第24話 お寺2

 二つの井戸を見ながら明日香が蒼汰に説明を始めた。


 「神代くん、これが冥土通いの井戸と黄泉がえりの井戸よ。つまり、昔、平安時代に小野おののたかむらという人がいたのよ。そして、その小野おののたかむらが夜になると冥土通いの井戸を通って地獄へ行って閻魔様のお手伝いをし、朝になる前に黄泉がえりの井戸を通って地獄から現世に戻ってきたと言われているのよ」


 「小野おののたかむら?」


 蒼汰は首をかしげた。初めて聞く名前だ。


 「そう。小野おののたかむらは平安初期の宮廷人で、歌が勅撰集に12首も選ばれる歌の名人でもあったのよ。また、高名な学者でもあったの。身長六尺二寸というから、190㎝ぐらいの大男だったとも言われているわ。武術にも優れていて、武術の達人だったとも言われているのね。要するに何でもできる、今でいうスーパーマンみたいな人だったという訳なのね。それで、さっき言ったようにね、たかむらは、昼は朝廷で勤めていて、勤めが終わって夜になると、地獄へ行って閻魔大王に仕えていたといわれているのよ。そして、たかむらが地獄へ通うために使っていたといわれるのが、この二つの井戸なのよ」


 「すると井戸を使って、地獄と現世を行き来していたわけなのか?」


 蒼汰は眼の前の井戸を眺めた。井戸の入り口には、人が落ちないように金属製の柵がかぶせてある。柵の隙間から井戸を覗き込むと、はるか下の方で水面が揺れているのが見えた。柵の間から差し込む太陽の光が水面で反射して、きらきらと光っている。あの光っている水面が地獄に当たるのだろうか? そう思うと、蒼汰は何だか身体が井戸の中に引き込まれていくような軽い錯覚を覚えた。蒼汰は思わず背筋を震わせて、明日香を見た。


 明日香がそんな蒼汰に構わず話を続けた。


 「そうなの。たかむらが閻魔大王に仕えていたという話は、『江談抄ごうだんしょう』、『今昔物語』、『元亨釈書げんこうしゃくしょ』など多くの文献に残っているの。だから、当時としては有名な話だったわけね・・・それでね、昨日を思い出してほしいのよ。私たち、あの旅館で井戸に落ちて、現世に戻ってきたわよね。これって、小野おののたかむらの伝説とよく似ていると思わない」


 蒼汰は絶句した。


「あっ、確かに。言われてみれば・・その通りだ。じゃあ、ひょっとして、あの旅館は地獄にあって、僕たちは地獄に行っていて、そして、あの井戸から現世に戻ったというわけなの?」


 「あの旅館が地獄にあったとは限らないわ。でも、私たちが旅館から脱出した後で、五条坂で旅館を探したけれど、あの旅館は見つからなかったじゃない。だから、あの旅館はこの世のものではない建物だったのは確かだと思うの。つまり、私たちはこの世でないところに行っていて、偶然、あの井戸からこの世に戻ったということではないかしら・・・それでね、神代くん、小野おののたかむらにまつわるお寺がほかにも京都市内にあるのよ。私たちこれから、ついでにそこへも行ってみましょうよ」 


 蒼汰は明日香に連れられて、こんどは千本通りを北へ向かった。千本通りに面した上千本商店街の緑色のアーケードが途切れるところに、千本通りから西へ入る路地がある。路地を抜けると、左手にあるのが引接寺いんじょうじだ。引接寺いんじょうじというより、地元では千本ゑんま堂として有名である。この辺りは町名も閻魔えんままえちょうで、なんとも閻魔になじみがある土地だ。

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