第25話 お寺3

 二人は千本ゑんま堂の境内を歩いた。高校の修学旅行で来たのだろうか。境内では、学生服を着た男女数人の高校生のグループがにぎやかに写真を撮っていた。


 このお寺も見どころが多い。本堂には本尊の閻魔王坐像がある。閻魔法王像は高さ2mを超える大きさだ。閻魔様をご本尊とするお寺はめずらしい。閻魔王坐像の両脇には脇侍きょうじの司命と司録が安置してある。さらに境内には、狂言堂、観音堂、普賢象桜、十重石塔などがあった。重要文化財に指定されている十重石塔は、高さが約7mの十層からなる石塔である。この塔は、源氏物語で有名な紫式部の供養塔ともいわれている。三層から十層は、普通の層塔と変わりなく根石を積み重ねた形をしているが、初層から三層までは胎蔵界四仏が刻み込まれた、めずらしい形をしているので有名だった。ちなみに、千本ゑんま堂の横を走る千本通りという名は、この地に死者を弔う卒塔婆そとばが何千本も立てられていたことからついた名前だといわれている。


 千本ゑんま堂の行事も有名だ。毎年、5月には千本ゑんま堂狂言が行われる。 京都で三大念仏狂言の一つに数えられる狂言だ。また、8月のお盆の時期には、精霊を迎える迎え鐘が終日鳴らされることでも知られている。


 蒼汰と明日香はお寺の人に断って、本堂に上がらせてもらった。鎮座する閻魔法王像はものすごい迫力だ。蒼汰は閻魔法王像を見て、閻魔の前に引き出された罪人のように気持ちが委縮するのを感じた。


 本堂のご本尊の閻魔法王像を見上げながら、明日香が蒼汰に説明した。


 「小野おののたかむらは、閻魔様から先祖をこの世に迎える『精霊迎えの法』を授かったと言われているのよ。この法が現在のお盆につながっているわけなの。それで、たかむらは、『精霊迎えの法』を行う道場としてこの千本ゑんま堂を建てて、閻魔法王像を安置したといわれているの。ただ、このお寺には、六道珍皇寺ろくどうちんこうじのような地獄と現世を行き来した井戸というのは残されていないのよ。閻魔様の像があるだけなの」


 蒼汰と明日香は本堂からもう一度境内に戻った。蒼汰は明日香の話を整理してみた。


 「すると、小野おののたかむらは地獄への出入りには六道珍皇寺を使い、閻魔様をお祀りするのには、こちらの千本ゑんま堂を使ったということになるね」


 「そうなの。小野おののたかむらが二つのお寺を使い分けたのはどうしてかしら? 何か理由があるのでしょうね」


 「この千本ゑんま堂も、僕らの不思議な体験と何か関係があるのだろうか?」


 「さあ、そこまでは、はっきりとはわからないわ。でもね、あのろくろ首の女将の旅館で、私たちを襲ったのは妖怪といっていいような怪物だったでしょう。まさに地獄の生き物といった、不気味な怪物だったよね。小野おののたかむらも、その地獄に関係しているわけだから、私たちのあの体験は何となく小野おののたかむらには関係がありそうね」


 明日香の言葉を聞いて、蒼汰の頭が目まぐるしく回転した。


 さっき行った六道珍皇寺ろくどうちんこうじの冥土通いの井戸と黄泉がえりの井戸、小野おののたかむら、千本ゑんま堂の閻魔法王像・・・すべて地獄に関係するものばかりだ。これらのものは眼に見えない糸でつながっている。蒼汰はそう思った。まるで閻魔が、小野おののたかむらや地獄の怪物を引き連れて、蒼汰と明日香に戦いを挑んでくるようだ。


 初秋の明るい光の中で、蒼汰は明日香の顔を見ながら、ごくりと唾を飲み込んだ。

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