第23話 お寺1

 その日の夜。


 丸太町のみろう出版で、蒼汰と明日香は編集長の山縣と向き合っていた。蒼汰の前にはあのろくろ首の女将の旅館で見つけた二つのビニール袋が置かれていた。ハンカチと靴下の入ったビニール袋、そして肌色のパンストが入ったビニール袋の二つだ。


 編集長の山縣が二つのビニール袋を手にとった。


 「うーん。不思議な話ねえ。でも、これは確かにうちが新入社員に配っているハンカチよね。赤い刺繍ということは、このハンカチは葬儀屋くんのものなのね」


 山縣が首をかしげた。山縣を見ながら、明日香が自分にも言い聞かせるようにつぶやいた。


 「旅館から脱出した後、私と神代君は二人で何度も五条坂を調べてみたんですが・・・ろくろ首の女将の旅館はどこにも見当たりませんでした。このため普通だったら、あの旅館で私たちが妖怪に襲われたことは、私と神代君の二人が白昼夢か幻覚でも見たんだろうということで片付けられてしまうと思うんです。それが世間一般の普通の考え方ですよね・・・でも、この二つのビニール袋がここにあるっていうことは、あの旅館は幻覚なんかじゃなくて、間違いなく実際に存在したってことだと思うんです」


 「その通りだよ、明日香ちゃん。私はあなたたちの言うことを信じるよ。その旅館は存在していて、あなたたちは実際にその旅館に行ったのよ。とにかく、葬儀屋くんと茅根先生が、その旅館にいたということが分かっただけでも、大きな収穫だよ。いま、二人が無事でいるといいんだけどね」


 山縣が二人を元気づけるように言った。山縣はどんなときでも周りの人を元気づける発言をするのだ。これが部下から慕われる理由の一つだった。


 「で、これからどうする? 明日香ちゃん」


 山縣が明日香の顔を覗き込んだ。


 「本来はこのビニール袋を持って警察に行くべきなんでしょうけれど、あの旅館が消えてしまった今となっては、警察も信じてくれないと思うんです。ろくろ首の女将がいたという話に加えて、その旅館が消えてしまったという話ですからね・・・それで、私、ちょっと調べてみたいんです。神代くん、明日、私に付き合ってよ」


 明日香に付き合う・・・蒼汰の胸がビクンと高鳴った。


 翌日の午後、蒼汰は明日香に東山にある六道珍皇寺ろくどうちんこうじに連れていかれた。


 清水寺の仁王門の前からは松原通りが東大路に下っている。松原通りの通称が清水坂だ。観光客には清水坂の方が馴染みのある名前だろう。松原通りを西に下り、東大路との交差点を通り越して、さらに進むと轆轤町ろくろちょうだ。轆轤町に入る手前に、民家に挟まったように、右手に赤い山門と『六道の辻』と書かれた石碑が見える。ここが六道珍皇寺だ。六道の辻とは、あの世への入り口という意味らしい。昨日、蒼汰と明日香が行った清水寺から歩いてもそんなに時間がかからない場所にあった。


 明日香は蒼汰を連れて、だまって六道珍皇寺の山門をくぐった。山門から石畳の道がまっすぐ奥に伸びている。石畳の両側はコンクリートの駐車場だ。数台の車が斜めに止めてある。少し歩くと、右手に閻魔・たかむら堂があり、その先が鐘楼だ。この寺の鐘楼は変わっている。鐘は屋内にあって見ることはできない。参拝客は壁に空いた穴から綱を引っ張って鐘を鳴らすようになっている。


 正面の本堂を抜けて境内を奥へ歩くと井戸が二つある。明日香は井戸の傍らで立ち止まった。明日香が蒼汰に話しかけた。


 「これが冥土通いの井戸と黄泉がえりの井戸よ」

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