第29話 襲撃4
また光が女の顔に当たった。よく見ると、光はどこからか差してきているのではなかった。女の身体自体が光を発しているのだ。闇の中に、女の顔が浮かび上がった。口の中で牙が光った。女の口からよだれが垂れていた。すると、また光が消えた。
蒼汰の全身を恐怖が貫いた。また悲鳴が出た。
「きゃあああああ」
暗闇の中で蒼汰の手が何かに触れた。蒼汰はそれを思い切り後ろへ引き倒した。すると、何かにつまずいた。今度はそれを飛びこえて逃げた。女の手が肩に触れた。蒼汰はひじを後ろへはねあげた。ひじにやわらかいものが当たって、肩から女の手の感触が消えた。また、「待てぇー」という声が後ろから聞こえた。
女の手が何度も背中や腰に触れた。だんだんと、女との間隔が狭まってくるようだ。背中をつかまれそうで、蒼汰は手を無茶苦茶に降りまわして逃げた。もう蒼汰は悲鳴を上げる余裕すらなかった。女はいつまでも追ってきた。蒼汰は真っ暗なリビングの中を必死に逃げた。まるで、リビングの中で、同じところをぐるぐると何度もまわっているようだ。
もう、後ろを振り返る余裕もなかった。息が切れた。のどから心臓が飛び出しそうだ。意識が遠くなる。そのとき、暗闇の中でかすかにベッドルームのドアの輪郭が見えた。
蒼汰は転がるようにしてベッドルームのドアの中に逃げ込んだ。中は真っ暗だった。
女がリビングから蒼汰の身体にぶつかってくる気配がした。蒼汰はドアを押し付けて女の侵入を防いだ。女がドアにぶつかった。ドンと大きな音がひびいた。ドアが大きく揺れた。
蒼汰は暗闇の中でドアを肩で押し付けながら、震える手でドアロックをまわした。カチリとドアがロックされる音が聞こえた。
すると、今度はドンドンドンドンとドアをリビング側から叩く音がした。ガタガタとドアノブを強く揺する音も聞こえた。ドアの向こうから女の声がした。
「おのれーーー。開けろーーー」
それきり物音がしなくなった。漆黒と静寂が一瞬ベッドルームを覆った。
やがてどこからか、ドン、ドン、ドン、ドンという鈍い音が聞こえてきた。ベッドルームの窓の外だ。蒼汰は窓に歩いて行って震える手でカーテンを押し開いた。
女がいた。
マンションの10階の窓の外に、さっきの女が張り付いている。女が窓の外の中空にいるのだ。女の後ろには黒い闇が広がっていた。女の肩越しに月が見えた。明るい満月だ。女は右手を振り上げて、窓のガラスをドン、ドン、ドン、ドンと叩いている。
白いワンピースが強い風に揺れていた。ワンピースのすそがひるがえり、大きくまくれあがっていた。長い黒髪が風に吹かれて、女の顔にかかっては外れることを繰り返していた。女が窓越しに蒼汰を見た。口が耳まで裂けている。鋭い歯が月光に光った。口から真っ赤な舌が出ていた。舌が唇をなめ、ついで窓のガラスをなめた。
女の唾液がガラスについて、唾液の山を作った。次の瞬間、唾液の山が強風に吹かれて横に飛んでいった。女の口からよだれが垂れた。よだれがななめに糸を引いて、きらきら光りながら下に落ちていった。口に残ったよだれの糸が風に大きく揺れた。
さらに女の口が大きく押し開かれた。外の音はまったく聞こえないはずなのに、蒼汰に声が降ってきた。
「返せ・・・返せ・・・返せ」
「返せ・・・返せ・・・返せ」
「返せ・・・返せ・・・返せ」
恐怖で気が遠くなって、蒼汰はベッドの横の床の上にあおむけに倒れてしまった。失禁して気を失っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます