第3話 旅館3

 「えっ」


 隆司も振り返った。いままで気が付かなかったが、後ろに京町家風の建物があった。周りを出格子が取り巻いている。確かに入口とおぼしきあたりに、御宿という灯りが雨の薄明かりの中でぼんやりと光っていた。入口の向こう側に竹製の犬矢来が続いているのが雨の中に見えた。


 「助かった。茅根先生、ここで雨宿りをしていきましょう」


 「ええ」という綾香を伴なって、隆司は入口を開けて中に入った。五条坂のこんなところに旅館があっただろうか? そんな疑問がふっとわいたが、それ以上詮索する余裕が隆司にはなかった。 


 「ごめんください」


 玄関を入ると隆司は奥に声を掛けた。まっすぐに奥へ黒光りのする廊下がのびていた。廊下の奥は真っ暗でよく見えない。やがて、その廊下の奥から足音が聞こえてきて、和服の女性がゆっくりとこちらに歩いてきた。まだ30代だろうか、若い女性だ。毅然と歩く立ち振る舞いから、彼女が女将に違いないと隆司は思った。女将は二人の前で正座をすると頭を下げた。


 「おいでやす」


 「あの、ちょっと、こちらで雨宿りをさせていただけませんか?」


 「それは、それは、雨の中、ようおいでやしたなあ。大変どしたやろう。濡れたのやあらしまへんか。どうぞ、このタオルでお足をふいとぉくれやす」


 女将は隆司と綾香にそれぞれ白いタオルとビニール袋を差し出した。


 「そちらのお嬢はん。どうぞ、こちらでストッキングを脱がはっとぉくれやす。濡れて気持ちが悪おますやろ。旦那はんも、靴下を脱いどぉくれやす。脱がはったら、このビニール袋にいれて、こちらの竹のカゴにいれとぉくれやす。休まはってるあいだに、うちで洗濯して乾かしときますえ。すぐ乾きますさかいに」 


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