第9話 妖怪3
廊下を曲がってきたのは巨大な足首だった。片足の足首のくるぶしから先だけがそこにあった。くるぶしまでの高さは2mを超えている。足先には五本の指があった。指の先には爪が見えていた。爪には黒い垢が溜まっていた。
五本の指が廊下をつかむように曲がった。次の瞬間、足首は宙を飛んだ。かかとで廊下に着地した。ドシンという音が廊下を震わせた。かかとを起点に足の甲がゆっくりと回転した。そして足の裏全体が廊下につくと、足首の指が曲がった。
また、足首が飛んだ。ドシンという音がした。隆司の腹に音がひびいた。続けて、また足首が飛んだ。ドシンという音がひびく。足首が少しずつこちらに進んでくる。綾香が隆司の胸にしがみついた。隆司は身動きができなかった。声が出なかった。恐怖が隆司の全身を貫いた。
綾香が隆司の腕を強くつかんだ。綾香の身体は大きく震えていた。隆司の腕の中で綾香の声がした。
「これは何よ・・・こんなのがあるの? もう、イヤ、イヤよ」
綾香は首を振って泣き出した。
その瞬間、足首が大きく宙に舞った。隆司と綾香の頭上に黒い影ができた。足首が頭上にあった。周囲が暗くなった。落ちてくる。隆司はすさまじい圧力の塊を頭上に感じた。動けなかった。踏みつぶされる。隆司は眼をつぶった。上から落ちてくる足首を支えようとして、思わず両手を上に差し出した。巨大な足首が頭上から降ってきた。
一瞬、足首が宙で止まった。隆司が見上げると、頭上数㎝のところにかかとがあった。静止していた。隆司が上に差し出した手にボールペンが握られていた。ボールペンが深々と足のかかとを突き刺していた。
綾香がとっさに横の和室のふすまを開けた。隆司と綾香がその中に飛んだ。和室の中に転がり込んだ隆司の眼の前の廊下に足首のかかとが下りてきた。ドシンという大きな音が廊下にひびき渡った。
ドシン。ドシン。ドシン。音が少しずつ小さくなっていった。やがて、音が廊下を曲がって消えていった。
「助かった」
和室の畳にへたり込んで、隆司は大きく息を吐いた。横で綾香がハアハアと息を吐いていた。間一髪だった。
二人は廊下に出てみた。足首は見えなかった。二人はお互いの顔を見やった。安堵の表情が浮かんできた。
「先生。何が飛び出すかわかりません。ここからは、ゆっくり歩きましょう」
隆司が言った。
それから、今度はゆっくりと二人は廊下を進んだ。隆司は、さっきの足首のように、何かが突然飛び出してくる恐怖に耐えた。
しばらく歩くと、前方に何か落ちていた。小さく丸いものが一つだけ廊下に転がっている。隆司がそれをひろい上げた。綾香が横からのぞき込む。
「佐々野君。何それ?」
佐々野の手にあったのは・・・小豆だった。
綾香がすっとんきょうな声を上げた。
「あ、あずき?」
突然、廊下の天井から、どんどんどんと天井を足で踏みつけるような音が聞こえた。
どんどんどん、どんどんどん、どんどんどん
急にその音が止んだ。すると、今度は天井からパラパラパラと小豆をまくような音が聞こえてきた。
パラパラパラ・・・パラパラパラ・・・パラパラパラ
小豆の音はだんだんと大きくなっていく。そして、ついには大量の小豆をぶつけているような音が天井全体に大きく鳴り響いた。
バラバラバラ・・・バラバラバラ・・・バラバラバラ
ものすごい音だ。廊下全体が大きく反響した。床がグラッと揺れた。
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