328 - 「金色の鷲獅子騎士団4――束の間の休息」
宿から提供された個室に充満する、焼き立てのパンの香り。
白いテーブルクロスが敷かれた机の上には、色とりどりの料理が並べられている。
「さすが高級宿だな。朝食が豪華だ」
マサトが感心していると、マサトの背後をついてきたヴァートが、寝ぼけ眼を見開いた。
「うわぁ! すごいすごい! 料理から湯気が上がってるよ! 美味しそー!!」
瞳を輝かせて料理の前へと走っていく。
異常気象の影響もあってか、朝の冷え込みは非常に厳しかったため、温かい朝食が純粋に嬉しいのだろう。
マサト、ヴァート、シャルルが席に着くと、程なくしてパークスとチオも姿を現した。
「あ! 師匠おはよう!」
「おはよう」
ヴァートとパークスが挨拶を交わしたのをきっかけに、皆もそれぞれ挨拶を交わす。
猫人族のチオは奴隷のときの名残が中々消えないのか、挙動不審気味だったり、椅子ではなく離れた場所の床に座ろうとしていたが、マサトが声をかけたことでハッと気付き、少し気恥ずかしそうにしながらも、どこか嬉しそうな表情で席に着いた。
その後、宿のメイドに案内され、キングとララも合流。
すると、急に賑やかになった。
「おおおお! ちゃんと注文通り肉料理があるじゃねぇか! 朝からがっつりいきたい気分だったんだよなぁ!」
「あ! メインディッシュの前に座るなかしら! その席はララが先に目をつけていた場所なのよ!」
「なぁーに寝ぼけたこと言ってんだ。ここはもう俺の席だ。隣が空いてるだろ」
「この席じゃ料理まで手が届かないのよ! ララの小さくて可愛いお手手を舐めるなかしら!」
「ものはいいようだな。毎度毎度感心するぜ。分かったから、ララはそっち側行けって」
「キングが行けかしら! レディーファーストなのよ!」
「何がレディファーストだ! もう座ってんだろ! 馬鹿止せ引っ張るな! 危なっおい!」
結局、譲歩することを知らないララが強引に席を奪い、キングはぶつぶつと恨み節を呟きながら、反対側の席へ移動した。
「皆が揃ったところで、冷める前に朝食にしよう」
マサトが音頭を取り、皆で朝食を取り始める。
外は相変わらず吹雪いているが、雪雲は朝陽を通すほど薄く、天気の悪さに反して非常に明るい。
ララとキングが黙って食事を始めたことで、昨日の酒場での騒動が夢だったかのように、平穏な食事風景になる。
ふと、部屋の扉の外に誰かが来た気配がして、マサトは食事の手を止めた。
「アシダカか? 入ってきたらどうだ?」
「お食事中とは知らず、失礼しました」
そう謝罪を口にしながら頭を下げ、部屋に入ってきたのは、
マサトが労いの言葉をかける。
「後処理を任せてすまない。助かる」
「いえいえ、マサト様はお気になさらず。これは私の役割でもあり、本業の一部でもありますので」
昨日の夜にマサトたちが殺した
アシダカが、朝から微かに血の匂いを漂わせているのは、そういうことだろう。
「アシダカも、朝食がまだなら食べるといい」
「ご配慮痛み入ります。お言葉に甘えさせていただきます」
深々と頭を下げたアシダカだったが、曲げた腰は戻さず、顔だけ上げた。
まだ何かあるようだ。
「ですが、その前にお渡ししたいものが……」
アシダカが一瞬だけ皆へ視線を移す。
皆の前では憚られる物か、それとも単に気を遣っているだけか。
そのどちらかだとしても、今更ここにいるメンバーに隠すことなどないだろう。
そう考えたマサトが言葉を返す。
「ここで構わない。なんだ?」
「では、こちらを」
再び頭を下げて了承の意を示したアシダカが、懐から小袋を取り出した。
マサトが差し出された小袋を受け取り、袋の中を覗く。
中には白金貨が詰まっていた。
「これは?」
「先程のひと仕事で得た戦利品です。ちょうど白金貨20枚入っております」
白金貨20枚となれば、約2億円ほどになる。
だが、ふと疑問が浮かんだ。
(戦利品にしては大金過ぎやしないか?
マサトが疑問を口にする。
「これすべてが戦利品なのか?」
アシダカが少し答え難そうにしながらも口を開く。
「……不足分を支部の金庫から持ち出しましたが、運営に差し支えるほどではありませんので、どうかお気になさらず。
「そういうことか。助かる」
各地に根付かせた支部からも、資金援助のお触れを出してくれていた
白金貨20枚もの大金は、そう簡単には手に入らない。
貰えるものは貰っておくに限る。
だが、その光景を横目で見ていたララが、目を輝かせながら声をあげた。
「さっそくあの錬金術をやって見せるのよ!」
その言葉に、キングとヴァートも乗っかる。
「お、朝から余興か? 退屈しなくていいな。あー酒があれば最高なんだが。まぁ今日は我慢するか」
「父ちゃんあれやるの!? やったー! またすごいのが引けるかな!?」
外野が勝手に盛り上がり始めた。
もしかしたら、アシダカはこうなることを予測して気を遣ってくれたのかもしれないと気付くも、時すでに遅し。
仕方ないと、マサトは皆の期待に答えることにした。
「分かった。だからあまり騒ぐな。外まで声が響くぞ」
マサトの言葉を素直に理解し、声をあげずに喜んだヴァートに対し、キングとララは尚も煩かった。
ララが意気揚々と話す。
「そういうことなら、ララが防音魔法をこの部屋にかけておくかしら! それなら声を気にする必要もないのよ!」
ララが椅子から飛び降りると、懐から棒状の短い杖を取り出し、部屋の周囲を小走りで走り回りながら
「これでいいのよ! ついでに盗聴や監視の目がないかも調べてあげたかしら! さぁさっさとやって見せるのよ!!」
楽しみでもう待ちきれないといった様子のララが、鼻息荒く席へと戻る。
すると、元いた席ではなく、マサトが座っていた席に座ったララに対し、キングが声をあげた。
「おいララ! お前の席はこっちだろ!」
「細かいことは気にするなかしら! ララは最前席で見たいのよ! 見たらちゃんと戻るかしら!」
このままではまたキングとララが長いコントを始めかねないと感じたマサトは、さっそく召喚を始めることにした。
「もうそこでいいから、始めるぞ」
マサトは手に持った小袋を見ながら、カードガチャを実行した。
小袋の口から白い光の粒子が煙のように立ち昇る。
「お、いよいよか!?」
「瞬きせずに目に焼き付けるかしら!!」
キングとララが期待のこもった声をあげると、一枚のカードが光とともに空中に出現。
その後、ゆっくりと横回転しながら舞い降り始めた。
カードの回転に合わせて、周囲にきらきらと広がる光の粒子はとても幻想的だ。
「相変わらず不思議な光景だな。一体どうなってんだ?」
「相変わらず何も感じないのよ! 全く意味不明理解不能かしら!!」
感心するキングと、理解できないと憤るララを尻目に、マサトは落ちてきたカードを手に取り、その絵柄を見た。
そこには、ブリキ風の人形が描かれていた。
『アーティファクトモンスター:[C]
【C】
(
MEでの木人は、主に木で作られた訓練用の
大抵の木人モンスターは、ただの置き物であることが多いが、この
更には、魔法耐性や自己修復などの優秀な能力も所有している。
(とはいえ、微妙だな……)
マサトがカードを見ながら黙っていると、痺れを切らしたララが突撃してきた。
「ラ、ララにも見せるかしら!!」
駆け寄ってきたララにカードを奪い取られる。
すると、ララの行動に触発されたのか、キングとヴァートも慌てて立ち上がった。
「おいっ! ララだけ狡いぞ! 俺にも見せろ!!」
「あっ! おれも見たい!」
キングとヴァートも、カードを持つララへと駆け寄り、一緒にカードを覗き込んだ。
「なんだこりゃ? 鉄の人形か?」
「人形の
「あ、父ちゃん、これってもしかして
キング、ララ、ヴァートが立て続けに質問し、マサトが答える。
「どれも合っているといえば合ってるか……。これは訓練用の人形だが、簡単な命令であれば、それ通り動くようだ」
「今すぐ召喚して見せるかしら!」
両手を胸の前で握りしめたララが、鼻息荒く要求してくる。
(そんなにのんびりしている時間もないが……まぁ少しくらいは大丈夫だろう)
「そうだな。食事が終わった後にでも召喚してみよう」
「やったーかしら!」
「おっ! いいね! この召喚まで見せてくれるなんて気前いいな!」
「わーい! 父ちゃんの召喚が見れる!」
はしゃぐ3人を席に戻らせ、皆で朝食を済ませる。
最初は豪華な食事に喜んでいたララやヴァートも、召喚が気になって仕方ないようで、自分たちは早食いしつつ、早く食べ終わるよう皆を急かしていた。
そして、皆で朝食を食べること十数分。
白いスープを口髭のようにつけたララが、声をあげた。
「さっ! 食べ終わったのよ! 早く召喚して見せるかしら!」
ララは精一杯早食いしていたようだが、身体の小さい小人族は口も小さく、基本的に食べるのが遅い。
それで少食なら釣り合いも取れるのだが、ララは人族の成人男性並みによく食べた。
そのため、結局はマサトやヴァートより食べ終わるのが遅く、ララが食べ終わるのを皆で待っていたのだ。
「分かった。じゃあさっそくお披露目といこう」
机から離れた位置に移動したマサトが、召喚を行使する。
「
右手で持ったカードが光を放ち、そのまま光りの粒子となって舞い上がると、そのまま流れるように空中を移動し、マサトの前方に集まり始めた。
光の粒子は人を形取ると、炭酸の泡が消えるように、下から上へとシュワシュワと音を立てながら蒸発。
光の中から、木目色にも銅色にも見える人形機械が姿を現した。
「確かに、ヴァートの言う通り
「やった! 当たった!」
マサトの感想にヴァートが喜び、キングとララが口を挟む。
「
「ララも同じことを思ったかしら。小さい島国と見下していた相手が、自分たちの技術水準よりも数十年以上も先を行っていたなんて衝撃だったのよ」
キングもララも反応が薄かったのは、既に似た感じの機械人形を、白群色の大型飛空艇リヴァイアス号の中で見ていたからだろう。
「この錬金術も毎回奇跡が起きるわけじゃない。当たり外れはある。今回は使い道があるから良いが」
そう話しながら、マサトは窓の近くまで移動し、徐ろに窓を開けた。
外の冷気が部屋の中に雪崩込み、猫人族のチオがぶるりと身体を震わせながら身を丸める。
「少しだけ我慢してくれ。こいつを入れたらすぐ閉める」
すると、開けた窓から白い翼の美しいフクロウが飛び込んできた。
「「おおー」」
キラキラと金粉を撒き散らしながら室内に入ってきたフクロウの美しさに、皆が感嘆の声をあげる。
フクロウがマサトの肩へと止まると、キングがまじまじと見ながら声をあげた。
「貴族でも、ここまで上質なフクロウを飼ってる奴は見たことないぞ?」
ララもキングに続く。
「ララもなのよ。知り合いの
「だな。でもなんでわざわざ呼び寄せたんだ?」
「ちょっと試したいことがあってな」
特に隠す必要はないのだが、理解してもらうための説明が面倒だったため、マサトは回答を濁すと、
「あっ! 動いた!」
「動いたかしら!」
ヴァートとララが目を輝かせている。
(これで起動は完了。命令入力は、言葉で良いのか?)
「右手をあげろ」
「すげー! ちゃんと言う事聞いた!」
「この手のおもちゃはララも好きかしら! ララもやりたいのよ!」
私にもやらせろとせがむララをなだめつつ、マサトは先に進める。
「手を下げて、そのまま停止。何をされても反撃せず、その場に立ち続けろ」
それだけ
敵対化能力を発動させたのだ。
「目が赤くなった!」
「雰囲気が変わったのよ!」
「なんか物騒な雰囲気を漂わせ始めたんだが、大丈夫なんだろうな?」
心配するキングにマサトが言葉を返す。
「大丈夫だと思うが、それも今試す」
「確証はないのかよ……」
呆れるキングを余所に、マサトは
標的は
フクロウの鉤爪が木人の肩を引っ掻くも、木人はよろけた体勢を戻しただけで、命令通り反撃せずにその場に立ち続けた。
「ちゃんと命令通りにしてる!」
「ララにも命令させるかしら!」
「見た目通り頑丈なんだな。多少傷はついてるみたいだが。これが試したかったことなのか?」
外野の言葉を無視して、少し待つ。
(駄目か?)
諦めようとしたその時、眼の前にシステムメッセージが表示された。
『モンスター:[UC] 若き拷問官インセィを獲得しました』
【UC】 若き拷問官インセィ、2/1、(黒×2)、「モンスター ― 人族、
「きたッ!!」
マサトが突然大声をあげたため、皆が驚く。
「急に何かしら! 驚いたのよ!」
「セラフが声をあげて喜ぶなんて珍しいな? 何がきたんだ?」
キングの質問に答える。
「……色々説明を省いて要点だけ話すと、このフクロウで敵を攻撃させると、毎日1回カードが手に入る」
少しの間、沈黙があり、ララとキングがぼそりと呟く。
「意味不明かしら」
「そりゃ一体、どんな原理なんだ……?」
すると、ヴァートが目を輝かせながら聞いた。
「じゃあさじゃあさ! さっきのでまたあのカードが手に入ったってことだよね!? 何が手に入ったの!?」
マサトが先ほど入手したカードを具現化させ、ヴァートに手渡す。
「拷問官を召喚できるカードだな」
「おお! 人だ! でもなんだか拷問官っぽくはないね?」
「そうだな。若き、と書いてあるから、拷問官としては新米なんじゃないかな」
「へー、じゃあこれってあまり強くない?」
「そうだな。少なくとも実戦向きではないだろう。拷問するのに適した能力は持っているようだが」
「そっかー」
強くないと聞いてがっくりと肩を落とすヴァート。
マサトはそんなヴァートの肩に手を置きつつ、微笑みかけながら説明した。
「このカードの能力は高くないが、今回重要なのは、白金貨なしでもカードの入手経路ができたことにある。何回かやれば、そのうち強いカードも手に入るだろう」
「あー! そっか! 確かに!!」
「ララの目の前にいるのは、数多のモンスターを召喚して世界征服を企む魔王なのよ……きっとそうかしら……」
「今ここで止めないと世界が滅ぶかもな……」
その力の異常さを実感し、身震いしながら物騒なことを呟くララとキング。
マサトは、そんなふたりを無視し、アシダカに指令を与えた。
「アシダカに、この木人とフクロウを預ける。毎日1回、木人にマナを込めて敵対化させ、このフクロウで攻撃させてくれ。細かい説明は後でする」
「承知いたしました」
「さて……」
話を区切り、マサトが皆を一瞥する。
空気が変わったことを察し、皆がマサトへ注目する。
「
マサトの言葉に、それまで一言も発さなかったパークスが口を開いた。
「迎え討ちますか?」
「ああ。奴らには糧になってもらう」
――――
▼おまけ
【C】
「次元ザイオンに存在する魔法科学帝国ジークで作成された訓練用木人。魔法耐性のある神木を素材にしているため、魔法訓練相手としても適している。更に自己修復機能付き。予め簡単な命令を組み込むことで、動かすこともできる。当初は量産目的で設計された木人だが、性能を追求するあまりに制作費用が膨んでしまったため、一般普及しなかった――木工伝道師モノ」
【UC】 若き拷問官インセィ、2/1、(黒×2)、「モンスター ― 人族、
「君の痛みは十分過ぎるほど理解しているよ。でも僕は、君の苦しんでいる姿を見るのが堪らなく好きなんだ――若き拷問官インセィ」
★ 挿絵カード(WEB版オリジナル)、pixivにて公開中 ★
https://www.pixiv.net/users/89005595/artworks
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