第18話 探索6

 蒼汰と明日香は廊下に立ち止まった。和室のふすまに背をつけて激しくあえいだ。のどがひどく渇いていた。


 蒼汰は思い出した。


 そうだ。のどが渇いたので、飲み物を飲もうとしてこの旅館に入ったんだ。そう言えば、旅館に入って以来、何も口にしていなかった。思い出すとさらにのどが渇いてきた。どこかに水はないだろうか?


 ふと、廊下の先を見ると、何かがぼんやり光っている。蒼汰と明日香はゆっくりと近づいていった。


 二人が歩く廊下の先の一角がちょっとした小広場になっていた。スポットライトを浴びているかの如く、その小広場がぼんやりした光の中に浮かび上がっていたのだ。


 広場の中央には大きな白い布が屋根のように張られている。布は薄汚れて、隅の方がところどころ大きくほつれていた。布の下には大きな白い木の箱がいくつも並べられていた。箱の中には細かく砕かれた氷が入っている。氷の間をビンに入ったジュースやサイダーが埋めていた。箱の横に大きな赤い旗がでている。旗には「サイダー ラムネ 50円」の白抜き文字が浮き出て風もないのに揺れていた。


 あれは・・・屋台だ! 蒼汰はそう思った。廊下の先にあったのは・・・縁日の屋台そのものだったのだ。


 蒼汰と明日香は屋台の前までゆっくりと歩いた。歩きながら、明日香が蒼汰の腕をとった。蒼汰は一瞬身体を震わせて、明日香の腕に自分の手を重ねた。しかし、蒼汰の眼は前方の屋台を凝視していた。


 なぜ、旅館の中に屋台が?・・・一体何だろう?


 屋台の前に並んでいる白い箱の奥には、濃いグレーのダボシャツにダボズボンをはいた人物が座っていた。屋内なのに素足に雪駄せったをはいている。その人物は麦わら帽子をかぶっていた。首を下に落として、こちらには麦わら帽子の山だけを見せていた。顔はわからない。しかし人の姿を見て、蒼汰はフーと深い息を吐いた。


 これはきっと何かのアトラクションだ。


 蒼汰は旅館のアトラクションだと思った。よく観光地の大型ホテルでやっているホテル内の縁日や屋台があるが、あれを連想したのだ。屋台をやっているのは、もちろん人間に違いない。やっと、人のいるところへ出たようだ。人に出会えたという安堵感が蒼汰の身体をとりまいた。明日香も同じ思いだったようだ。安堵の声が出た。


 「神代くん。人よ。助かったね」


 のどの渇きが限界にきていた。いいところに屋台のアトラクションがあった。とにかく何か飲もう。蒼汰は屋台の麦わら帽子のおじさんに声を掛けた。


 「おじさん。サイダーを2本ください」


 麦わら帽子が動いた。黙って白い箱からサイダーを2本取り出した。ビンから水が廊下にしたたり落ちた。麦わら帽子は、古めかしい金属製の栓抜きを出してサイダーの栓を開けると、濃いグレーのダボシャツにつつまれた腕で蒼汰に黙ってサイダーを2本差し出した。


 「2本で100円ですね。ここに置きますよ」


 蒼汰は100円玉を財布から出して白い木箱の上に置いた。1本が50円とはいやに安いと思ったが、のどの渇きがまさった。蒼汰は麦わら帽子からサイダーを受け取ると1本を明日香に渡した。蒼汰も明日香も一気にサイダーを飲み干した。麦わら帽子は顔を伏せたままだ。何もしゃべらない。


 サイダーを飲むとやっと落ち着いた。のどの渇きがすっと引いていった。蒼汰は麦わら帽子に声をかけた。


 「ああ、生き返った・・・ところで、おじさん。この旅館って何か変な化け物がいませんか?」


 麦わら帽子は返事をしなかった。聞こえていないのだろうか? 


 蒼汰はもう一度、ゆっくりと麦わら帽子に言った。


 「おじさん。この旅館って何か変な化け物がいませんか?」


 麦わら帽子がピクリと動いた。帽子の下から声が返ってきた。中年のような、しわがれた声だった。麦わら帽子で顔を伏せたままだ。


 「化け物だって?」 

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