第17話 探索5

 急に女将の頭が2mほど動いた。天井の穴から女将の首が蛇のように伸びていた。さらに、首が『の』の字を書くように一度大きくくねると、首の先の女将の顔が蒼汰と明日香の真正面にあった。女将の顔が二人を見てまたニヤリと笑った。鋭い歯が光った。二人は悲鳴を上げた。


 「キャー」「ウワー」


 蒼汰と明日香は立ち上がると、ふすまを開けて無我夢中で廊下に飛び出した。廊下には明かりが灯っている。


 蒼汰と明日香は廊下をめちゃくちゃに走った。どこをどう走っているのか皆目検討もつかなかったが、恐怖で足を止めることができなかった。女将の首が伸びて、いつまでも二人を追ってくるように思えた。蒼汰は恐怖で後ろを振り向くことさえできなかった。走っても走っても周りには和室が続いていた。


 どこまで走っただろうか。廊下の角を曲がると急に行き止まりになった。白壁が二人の行く手をふさいでいる。蒼汰は壁を背にして、恐る恐る後ろを振り返った。何もいなかった。蒼汰と明日香は白壁にもたれて、ハアハアと荒い息を吐いた。心臓が早鐘のように鳴っている。息が苦しかった。


 すると、さっき曲がった角から、ふいに何かが現われた。1mぐらいの楕円形のものが、薄汚れた衣のような衣服をまとって、こちらに歩いてくる。衣服の前が大きくはだけており、歩くたびに衣服の陰からたくさんの手が見えた。


 手? 


 すると、それが衣服を脱いだ。楕円形の身体から無数の手が生えていた。手がてんでバラバラにうごめいている。前方の手が、蒼汰と明日香の身体をつかもうとするかのように、まっすぐ前方に伸びてきた。


 化け物だ!


 すると、化け物の頭の方に割れ目が入った。その割れ目が大きくなって、大きな目が一つでてきた。目が二人を見つめて、ゆっくりと二、三度まばたきをする。すると、今度は化け物の下部に真っ赤な裂け目が入った。裂け目がゆっくりと開いていく。大きな舌がでてきた。上下には歯が見えた。舌が真っ赤な裂け目の中を軟体動物のようにぬめぬめと動いていた。気味が悪くて、気分が悪くなりそうだった。その裂け目から「見ぃつけた」という大きな声が聞こえた。ついで「返せ。返せ」と言う声が洩れた。


 「返せ。返せ」

 「返せ。返せ」

 「返せ。返せ」


 何とも言えない不快な生臭い臭いが化け物の口からあふれ出してきて、あたりの廊下に拡散した。


 「神代くん、あ、あれは何?」

 

 明日香が叫んだ。


 「わ、わからない。とにかく逃げよう」


 蒼汰が明日香の手を取り、化け物の横をすり抜けて再度廊下に飛び出した。化け物の横を通るときに、何本かの腕で衣服をつかまれたが、蒼汰は強引に身体を揺すってなんとか振り払うことができた。


 二人はふたたび廊下を走りだした。またしても恐怖が身体を貫いた。夢中で走り続けた。どこをどう走っているのかまったくわからなかった。足元にはずっと板敷の廊下が続いていた。廊下のまわりは和室が続いている。


 30分も走り続けただろうか。さすがに息が切れた。もう足が動かなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る