第32話 地下鉄1
蒼汰と明日香は、蒼汰の部屋で簡単な朝食を済ますと、二人で丸太町通りのみろう出版へ向かった。出かける前に、ハンカチと靴下とストッキングが入った二つのビニール袋を蒼汰はしっかりと通勤用のカバンに入れた。
蒼汰のマンションは通勤には非常に便利なところにある。蒼汰のマンションのある堀川六角から、みろう出版のある丸太町に行くには、まず歩いて阪急京都本線の大宮駅まで行き、阪急電鉄で次の烏丸駅まで乗って、烏丸駅で阪急電鉄から地下鉄に乗り換えればよい。ここで乗り換える駅が地下鉄烏丸線の四条駅だ。そして四条駅から地下鉄に乗って、二駅目にある丸太町駅で下車すれば、あとは会社まで徒歩ですぐである。
蒼汰たちは阪急大宮駅から阪急電車に乗った。
阪急電車の中はいつものように通勤通学客で満員だった。蒼汰は明日香と二人で吊革につかまっった。前後左右はいつものように乗客に囲まれている。電車が揺れると、乗客たちと一緒に蒼汰の身体も揺れた。揺れながら、ここにこうしていると安全だという思いが蒼汰の胸にふつふつと湧いてきた。蒼汰は日常に安堵した。
蒼汰と明日香は阪急烏丸駅で電車を降りると改札を出て、地下鉄に向かった。地下鉄烏丸線の四条駅のホームに降りると、ホームはいつものように通勤通学客であふれていた。
異変は地下鉄烏丸線四条駅のホームで起こった。
蒼汰と明日香が並んでホームで電車を待っていると、団体客が二組ホームになだれ込んできた。二組とも日本人の団体客だ。人数はそれぞれ10人前後だった。
二組はホームで電車を待っていた。そのとき、何が原因かは分からないが、その二組の団体客がホーム上でけんかを始めたのだ。二組が何かわめきあいながら、身体を押し合っている。ちょうどそのタイミングで、地下鉄がホームに入ってきた。電車の乗客がホームに降りて、蒼汰と明日香を含むホームの乗客が電車に乗り込もうとしたときだった。
電車に乗り込もうと動き始めた乗客の列に、けんかでもつれた団体客の列がぶつかっていった。その列は、並んで歩いていた蒼汰と明日香の間にぶつかり、二人を分けてしまった。その結果、その列に押された蒼汰はそのまま電車の中に押し込まれたのだが、明日香は逆にホームに取り残されてしまったのだ。
もみくちゃになった蒼汰が電車の中からホームに残る明日香の姿を確認したときにはドアが閉まり、電車が発車してしまった。
まあいいか。会社で山之内さんと会おう。そう思った蒼汰は満員電車の中で、吊革につかまりながら揺られていた。
地下鉄は地下の暗いトンネルの中を走っていく。蒼汰は眼をつむって、電車のゴーという騒音を聞いていた。
そのとき、蒼汰は騒音の中で何かの音がしたように思った。んっ、何だろう? 何だか低い音が聞こえたが・・・
蒼汰は耳をすませた。ゴーという音の中に・・やはり何か、うーんというような音が聞こえる。低い音だ。
その音が少しづつ大きくなっていく。そして、それは音というより・・・声になった。低いうなり声だ。最初はうーんという音とも声ともつかないものだったが、今は何か人の話し声のように聞こえる。
蒼汰は最初誰かが満員電車の中で鼻歌でも歌っているのかと思った。が、次第にそのうなり声が大きくなっていく。何だか短い同じ言葉を繰り返しているようだが・・声が低くて、蒼汰にははっきりと聞き取れなかった。
ん、何だろう? あの声は? 誰かが地下鉄の中で具合でも悪くなって、助けでも求めているのだろうか? それならば助けてあげないといけない。
満員電車の中で、蒼汰は吊革につかまりながら、眼を開けて周りを見まわした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます