第2話 旅館2

 間一髪、隆司は綾香と一緒に左手の建物のひさしの下に駆け込んだ。一瞬にして目の前には雨だれのカーテンができていた。そんなに巾広くもない五条坂の道路の向こう側が、雨粒で真っ白に煙って何も見えない。


 佐々野隆司は京都にある『みろう出版』の編集部員だ。今年26才。高校、大学とラグビーをやっていた。1m80㎝近い体躯に日に焼けた精悍な顔つきが、いかにも女性にもてそうだった。白のワイシャツに学生のような黒ズボンをいつもはいているので、編集部の中では『葬儀屋くん』と呼ばれている。


 隆司の傍らにいる茅根綾香は、隆司と同じ26才だ。学生時代に有名な文学賞を2つ受賞し、東京の女子大を卒業すると同時に作家生活に入った。いまはプロの作家として人気が上昇中だ。1m70㎝と女性にしては背が高い。女優にしてもよい整った顔立ちと清楚な長い黒髪が、その人気に拍車を掛けているのは明らかだった。今日は隆司の案内で東京から東山の社寺を取材にきていた。


 雨の勢いは一向に衰えない。軒先ではねる雨水で、隆司のひざから下はすでにびしょ濡れだった。綾香は、今日は水色のワンピースを着ているが、この雨でやはりストッキングのひざから下がたっぷりとぬれているはずだ。どこかで雨宿りできないものか? 隆司はあせった。


 綾香も同じことを思ったのだろう。キョロキョロとあたりを眺めていたが、後ろを振り向いて、隆司に言った。


 「佐々野君。ここ、御宿って書いてあるけど」

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