第15話 探索3

 「ごめんください」


 玄関を入ると蒼汰は奥に声を掛けた。まっすぐに奥へ黒光りのする廊下が続いている。廊下の奥は真っ暗でよく見えない。やがて、その廊下の奥から足音が聞こえてきて、和服の女性がゆっくりとこちらに歩いてきた。女将のようだ。まだ30代ぐらいの美しい日本美人だった。女将は二人の前で正座をすると頭を下げた。


 「おいでやす」


 「あの、ちょっと、こちらで飲みものをいただけませんか?」


 「そうどすか。どうぞ、上がっとぉくれやす。お部屋はこちらどす」


 「どうもありがとうございます」


 蒼汰と明日香は靴を脱いで上がりかまちに上がった。そのとき、蒼汰は玄関横の靴箱の上に妙なものを見つけた。二つのビニール袋が置いてあった。何気なく手に取ると、一つの袋には、ハンカチと男性の靴下、そしてもう一つの袋には女性用の肌色のパンストが入れてあった。どちらも袋の中で乾燥し、しわくちゃになっている。あきらかに、この整理の行き届いた日本旅館には不似合いなものだ。


 「何だろう?」


 何気なく袋の中をのぞきこんだ蒼汰は、おどろいて眼をむいた。


 「こ、これは」


 袋の中のハンカチに見覚えがあった。みろう出版から新入社員全員が毎年もらう入社記念の品だった。白いハンカチに赤い刺繡で『みろう出版入社記念』と縫込みがしてある。


 うちのハンカチだ、間違いない。一体誰の? 


 蒼汰の脳裏に佐々野が浮かんだ。間違いない、葬儀屋のハンカチだ。みろう出版では、入社年度ごとに刺繍の色を青、オレンジ、黄色、赤、緑と変えていた。蒼汰たちの年度は赤色だ。新入社員は明日香と佐々野と蒼汰の三人だけだ。入社後、記念の刺繡が赤色のハンカチをもらって、全員が編集部に配属されたのだった。


 そのとき、気配を感じたのか女将が振り返った。蒼汰はあわてて二つのビニール袋をカバンの中に入れた。


 「どうぞ、こちらに来とぉくれやす」


 女将は蒼汰と明日香を眼で促して、しずしずと奥へ進んでいく。


 大きな旅館だった。和室がいくつも続いていて、歩けど歩けど目的の部屋にたどり着かない。女将は何も言わずに先に立って歩いていく。蒼汰は「どこまで行くんですか?」と尋ねたかったが、女将が凛とした姿勢で歩いていくので、なかなか質問ができなかった。明日香もだまって女将について歩いている。


 10分は歩いただろうか。


 やがて、女将はある部屋の前で止まると、ゆっくりとふすまを開けた。


 「どうぞ、こちらのお部屋どす。お飲みものはすぐに御用意いたしますえ。ゆっくり休んどぉくれやす」


 20畳はあるりっぱな和室だ。真新しい畳の上に黒壇の黒い見事な座卓があり、座椅子と脇息が二つ見えた。掛け軸には蒼汰の知らない軸がかかっていた。


 二人を残して女将が去っていった。

 

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