第13話 探索1

 翌日、丸太町の会社の近くの食堂で昼食を済ますと、蒼汰と明日香はタクシーをひろって八坂神社で降りた。近場でタクシーを使うと会社の経理から文句を言われるのだが、山縣がポケットマネーを出してくれたのだ。平日だというのに初秋の八坂神社は観光客で押すな押すなの大混雑だった。蒼汰はその熱気に圧倒されてしまった。


 「ひやー。いつもながら、すごい人だなあ。山之内さん、どうする?・・これじゃあ、葬儀屋と茅根ちね先生の手がかりを見つけるどころじゃないなあ」


 「そうねえ。でも、せっかく出てきたんだから、葬儀屋くんが残した企画書に沿って、私たちも歩いてみましょうよ」


 蒼汰と明日香は、東大路に面した国の重要文化財である八坂神社西楼門をくぐり、人の波をかき分けながら右に進んだ。眼の前に荘厳な本殿が現われた。この本殿も国の重要文化財だ。素戔嗚尊と櫛稲田姫命くしいなだひめのみこと八柱御子神やはしらのみこがみの三柱の御祭神が祀られている。本殿と拝殿を一つの屋根で覆うという独特な建築様式が有名で、祇園造りと呼ばれていた。現在の本殿は1654年(承応3年)に徳川四代将軍家綱が再建したものである。


 蒼汰と明日香は本殿から舞殿にまわった。舞殿は本殿の横にある。一年を通してさまざまな祭事が行われている施設だ。舞殿と本殿の前では海外からの団体客が並んで写真を撮っていた。本殿と舞殿の正面には南楼門があり、鳥居をくぐると南に向けて高台寺や清水寺へと続く道が伸びている。しかし、明日香は南楼門へは向かわずに蒼汰を連れてさらに奥の円山公園へ進んだ。


 円山公園は総面積約9万平方メートルもある巨大な公園だ。池泉回遊式の日本庭園がよく知られている。また、公園内の桜は有名で、中でも枝垂桜は「一重ひとえしろ彼岸ひがん枝垂しだれざくら」という珍しい品種で、花見のシーズンにはライトアップが行われていた。


 蒼汰は雑踏の中を明日香と並んで歩いた。暑い。初秋の陽が照り付けてくる。


 佐々野の残した企画書では、佐々野と茅根の二人は円山公園から円山音楽堂を経て、八坂の塔へ向かっている。円山音楽堂は円山公園の中にある野外ステージで、170㎡の広さのステージと、2528席の扇状に広がる観客席があり、京都市が管理している。今日は何もイベントをやっていないのだろう。音楽堂の入り口は閉められていた。


 蒼汰と明日香は、円山音楽堂の横の道を通って八坂の塔の方角に歩いた。佐々野の企画書のとおりの順番だ。観光客が二人の前後を埋めている。なぜか若い女性の二人づれが目立った。周囲には典型的な京町家が軒を連ねている。『つし二階』と呼ばれる京町家独特の低い二階建て構造だ。『つし二階』の二階部分には虫籠窓むしこまどを設けて、表の格子は糸屋格子という家が多い。間口いっぱいに設けられたとおひさしがそれらの統一感を醸し出していた。軒下には駒寄せがあり、道と敷地とを区切っている。


 蒼汰は歩きながら、自分たち二人はどうみても恋人通しの観光客として見られているだろうと思った。明日香と自分が恋人として見られている・・・そう思うだけで、何とも言えない喜びが蒼汰の胸に広がった。熱いものが蒼汰の胸を一気に満たした。だが、蒼汰のそんな思いを知らずに、明日香は黙々と歩を進めている。



 

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