第28話 襲撃3

 蒼汰は真っ暗なリビングを手探りで移動した。今にも、さっきの女が再び天井から降ってくるようで気が気ではない。しかし、真っ暗闇のリビングの中で走りだしたりするのは危険だった。眼の前に何があるのかさっぱり分からないのだ。蒼汰は恐怖に耐えた。暗闇を探る手が震えているのが自分でもよく分かった。


 時間をかけて、ようやくリビングから玄関スペースに抜けるドアまでたどり着いた。リビングと玄関スペースはそのドアによって仕切られている。このドアさえ開ければ玄関スペースに出られる。そして、玄関スペースの先にもう一つある玄関ドアの向こうは外だった。外まであとドアが二つあるだけだ。外にさえ出れば・・そこには日常の世界がある。


 あと少しだ。もうすぐ外に出られる。これで、やっとあの女から逃げられるのだ。そう思うと恐怖の中でも、蒼汰の気持ちは弾んだ。


 蒼汰はゆっくり玄関スペースに抜けるドアのノブを掴んだ。すると、どこからか光がさして、ドアにぼんやりした明かりが当たった。まるで、スポットライトが当たっているようだ。


 えっ、光? どこから? 


 しかし、恐怖がその気持ちを上回った。女が天井から降って来る恐怖で、蒼汰には光の出所でどころを探る余裕はなかった。


 蒼汰が光に構わずドアノブを手前に引くと・・ドアがゆっくりと蒼汰の方に回転してきて・・ドアの内側にあの女が張り付いているのが見えた。ドアの回転に合わせて、女の顔がゆっくりと蒼汰の方へ回転してくるのだ。ドアにスポットライトのように当たった光の中で・・それはひどく緩慢な動きに思えた。


 蒼汰は恐怖で動けなかった。ただ茫然として、女が自分の方に回転してくるのを見つめていた。


 光の中でドアがゆっくりと回転してきて・・蒼汰の真正面に女の顔がきた。蒼汰と女の眼が合った。女は蒼汰の顔をギロリとにらむと「キヒヒヒヒ」と甲高い声で不気味に笑った。


 ふいに、ドアに当たっていたぼんやりした明かりが消えた。また周りは真っ暗闇になった。


 金縛りのようになって動けないでいた蒼汰はそれで我に返った。


 蒼汰はリビングの中に数歩飛びさがった。女がドアから向け出て、リビングの中に歩いてくるのが分かった。暗闇から発せられる気配で、蒼汰には女が自分に迫って来るのが分かったのだ。


 女が来る! 暗闇の中で蒼汰の第六感が危険を告げていた。そして、女が蒼汰に手を伸ばしたのが分かった。暗闇から危険が迫った。逃げないと!


 恐怖が蒼汰を支配した。蒼汰は真っ暗なリビングの中をぐるぐると走って逃げた。それでも暗闇の中で女が蒼汰の背中を執拗に追って来るのだ。


 女の手が蒼汰の背中に触れた。蒼汰の背中に不気味な感触が走った。恐怖が極限にまで高められて、蒼汰の口から絶叫としてほとばしった。


 「ギャアアアアアア」


 蒼汰は走りながら両手を無茶苦茶に振り回した。背中の女の手の感触が消えた。


 真っ暗なリビングの中を蒼汰はひたすら逃げまどった。女はどこまでも蒼汰の背中を追ってくる。


 「待てぇー」という甲高い声が背中で聞こえた。蒼汰が恐怖で振り返ると、眼の前の闇の中に女の顔が大きく浮かんでいた。大きく引き裂かれた口が見えた。

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