325 - 「金色の鷲獅子騎士団1――集結」
ヴァルト帝国が誇る三大軍事力のひとつである難攻不落の要塞都市――浮島プロトステガは、マサトと
残るは、アリス教によって作られた帝国最強の守護者アリス・リ・アーサー・サードと、帝国の象徴でもあり、帝国が誇る最大規模の騎士団でもある
たったひとりで何万もの兵力に匹敵すると言われているアリスに対し、
どんな脅威も、このふたつの矛の前では無力と化すだろうと言われており、実際にそれは事実であった。
だが、このふたつの矛にも弱点がないわけではない。
アリスは単騎であるが故に、広大な帝国領全てを掌握することができないのだ。
そのため、アリスの弱点を補う存在として、
だが、その数の多さが
その規模感を日本史や世界史で例えるなら、諸説あるが、最強と呼ばれた武田信玄公率いる騎馬隊は、最盛期で約九千騎。
モンゴル帝国の最盛期ですら、約十万と言われている。
それだけ
当然、ヴァルト帝王といえど、この大規模の軍隊を、国の財源だけで維持することはできない。
では、なぜ
そのからくりは、とてもシンプルだ。
団員は皆、入団時に
つまり、帝国は貴族たちに対し、
因みに、
発言力の強い
しかし、
既に、第一から第三部隊までは、一部隊あたりの隊員数も多く、その数は各部隊一万人ほどにも膨れ上がっているという現状と、帝国を支える柱とも呼ばれるほどに強い権力と、広い領地を持つ四大貴族の存在だ。
ワンダーガーデン大陸の中央部、帝都周辺ほぼ全域を領地として所有し、ヴァルト王家との繋がりが四大貴族の中で最も強いダイヤ公爵家。
現状においては、このダイヤ家が四大貴族の中で最も強い権力を握っている。
次点で、大陸西部に領地をもつハート侯爵家。
王家に従うものの、比較的中立的な立場を貫いている、大陸東部に領地をもつクローバー侯爵家。
そして、王家へ改善の提言することが多いものの、権力の強い伯爵たちを多く束ねていることから、四大貴族の中では、ダイヤ家に次ぐ強大な影響力を持っていた、大陸北部に領地をもつスペード侯爵家。
また、派閥間の競争も苛烈だった。
特に、スペード侯爵家の派閥であるライオス・グラッドストン伯爵とユニコス・ディズレーリ伯爵は、それぞれが独自の
その四家に、新興貴族や辺境伯などの無所属派閥を加えた、計五つの勢力が、
だが、その勢力図の詳細を紐解いていくと、第一から第三までの主力部隊は、全てダイヤ家派閥であり、無所属派閥の騎士団は、そのほとんどが第十五部隊以下で、部隊規模も一部隊二千人以下と、第一部隊の二割にも満たないのが現状だ。
また、帝国の体制に不満を持つ貴族たちの中には、
イーディス領のロリーナ・イーディス伯爵などが良い例だ。
彼女の保有する
これらは準騎士団と呼ばれ、
ただし、準騎士団とはいえ、非常事態時の召集に応じる義務は生じる。
また、準騎士団が二千人規模を超えると、
部隊の維持費は貴族たちが負担するが、その総指揮権は常に王家側にあるため、領主が自警目的で自由に騎士団を扱うことができなくなるからだ。
これが帝国が誇る最大規模の騎士団、
その
第一部隊隊長であるリフォン・ダイヤ・カエサルは、各部隊長が集まった即席の会議テントへと姿を現すと、開口一番、感謝を口にする。
「急な召集にも関わらず、ここへ集まってくれたことに感謝する」
リフォン・ダイヤ・カエサルは、四大貴族ダイヤ家の血を受け継ぐ女性のひとりだ。
帝国全土の
そのため、ダイヤ家の血筋を持つ者達は、国家戦略として子作りを強要された暗黒時代もあり、分家は非常に多い。
その中で、リフォンは一際高い能力を持った天才児と評される人物で、ダイヤ家の直系において最も強く遺伝を受け継いだ者に現れるとされる、
「南部に出現したとされる未知の勢力は、大陸最南にある港、コーカスを壊滅させただけでなく、迎撃に向かったプロトステガですら撃墜したと報告を受けた」
その言葉に、その場にいた部隊長全員が驚愕の表情を浮かべ、耳を疑った。
スペード領で起きた反乱ですら、圧倒的な力で鎮圧してみせた要塞都市が、簡単に撃墜されるなど、想像がつかなかったのだ。
第三部隊隊長のライフ・ダイヤ・ヘクトルがたまらず発言する。
「それは本当か? あのプロトステガが? 私も初耳だぞ?」
ライフは、リフォン同様、大貴族ダイヤ家の血を受け継ぐ女性のひとりだ。
リフォンの従妹にあたる彼女だが、リフォンとは違い、髪色や瞳の色は空色をしている。
根っからの軍人気質で、少々無骨ではあるが、責任感が強いだけでなく、部下の面倒見もよく、裏の顔は温和で高潔だと部下からの信頼も厚い人物である。
リフォンが答える。
「私も先程聞いたばかりだ。そして、再びハート領が襲撃を受けているとの報告も入った」
その言葉に、部隊長たちが顔を見合わせ、「そんな」「まさか」など、各々勝手と話し始めた。
リフォンが片手を上げ、皆が静まるのを待ってから再び口を開く。
「ハート領へは、第四部隊隊長であるユディト・ハートを筆頭に、第十、第十一、第十六、第十八、第二十四、第二十八部隊が既に対処へ向かっている」
「ハート家派閥総出で対応か」
ライフが独り言のようにぽつりと零すと、リフォンが苦言を呈した。
「ライフ、皆の前だ。その表現は控ろ」
「ああ、すまない」
おっとつい、という感じで、ライフが素直に謝罪を口にする。
派閥同士の諍いが多いのは事実だが、
一部の例外を除いて、ほぼ女性で統一された
その中で、第七部隊隊長であるアルジーヌ・クローバーが手を上げ、リフォンに発言の許可を求めた。
「アルジーヌ、何だ?」
アルジーヌは、その名の通り、クローバー家派閥の人物だ。
第七部隊と、シングルナンバー内での序列は高くないが、クローバー家派閥の中では最も発言力のある部隊でもある。
クローバー侯爵家の血筋によくみる緑色系統の瞳と髪色をもつ美人ではあるが、彼女にクローバー家の血は流れていない。
分家でもない彼女は、クローバー家の養女だ。
因みに養女となった者の中で、今現在、最も発言力のある部隊の部隊長に就いているのは、ハート家派閥である第四部隊隊長のユディト・ハートだ。
アルジーヌが、耳にかかっていた柳色の髪をかきあげながら、口を開く。
「この場に、第五や第六部隊がいないことにも何か関係がありますか?」
第五、第六部隊ともにスペード家派閥の部隊だ。
第五部隊は、ライオス・グラッドストン伯爵。
第六部隊は、ユニコス・ディズレーリ伯爵が所有する部隊であり、どちらもプロトステガに幽閉されていたところをマサトが救出した人物でもある。
アルジーヌは皆まで言わなかったが、この場にスペード家派閥の部隊長がひとりもいないことを指摘していた。
リフォンが顔色を変えずに淡々と答える。
「詳細は不明だ。襲撃があったのであれば、さすがに報告は入ると思うが、今は何も聞いていない。だが、この場にいないということは、何らかしらの理由で召集を拒否したのだろう。先の騒動があった直後だ。今、最も防衛が手薄なのがスペード領であるのも事実。治安維持ですら相応の部隊が必要だとしても可笑しくはない」
先の騒動とは、スペード家派閥であるライオス卿とユニコス卿が謀反を企てた罪で、プロトステガによって鎮圧された騒動を指している。
この騒動では、プロトステガの介入に反発した四大貴族のひとりであるデイヴィッド・ダビデ・スペード侯爵が、自身が所有する
結果は、鉄壁の要塞都市であるプロトステガを止めることができず、スペード家派閥は勢力を大きく削られることになったが、この騒動を境に、スペード家派閥の王家に対する不満が限界まで高まったことは言うまでもない。
それだけでも帝国の基盤を揺るがす大事件ではあるが、そこに追い打ちをかけるかのように、未知の勢力による襲撃である。
それも、西部のハート領だけでなく、南部までも襲撃される非常事態だ。
これらの問題を重く見た領主たちが、自領地を守るべく独自に動いた可能性も考えられる。
しかし、
だが、前例のない緊急時故に、今はそれを咎められる状況になかった。
四大貴族のパワーバランスが大きく崩れたことで、それまでダイヤ家とハート家双方の影響力を恐れて従っていた貴族たちが、発言力を取り戻しつつあったのだ。
因みに、本来の防衛力だけ見れば、四大貴族の領地がない唯一の無派閥地域である南部が、最も防衛力が低い。
ワンダーガーデン大陸の南部だけを大きく遮断するように連なるスカイクレイパル山脈の影響で、帝都を含めた東西との交易が難しいだけでなく、生活圏に適した土地面積が乏しいことが大きな理由である。
それでも、周囲の大陸に明確な脅威が存在せず、山脈で隔てられてはいるが、中央から軍を派遣できないほどではないため、今までは大きな問題とならなかったが、ここへきて、それがダイヤ家の足をすくう形になっていた。
北はスペード家、西はハート家、東はスペード家が、命令されずとも自領地を守るために動くが、四大貴族の存在しない南部は、ダイヤ家が中央から軍を派遣しなければいけないからだ。
リフォンの回答を聞いたアルジーヌが、少し考えた後、再び口を開く。
「この緊急時において、その判断――召集の拒否と報告義務を怠ることは、
この場において、ダイヤ家筆頭でもあるリフォンに追及できる立場にいるのは、クローバー家筆頭のアルジーヌだけである。
アルジーヌの言葉に、第三部隊隊長のライフは、痛いところを突いてくるなぁと、黙って眉を顰めただけだったが、ダイヤ家派閥の中でも発言力の低い、第十三部隊隊長であるツァーリと、第十四部隊隊長でもイウは、アルジーヌの発言に対し、不服の表情を浮かべていた。
そして、アルジーヌの発言に不服のある表情を浮かべていたダイヤ家派閥のふたりに対し、アルジーヌの意見に文句があるのかと、対抗意識を向けるクローバー家派閥の部隊長ふたり――第十二部隊隊長のヘラスと、第十九部隊隊長のロクサネ――という構図だ。
無派閥である第二十五部隊隊長のラシスと、第三十部隊隊長のサウジーは、黙って行く末を見守っている。
小さく一息だけついたリフォンが、アルジーヌに
「それは私が決めることではない。後ほど、ネメシス団長が判断されるだろう」
そこまで言えば引き下がるだろうと考えていたリフォンだったが、アルジーヌは尚も食い下がった。
まっすぐリフォンの瞳を見つめ返しながら問う。
「リフォン隊長のお考えはどうですか?」
「私は……」
そこまで言いかけて少しだけ間があるも、いつもの無表情でリフォンが続ける。
「ネメシス団長の命令が最優先事項であり、正規の代理人を立てずに報告義務を怠ることは、罰せられるべき違反行為だと考える。まとまりのない
「十分です。回答ありがとうございます」
リフォンの回答に、アルジーヌはお礼を述べたが、その表情に感情の機微は見られなかった。
質問をする者がいなくなり、議題は山脈越えの飛行経路へと移った。
机に広げられた大陸地図を指差しながらリフォンが話す。
「山頂を通る飛行経路は第一部隊が担当する。天候に恵まれれば最短経路となるが、悪天候だと最も労力と時間のかかる悪路となる。この経路の飛行経験が多い第一部隊が担当した方が良いだろう」
これには誰からも異論は出ない。
その飛行経路が、天候関係なく一番険しいことは周知の事実だからだ。
「第三、第十三、第十四部隊は、西から迂回していく飛行経路を。指揮はライフに任せる」
「承知した」
「残りの第七、第十二、第十九、第二十五、第三十部隊は、東から迂回していく飛行経路を任せる。アルジーヌが指揮を執るように」
「承知しました」
特に反対意見が出ることなく、飛行経路が決まる。
それぞれの飛行経路にあてられた
因みに、各部隊の兵数は、第一、第三部隊だけが一万騎と飛び抜けて多く、第七部隊は五千騎、それ以外は二千騎ほどである。
「議題は以上だ。出発は日の出前とする、各々準備を怠らないように」
リフォンが会議を閉じ、退出しようとすると、アルジーヌがすかさず呼び止めた。
「リフォン隊長、もうひとつだけ質問があります」
リフォンが立ち止まり、アルジーヌに向き直る。
「なんだ?」
「第十五部隊隊長アネスティー・グラリティが、追放処分になっただけでなく、見つけ次第処刑せよという、最も重い生死問わずの賞金首になったと報告を受けました。これに関して何か話を聞いていませんか?」
その話題は、他の部隊長たちも気になっていたのか、多少ざわつきつつも、皆がリフォンの言葉に耳を傾けた。
第三部隊隊長のライフも、アルジーヌの質問に乗っかる。
「私も気になっていた。あれは融通が利かないじゃじゃ馬ではあるが、間違いを犯すような愚か者ではなかった。それが団長の暗殺未遂など……」
アネスティー・グラリティは無派閥ながらも、
更には、その勤勉で実直な性格から、多くの諸侯が彼女に信頼を寄せ、また、
彼女を厄介者扱いする者が多いダイヤ家派閥にいながらも、彼女に一目置いていたライフも、その内のひとりだ。
リフォンがライフに釘を刺す。
「ライフ、そこまでにしておけ」
注意されたライフは、整った顔の眉間にシワを寄せて唸りながらも、渋々と頷いた。
自分の発言が団長の言葉を疑うことに直結すると理解はしているが、腑に落ちないといった表情だ。
リフォンは今回も表情を変えることなく、アルジーヌへ対して淡々と答えた。
「私が聞いた情報も皆と変わらない。ネメシス団長の暗殺未遂だと、ネメシス団長の直筆で書かれた書簡で知らされた。そこにどんな事情があるにせよ、間違いを犯した者には相応の罰を与えるだけだ。我らが進んで規律を乱すことは許されない。今は目の前の任務に集中しろ」
そう告げると、リフォンは会議場を後にした。
ライフはやれやれといった仕草で、ツァーリとイウを連れて退出。
その場に、アルジーヌと東の迂回経路行きが決まった他の部隊長たちが残った。
クローバー家派閥の中では、序列が二番目に高い第十二部隊隊長のヘラスが、アルジーヌに声をかける。
「どうされますか?」
「一度、クローバー侯爵に指示を仰ぐ必要がありそうです。至急手配をお願いできますか?」
「ハッ!」
ヘラスが小走りでその場を後にする。
同じ隊長格といえど、同派閥内での序列は明確だ。
特に、四大貴族直属の配下である者と、そうではない者とでは、その発言力にも大きな差が生まれる。
アルジーヌがリフォンへ忌憚のない意見を述べられるのも、同じ四大貴族直属の配下であるが故だ。
「他の皆は、各自準備を進めておいてください。指示は追って出します」
「「「ハッ!」」」
他の部隊長たちも、先に退出する。
皆を見送った後、アルジーヌは会議場に掲げられていた帝国国旗へと視線を移すと、静かに鼻で笑った。
「本当に、本当に愚かな人達……フフッ」
――――
▼おまけ
【SR】
「全部隊に召集をかけたとしても、今の状況では、せいぜい十部隊くらいしか応じないだろうな――現状を憂う第三部隊隊長ライフ」
【R】 懸賞金1,000,000G、(4)、「エンチャント ― モンスター」、[
「何を躊躇うことがある? 殺しの免罪符に、名声だけでなく、大金まで付いてくるというのに――七死の堕天使ゴサン」
【C】
「何も感じない。もう、何も感じないんだ――
【C】
「そっと、耳元で囁くだけでいい。真実に、少しの悪意を混ぜて、ね――七死の堕天使ゴサン」
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