第27話 襲撃2
蒼汰は洗面所に行くと明かりをつけて、蛇口から水を出した。それから、水を両手で受けて顔に当てた。冷たい水の感触が気持ちよかった。顔の汗がすーと引いていくようだ。そして、息を一つ吐くとタオルを取り出して、正面の備えつけの鏡を見ながら顔を拭いた。
タオルから顔を上げると・・・鏡の中で蒼汰の後ろに若い女がいた。
知らない女だ。長い黒髪を両肩に流して白いワンピースを着ていた。うつろな表情で鏡の中から蒼汰をじっと見つめている。鏡の中で蒼汰と女の眼が合った。女の口がニッと笑った。
「だ、誰だ」
蒼汰は驚いて振り向いた。
誰もいなかった。しかし、さっき鏡の中には間違いなく女がいた。どこに行った? 蒼汰は油断なく周りを見まわした。
さっきベッドに寝ていて物音がしたように思って眼が覚めたのは、やはり誰か部屋に忍び込んでいたからなのだ。忍び込んだのはさっきの女だ。しかし、あの女は何者なんだ? 泥棒か? それに、最新式のオートロックの部屋にどうやって入ったのだ? そして、女はどこに消えたのだ?
蒼汰の頭がめまぐるしく回転した。横のバスルームの明かりをつけて、ドアをおそるおそる開けた。白い浴槽が目に入った。中には誰もいない。
蒼汰はゆっくりと身体を反転させて、リビングに向かった。何か物音がしないか? 全身の神経を集中させた。リビングは暗闇に沈んでいた。明かりをつけた。リビングの中をゆっくりと見まわしたが、誰もいなかった。物音もしない。
蒼汰は同様に他の部屋も明かりをつけて見てまわった。
どの部屋にも誰もいなかった。さっきの女は消えていた。あの女は幻覚だったのだろうか? 夢を見ているのだろうか?・・・ひょっとしたら、まだ疲れているのかもしれない。
蒼汰は冷蔵庫から缶ビールを出してきた。明るい照明に照らされたリビングのソファに身体を投げ出すと、プチリと缶ビールのプルトップを開けた。ビールを一口のどに流し込むと、蒼汰はフウと息を吐いた。なにげなく顔を天井に向けた。
女が天井に張り付いていた。
さっきの女だ。黒髪を振り乱し、両手を水平に広げ、足を大の字に広げて背中をピタリと天井にくっつけていた。白いワンピースが蒼汰の眼に焼き付いた。白いワンピースのすそと黒くて長い髪が天井から大きく垂れ下がっている。女が蒼汰を見つめて口を開いた。口が耳まで裂けた。長い舌が口から飛び出して中空をくねくねと舞った。
次の瞬間、女が天井から蒼汰に飛び掛かってきた。女の顔が蒼汰に迫った。
「うわー」
蒼汰は思わずソファから飛び上がった。このとき、家中の明かりがすべて消えた。リビングも真っ暗になった。そして、女は落ちてこなかった。蒼汰の心臓が早鐘のように鳴っていた。さっき洗面所で顔を洗ったのに、脂汗が次から次へと額からにじみ出してきた。なぜ明かりが消えたんだ? 女はどこに行ったんだ? まだ天井に張り付いているのか? 蒼汰は天井を見上げたが、漆黒の闇が広がっているばかりだった。
蒼汰はゆっくりとリビングの暗闇の中を移動した。足が床の中の水たまりに触れた。さっき飛び上がったときに、床に落ちた缶からビールがこぼれているようだった。女がまだ天井に張り付いているとすれば、いつ天井から飛び掛かられるかわかったものではない。蒼汰は女が天井からふってくる恐怖に耐えた。一刻も早くこの場から逃げ出したかった。
そうだ。玄関だ。玄関から外に飛び出せば、蒼汰の良く知っている日常の世界が待っているはずだ。
蒼汰は真っ暗なリビングの中をゆっくりと手探りで玄関の方に移動した。
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