第1話 旅館1
音羽山清水寺の仁王門を出ると、雨粒が一つ頬に落ちた。見上げると西の空が黒くなっている。さっきまであんなにやかましく聞こえていたセミの声が、いまは周囲からまったく聞こえてこなかった。晩夏の昼下がりだ。
「にわか雨になりそうだ」
佐々野隆司はつぶやいて後ろを振り返った。
「先生。
目の前の清水坂を上ってきた数人の観光客が雨に気づいたのだろうか、急に右手の土産物屋の軒先に駆け込んでいくのが見えた。えんじの布に「みやげ ゆば」と白抜きされたのれんが、飛び込んだ観光客にあおられて激しく揺れた。湿気を充分に含んだ空気が身体に重くまとわりついてくる。
茅根綾香が小走りに仁王門前の石段を降りてきて隆司の横に並んだ。綾香に触れないように注意しながら、隆司は左手を綾香の背に回して歩き出した。
「茅根先生。夕立ですから、どこかで雨宿りしましょう」
清水坂を下ると右手に産寧坂が現われる。観光客の大部分は産寧坂を下っていった。産寧坂をやり過ごして清水坂を少し歩くと左手に現れるのが五条坂だ。五条坂をまっすぐ西に下って東大路から七条通りに入ると蓮華王院三十三間堂がある。
隆司は綾香と一緒になって五条坂を下った。右手に民家の屋根が連なっている。ここまでくると、清水寺に大勢いた観光客の姿はほとんど消えていた。
そのとき、辺りがにわかに暗くなると、一拍おいて大粒の雨が滝のように落ちてきた。
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