第12話 出版社2

 「たとえばですね。犯罪組織に命を狙われていて、それで二人が姿を隠したとか」


 「ばかばかしい。あの二人がどんな犯罪にかかわっているというのよ。そんなことがあるわけないじゃないの」


 「そうですねえ」


 蒼汰が考え込んだ。


 「とにかく、お公家さん。この事件は、うちとしてもほっとけないわ。あなた、明日香ちゃんと組んで、ちょっと調べてみてくれない。明日香ちゃん、お願いね」 


 山縣が横で二人の話を黙って聞いていた明日香ちゃんこと、山之内明日香に急に声を掛けた。明日香は承知したという表情でにっこりとうなずいた。


 山之内明日香は、佐々野や蒼汰と同期入社の女性編集部員だ。同期入社は彼ら三人だけだった。三人は26才で年も同じだ。佐々野や蒼汰と同様に独身だった。ショートボブの髪形がさわやかな顔に良く似合っている。1m70㎝と大柄の身体を薄い紫のブラウスとベージュのパンツに包んでいた。整った目鼻立ちが意思の強さを連想させる。それでいて紫のブラウスに浮き上がった顔がほんのり上気して大人の色気を感じさせた。


 明日香、蒼汰、佐々野の3人で、みろう出版の編集部若手三羽烏と呼ばれていた。明日香は去年の暮に編集長補佐に抜擢された。職位では蒼汰と佐々野の上司であり、また三羽烏のリーダー的存在だった。


 「それでですね。編集長。葬儀屋くんが茅根ちね先生と失踪した日の二人が歩いたルートなんですが、ここに事前に葬儀屋くんが会社に提出した企画書があるんですよ」


 山縣が自分に声を掛けるのを待っていたかのように、明日香が1枚の紙を差し出した。


 山縣と蒼汰がその紙をのぞき込むのを見て、明日香が言葉を続けた。


 「この企画書を見ると、あの日、葬儀屋くんと茅根先生の二人は、八坂神社から丸山公園を通って、ねねの道から丸山音楽堂に出ています。あとは、ねねの道を南に歩いて、高台寺南門通りから下河原通りを抜けて法観寺、つまり通称八坂の塔に寄っています。法観寺からは産寧坂を通って清水寺に行く予定になっていますね。それから、清水寺からは五条坂を下って東大路へ出て、東山五条のタクシー乗り場でタクシーをひろって、三十三間堂まで行く予定だったようですね。その後、京都駅八条口の京都グランドホテルで会食だったんですが、茅根先生も葬儀屋くんも結局京都グランドホテルには現れなかったんですよね」


 山縣があきれたといった顔で声を上げた。


 「いったいなんなの、そのルートは? 典型的な京都初心者用の東山観光コースじゃないの?」


 「ええ、茅根先生は東京の生まれ育ちでしょう。京都は詳しくないんですよ。京都は高校の修学旅行以来だからと言って、葬儀屋くんに、あえて初心者コースをまわりたいって頼んだそうですよ」


 「ふーん。それで、そのルートのいったいどこで二人は消えたのかしらねえ?」


 「それが分からないんですよ。なにしろ、有名な観光コースですからね。観光客もいっぱいいただろうし、お寺でも二人に注目する人は誰もいなかったでしょう」


 「まさに雑踏の中の孤独というわけね・・・で、明日香ちゃん、どうする?」


 「明日でも神代くんと二人で、もう一度このコースをまわってみたいんです。何か二人が消えた手がかりがあるかも知れません・・・それに、とりあえずは、二人が当日歩いたコースをたどってみるしか、私たちにはやりようがありませんしね」


 明日香はそう言って、蒼汰の顔を見た。


 「そう、頼むわ。私には逐一報告を上げて頂戴。じゃあ、お公家さんも頼んだよ」


 山縣はそう言い残して会議室を出て行った。茅根と佐々野の失踪で社内ではひっきりなしに会議が行われている。おそらく、そういった会議が始まるのだろう。


 蒼汰は心の中で舌打ちをした。いつもこうだ。山縣と明日香が話し出すと、いつも自分が意見を言わないうちに何かが決まってしまうんだ。


 それでも、蒼汰は気持ちが昂るのを覚えた。


 山之内さんと二人で東山の観光地か・・・まるで、デートだ!


 

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