第19話 探索7

 「ええ。僕たち、いまさっき、この旅館の中で化け物に襲われたんですよ」


 「化け物?・・・それは、いったいどんな化け物だったんだい?」


 「最初はろくろ首が出てきて、次は全身が手の化け物でした」


 「ろくろ首だって? それはどんな顔をしていたんだい?」


 麦わら帽子はずっと顔を伏せたままで話している。


 「女で・・・いままで、見たことがない、すごく恐ろしい顔でした。般若のような・・・そうそう、口が耳まで裂けていました」


 「口が裂けていた? 兄さん、冗談を言っちゃあいけないよ。そんな人間がいるわけないじゃないか」


 「いえ、あれは人間ではないと思います」


 「人間じゃあないだって。おかしなことを言うねえ」


 「本当なんですよ。信じてください。間違いなく、そんな化け物がこの旅館の中にいたんです」


 麦わら帽子が一瞬だまった。ゆっくりと口を開いた。


 「ところで、兄さん。この旅館から何か持ち出さなかったかい?」


 「えっ?」


 蒼汰には意味がわからなかった。麦わら帽子がもう一度言った。


 「兄さん。この旅館から何か持ち出さなかったかい?」


 「持ち出す? いったい、何の話です?」


 「人の持ち物を盗んじゃいけないよ」


 「えっ・・・盗む?・・・」


 「人の物を盗んでおいて、助かろうなんて甘い了見だねえ。兄さん、覚えときなよ。盗人は殺される運命なんだよ」


 こ、殺される! 蒼汰に緊張が走った。


 「兄さん。そのろくろ首は、こう言っていたんじゃないのかい?」


 「・・・」


 「返せ・・・返せ・・・」


 蒼汰の顔から血の気が失せた。思わず一歩後ずさった。


 「お前は?・・・誰だ?」


 麦わら帽子が、ゆっくりと言った。


 「ろくろ首を信じろって言われてもねえ・・・口が裂けていたんだって?・・・それはねえ・・・口が裂けていたんじゃなくてねえ・・・ひょっとしたら、それは、こんな顔じゃあなかったのかい?」


 麦わら帽子がゆっくりと顔を上げた。


 顔の真ん中に大きな唇があった。顔には唇しかなかった。眼も鼻もない。


 唇がゆっくりと開いた。鋭い大きな歯が何本も見えた。唇が横に広がって顔の端まで口になった。蒼汰は呆然とそれを見ていた。


 次の瞬間、麦わら帽子が蒼汰にとびかかった。隙をつかれた。蒼汰は麦わら帽子に板張りの廊下の床に押し倒されてしまった。蒼汰の手から、空のサイダービンが飛んで廊下にカラカラと転がった。麦わら帽子が蒼汰の胸の上に馬乗りになった。麦わら帽子の体重が蒼汰の胸に重くのしかかってくる。


 蒼汰は逃れようとして身体を揺すった。が、身体は動かなかった。麦わら帽子の両足が蒼汰の身体の両脇を強く締め付けているのだ。


 う、動けない。蒼汰の額に脂汗が浮かんだ。


 馬乗りにされた姿勢のままで、蒼汰は上を見た。麦わら帽子の口だけの顔が見えた。


 麦わら帽子の口に鋭い歯が光った。急にその口が動いた。蒼汰の首に嚙みつこうとして向かってきたのだ。蒼汰の眼に映った麦わら帽子の口が、みるみる大きくなって迫ってきた。


 噛まれる・・・


 蒼汰は何とか頭を横にひねって口をかわした。蒼汰の頭の横で、麦わら帽子が顔から床にぶつかっていった。ドンという大きな音がした。


 麦わら帽子はゆっくりと床から顔を起こした。蒼汰の上で半身を起こした姿勢に戻った。また口の中に歯が光った。麦わら帽子の口が蒼汰の首を狙って、こんどはゆっくりと下りてきた。


 今度は口をかわすことは無理だ。口の攻撃を避けられそうにない。蒼汰を絶望が貫いた。

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