第26話 襲撃1

 その夜、蒼汰は自宅のマンションに戻った。リビングのテーブルに葬儀屋と茅根が残した二つのビニール袋を置くと、ソファに身体を投げ出した。二つのビニール袋にはそれぞれ葬儀屋のハンカチと靴下、それに茅根のパンストが入っている。ソファに身体が沈むと、身体全身にどっと疲れが襲ってきた。蒼汰はフウと息を一つ吐いた。


 蒼汰の住まいは堀川六角にある。堀川通りと六角通りが交差する角地に建てられたマンションだ。京町家との融合をコンセプトにした地上12階建ての瀟洒な新築の建物だった。廊下などの共用ゾーンの内装には京町家のイメージを再現しようという意図で、シックな焦げ茶色が多く使われている。この焦げ茶色がマンション全体に融合して、町家風の落ち着いた雰囲気をかもしだしていた。こうした京町家の風情があることに加えて、最新の防犯機能を備えていることと、部屋はすべて角部屋であることが、蒼汰の住むマンションの売りでもあった。


 蒼汰の部屋は10階の角部屋だ。3LDKである。部屋から東を望むと幅約50mの堀川通りがゆったりと広がり、西には低層の京町家と大きな空が見渡せた。26才の蒼汰が一人で住むには高価すぎるマンションだった。


 実はもともと、蒼汰の叔父夫婦がついの棲家にと購入していたのだが、マンションが完成する前に叔父が米国に転勤になって、夫婦二人で米国に行ってしまったのだ。それで、叔父夫婦から蒼汰に、叔父夫婦が米国にいる間だけマンションに住んでもらえないかと依頼があったのだった。叔父が日本に帰国したら明け渡すことになっているが、いまのところ叔父が帰国するのはまだまだ先のようだった。


 蒼汰は、二つのビニール袋をながめながら、あの不思議な旅館での奇妙な体験をあらためて思い起こしてみた。一連の出来事が走馬灯のように蒼汰の頭の中を流れていった。


 あまりにもいろいろなことが一度に起こった。神経が擦り切れることがなんと多かったことだろう。蒼汰はため息をついた。疲れていた。今日は早く休みたいと思った。


 二つのビニール袋を手にとると、蒼汰はリビングからベッドルームに移動した。そして、二つのビニール袋をベッドの脇にある机の引き出しに入れると、引き出しに鍵を掛けて早々にベッドに潜り込んだ。蒼汰は眠るときは部屋の明かりをすべて消す主義だった。ベッドルームを真っ暗にすると、蒼汰はすぐに眠りに落ちた。


 蒼汰は目を覚ました。


 何か物音がしたようだったが・・・何だろう? 枕もとの目覚まし時計のスポットライトのスイッチを押した。暗闇の中に目覚まし時計のオレンジ色の小さな灯りがぼんやりと灯った。その小さなオレンジ色の光の中に、時計の盤面が浮かび上がった。時計のデジタル表示がちょうど午前2時を示している。次の瞬間、目覚まし時計の小さなオレンジの光が消えて、ベッドルームに暗闇が戻った。


 ベッドの上にゆっくりと上半身を起こすと、蒼汰は真っ暗闇の中で物音のもとを探った。昨夜、早くベッドに入ったのが良かったのか、疲れていた身体がかなり軽くなっていた。周囲からは何も音はしなかった。夢でも見たのだろうか? 静寂と暗闇が蒼汰を包み込んできた。


 なぜか蒼汰は暗闇に息苦しさを覚えた。今度は部屋全体の明かりをつけた。ベッドルームの明るいLED照明の中に新築マンション特有の機能的だが、どこか気取った内装が浮かび上がった。


 いつもの部屋だ。何も変化はない。そのときになって、蒼汰は額に脂汗を浮かべているのに気づいた。やはり悪夢でも見てうなされたのだろう。汗が気持ち悪かった。顔でも洗おう。


 蒼汰はベッドから立って、バスルーム横の洗面台に向かった。


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