて本当にこの世にいるのかしらって思うのよ。しかし、神代くん。私たちは不思議なものを実際にこの眼で見たじゃないの。例えば、あのろくろ首の女将よ。あのどこまでも長く伸びる首は、幽霊のものじゃないわね。どう考えても、妖怪という言葉がぴったりなんじゃない?」


 蒼汰はあの五条坂の旅館で、女将に襲われたときのことを思い出した。明日香が言うように、あの女将の首はどこまでも長く伸びて、僕と山之内さんを執拗に追い回したのだ。


 妖怪かあ。妖怪から果たして僕は逃げることができるのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る