324 - 「戦利品」

 マサトがチオを連れて酒場に戻ると、客たちが一斉に振り返った。


 静まり返る酒場。


 客のほぼ全員が動きを止めて黙る中、カチャカチャと、ララの扱うスプーンが皿に当たる音だけが鳴っている。



「静かすぎてスープを飲み難いのよ。ちょっと気不味いかしら」


「気不味いなら、その手を止めたらどうだ?」


「それは静寂に負けた気がしてプライドが許せないのよ」


「どんなプライドだよ……」



 ララとキングが、いつものやり取りをしている。


 そのやり取りで場の緊張が少し和らいだのか、マサトの後に続いて入ってきたのがチオだけで、更にはテガが所有していたはずの大剣をチオが背負ってきたと分かると、客たちがこそこそと話し始めた。



「地獄耳の野郎が戻って来ないぞ?」

「テガも戻って来てないな」

「外で何かあったのか?」

「確か商談とかなんとか言ってなかったか?」

「言っていたような気も」

「なんであのちびがテガの大剣を背負ってるんだ?」

「なにがなんだか」

「こいつら一体何者なんだ?」



 テガたちがこの街の厄介者だったということもあり、マサトたちを見る客たちの目に、批判の色は見られない。


 それどころか、灰色の掃除人ハイエナへ抵抗を示したことは、好意的に受け止められている節すらあった。



(敵意を向ける者はいないか)



 紋章の進化で聴力も強化され、結果的に地獄耳にもなったマサトが、小声で会話する客たちの話を拾いながらも、灰色の掃除人ハイエナ側の者が残っていないか店内を見回す。


 すると、客たちはマサトの視線を避けるように顔を背けた。


 その中で、笑顔で手を振っていたヴァートが視界に入る。



「父ちゃん、おかえり!」



 ヴァートに続いて、キング、ララ、アシダカがマサトに声をかける。



「おう、お帰りさん。思ったより時間かかったな」

「全くなのよ。僅かに残った料理も冷めちゃったかしら」

「ご無事で何よりです」


「ただいま。せっかくの食事が台無しだな」



 ブチエナは料理の上へ顔を突っ込む形で突っ伏している。


 シャルルへと目を向けると、シャルルが微笑みながら口を開いた。



「お帰りなさいませ」


「ああ、ただいま。それで、こいつは死んでるのか?」



 ブチエナを指差すと、微笑んだままのシャルルが大したことでもないかのように答える。



「はい、旦那様。血が飛び散らないように処理しておきましたわ」



 聞き耳を立てていた客たちが、一瞬言葉を失ったようだったが、気にせず話を進める。



「そうか。良くやった」



 そうは言ったものの、死体が突っ伏してる机で料理を食べるというのも気が引けた。


 皆は気にしていないようだが、日本育ちのマサトはさすがに許容できなかった。


 すると、マサトの心の機微を察したのか、アシダカが席を立ち、ブチエナの元へ移動した。



「私がこの巨漢を外まで運び出しますので、皆さんは食事を続けてください」


「助かる。と、その前に……」



 ブチエナのマナ回収を試みる。


 客たちの視線はあるものの、既に注目を浴びている状況なので些事だろう。


 淡い黒色の粒子がブチエナの身体から舞い上がると、マサトたちの行動をちらちらと窺っていた客たちがざわつき始めた。



「お、おい見ろ。また何かやってるぞ」

「あれはなんだ?」

「ブチエナの身体から光が溢れてるように見えるが……」

「ブチエナを処理したってさっき言ってたよな? あれって殺したってことじゃないのか?」

「冗談で言ったんじゃ」

「眠らせただけじゃないのか?」



 舞い上がった黒色の光の粒子が、そのままマサトの胸へと吸い込まれていくと、その声も大きくなった。



「お、おい見てみろ!」

「なんだあれ!?」

「ブチエナから光が」

「光が吸い込まれていったぞ!?」

「どういうことだ!?」



(騒がしいな……)



 客たちの方を向き、口の前で人差し指を立てる。



(これで静かになればいいが)



 ただその場に居合わせただけの客に殺気を放つわけにもいかず、マサト自身も人差し指を立てただけで他人を黙らせることができるのか疑問だったが、それは杞憂に終わった。


 ジェスチャー効果は覿面で、客たちはマサトの視線を避けるように目を背けると、黙って食事を再開し始めた。


 灰色の掃除人ハイエナに抵抗できる実力がある、かつ灰色の掃除人ハイエナへ危害を加えても平気なパーティというだけで、黙って従う理由としては十分だったようだ。


 すると、目の前にカードドロップを告げるシステムメッセージが表示された。



『アーティファクト:[C] メカジギマグロのステーキを獲得しました』

『アーティファクト:[C] メカジギマグロのステーキを獲得しました』

『アーティファクト:[C] メカジギマグロのステーキを獲得しました』


【C】 メカジギマグロのステーキ、(0)、「アーティファクト ― 消耗品、食料」、[一時心肺能力強化Lv1] [耐久Lv1]



(これは……ここで出た料理か?)



 意外なものがドロップしたが、召喚するまで腐ることはない非常食ともなれば非常に有用である。



(直前に食べたものでも、ドロップ対象になるのか。しかしこいつ、俺が離れた僅かな時間で、一体どれだけ食べたんだ……?)



 よく見れば、机の上に並べてあった全員分のステーキが全てなくなっていた。


 脇で待機していたアシダカへ話しかける。



「用事は済んだ。もう連れて行っていい」


「承知しました」



 細身のアシダカではあるが、見た目によらず力はあるようで、巨漢のブチエナを軽々と持ち上げると、店の外へと運んで行った。


 その間、マサトは食べ損ねた料理を再注文してアシダカの戻りを待った。


 キングたちには簡単に状況報告し、チオも席に座らせ、背負っていた荷物を壁際に下ろさせる。


 そこで、チオが回収してきたテガの大剣と、その横で床にめり込んだままのブチエナの両手斧が目についた。



(そういえば、獣人の大剣と両手斧か)



 大剣も、両手斧も、この場にメイン武器として扱う者はいない。


 故に、気に留めていなかったマサトだったが、これが貴重な装備である可能性に気付くと、このままにしておくのも勿体無い気持ちが湧いた。



(取り敢えず、装備して能力の確認だけでもしておくか)



 価値がなければ、荷物になるので捨て置けばいいだけである。


 まずはブチエナの両手斧からだ。


 マサトが席を立ち、ブチエナの両手斧を手に取る。



(斧というより、この形状は巨大なスコップだな……)



 マサトが斧を観察していると、ヴァートが声をかけた。



「どうしたの?」


「この斧に価値があるのか確認しようと思ってな」


「へー、父ちゃん鑑定パァス使えたの?」


「いや、鑑定パァスは使えないが、装備さえ出来れば能力は分かる」



 鑑定パァスであれば、ララに頼めば済む。


 ただ、鑑定パァスだと簡単な情報しか得られないという弱点があった。


 一方で、これが装備コストの存在する装備品であれば、装備することで能力の詳細を知ることができる。


 もちろん、これは潤沢なマナを保有しているマサトだからできる芸当であり、装備コストがマナで解決できない特殊なものであれば、マサトもお手上げである。



(とりあえず、いつも通り片っ端から試すか)



 マサトが両手斧にマナを込め始める。


 すると、保有量の多い赤マナを込めたところですぐに反応があった。



『ハンノキの円匙斧を装備しました』


【UC】 ハンノキの円匙斧、(赤)(4)、「アーティファクト ― 装備品、円匙、斧」、[装備補正+3/+1] [掘削Lv2] [会心の一撃10%アップ] [装備コスト(1)] [耐久Lv5]



円匙シャベルか。そのまんまだな)



 能力はというと、可もなく不可もなく、といったところだろう。


 10%とおまけ程度ではあるが、与えるダメージが2倍になる効果――会心の一撃があるため、大物狩りのときには重宝しそうである。


 ただ、両手斧なだけあって、かなり重量があるため、そう簡単に扱える代物ではないのと、何より収納場所がない。


 予備の装備として携帯するには大きすぎるため、今は必要ないだろう。


 マサトの表情を読んだのか、ヴァートが「駄目だった?」と聞いてきた。



「そうだな。この重い武器を背負ってまで持っていこう、と思えるほどではなかったな」


「そっかー。じゃあこっちは??」



 ヴァートが大剣を指差す。



「今、試すよ」



 テガが所持していた大剣に触れる。


 すると、ブチエナの両手斧と同じく、僅か1マナで装備することができた。



『ハンノキの大剣斧・水を装備しました』


【R】 ハンノキの大剣斧・水、(青)(4)、「アーティファクト ― 装備品、大剣、斧」、[装備補正+3/+1] [水属性攻撃Lv2] [水魔法障壁Lv1] [会心の一撃5%アップ] [装備コスト(1)] [耐久Lv5]



 どちらもハンノキという冠名が付いた装備だった。


 耐久値は、魔導具アーティファクトとしては高値となるLv5。


 召喚コストはかなり重いが、すでに現物がある状態では大した問題ではない。


 装備すると防御力もあがる不思議な武器だが、水属性攻撃が付いているだけでなく、魔法障壁まで発動できるのは評価が高い。


 が、それでも一撃の攻撃力がインフレの極みに達しているマサトにとっては、攻撃力よりも命中率の方が重要なため、こちらも持ち運ぶという選択肢は残らない。


 どこか期待した様子で返事を待っていたヴァートへ結果を話す。



「水属性攻撃と水魔法障壁を発動できる大剣だった。会心の一撃効果も5%ついてはいるが、持って行くほどの武器じゃないな」


「なんだー。ここらへんで幅を利かせてそうなパーティリーダーの武器だったから期待したのに」



 途端に興味を無くしたヴァートに、ララが呆れたような様子で口を挟んだ。



「属性攻撃に加えて、魔法障壁まで付与されているなら、十分優秀な武器かしら」



 最上位支援魔法師ハイ・エンチャンターのララが言うのであれば、その通りなのだろう。


 キングが会話に混ざる。



「どんな名前の武器なんだ? 2つとも似た見た目の武器だから、どこかのブランド武器なんじゃないか?」



 武器や防具にも、その職人の色が出るようで、匠の逸品ともなれば、それだけで一種のブランドとして価値が付随されるようだ。



「ハンノキの円匙斧と、ハンノキの大剣斧・水だな」


「ハンノキねぇ。ララは知ってるか?」



 キングに話を振られたララが答える。



「知ってるかしら。そこそこ有名な武器職人なのよ。鍛冶師ブラックスミスでありながら付与魔法師エンチャンターでもある変わり者かしら」


「ほぉ〜、じゃあ値打ちもんってことか」



 ふと、気になったマサトがチオに声をかけた。



「だから拾ってきたのか?」



 突然話を振られたチオが、白髪から覗く黒い猫耳をピンと立て、驚いた様子で答えた。



「え!? そ、そうです。値打ちものの戦利品は回収するのが基本だったので、つい癖で……」



 そう話すと、怒られたと勘違いしたのか、耳がしなっと折れ曲がった。


 落ち込んだのだろう。



「いや、別に咎めたわけじゃない。もう君は奴らの奴隷ではないから、その辺は自由にしてもらって構わない」



 マサトがそう告げると、チオの猫耳が再び元気に立ち上がった。


 その動きに、庇護欲が刺激される。


 マサトが話を続ける。



「この武器は、君が――チオが好きにするといい」


「え、いいの……?」


「構わない」


「で、でも、なんで? なんで見知らずの私にそんなことまでしてくれるの?」



 金箔付きドレイクギルデッド・ドレイクの効果で支配しているとはいえ、召喚したわけではないので、念で会話できるほどの強い繋がりはない。


 だが、支配権コントロールをもつオーナーであるマサトには、支配下に置いた相手の気持ちが少なからず流れてきていた。


 その気持ちを表現するなら、それは不安や、不信だ。


 テガたちに騙されて兄を殺され、奴隷落ちした過去があるせいだろう。


 能力で支配した状態にあっても、それは変わらず、チオは他人に対しての不信感が依然として強い状態にあった。


 マサトが答える。



「ただの気まぐれだ。俺たちは明日にはここを発つし、その後は自由にしていい」


「は、はい……」



 混乱した様子のチオが頷く。


 心では人を信用できない部分があっても、カードの効果で支配権コントロールをもつマサトの言葉を疑うことはできないのだろう。


 その葛藤だけは伝わってきた。


 丁度そのタイミングで、ブチエナを外へ運び出しに行っていたアシダカが戻ってきたため、後家蜘蛛ゴケグモでチオの面倒を見てほしいことを伝えると、アシダカはすぐに了承した。



「お任せください」


「あと、この2つの武器は、チオへ。換金するなり自由にしていいとは伝えてあるが、また悪い輩に騙されないように協力してあげてほしい」


「そちらも承知いたしました」



 後家蜘蛛ゴケグモの庇護下にあれば、この先の人生で、再び食い物にされることもないだろう。


 話が終わったところで、女性の店員が料理を運んできた。



「炭鉱直送、新鮮なメカジギマグロのステーキ! 追加ご注文分をお待ちしましたぁ!!」



 芳醇な肉の香りが鼻孔をくすぐると、テガたちのせいで引っ込んでしまった食欲が再び目を覚まし始めた。


 次々に運ばれてくる料理で、再び机の上が埋め尽くされる。



「これでようやく落ち着いて食べれるかしら! ヴァートもいっぱい食べないと大きくなれないのよ!」

「え!? う、うん、いっぱい食べる」

「バッハハ! ララにそれ言われちゃ、逆に食べにくいだろ」

「黙れかしら! キングのこのお肉はララが貰うのよ」

「あ! おい! まぁ追加で注文すっからいいけどな!」

「キーッ! 憎たらしいのよ!」

「って、唾飛ばすな! あ! 姉ちゃん麦酒おかわりー! 白い兄ちゃんも頼むか?」

「そうですね。私も追加でお願いします」

「よっしゃ! セラフとそっちの兄ちゃんは? 坊主と猫耳の姉ちゃんはどうする?」

「じゃあ俺も」

「では、私もいただきます」

「おれはまだお酒飲めないからいいや。代わりにミルクで」

「え、私、わ、私は、じゃ、じゃあ、果実酒、ください」

「おーし! 今日は飲むぜぇ!? 飲み物揃ったら皆で改めて乾杯な!!」



 元王子という高貴な生まれにも関わらず、その気さくさで場を盛り上げるのに長けたキングに上手く乗せられ、今日も今日とて長い一日が終わる。



 ――そして、翌日。



 帝都への障害の一つとなる、帝国最大の騎士団、金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトを相手取った――金獅子狩りが、遂に始まる。


――――

▼おまけ


【UC】 ハンノキの円匙斧、(赤)(4)、「アーティファクト ― 装備品、円匙、斧」、[装備補正+3/+1] [掘削Lv2] [会心の一撃10%アップ] [装備コスト(1)] [耐久Lv5]

「武器としてだけでなく、盾としても使える上に、穴掘りもできる会心の逸品! 例え長期戦でも刃こぼれする心配のない、圧倒的な頑丈さが売りのハンノキシリーズ最新作! 地下探検へのお供におひとつどうぞ――武器職人ハンノキ」


【R】 ハンノキの大剣斧・水、(青)(4)、「アーティファクト ― 装備品、斧」、[装備補正+3/+1] [水属性攻撃Lv2] [水魔法障壁Lv1] [会心の一撃5%アップ] [装備コスト(1)] [耐久Lv5]

「青色の魔石を嵌め込み、水属性の付与に成功した会心の逸品! 攻防一体の真骨頂装備! 圧倒的な頑丈さが売りのハンノキシリーズ最新作! 大物狩りのお供におひとつどうぞ――武器職人ハンノキ」


【C】 巣窟と化したスカイクレイパル山脈、(6)、「土地 ― 鉱山」、[ランダム生成:(1)or鉱山殺しのワームマインブレイカーワーム6/6召喚1 ※鉱山殺しのワームマインブレイカーワームは、敵対モンスターとして扱う] [ランダム生成上限3] [召喚条件:鉱山]

「山脈の主、地竜ビルザリザードが冒険者によって討伐されたことで、鉱山に鉱山殺しのワームマインブレイカーワームが住み着くようになり、鉱石の採掘量が激減。その影響で鉱業都市パールは衰退していった。今は、新種のモンスター討伐が目的で来訪してくる冒険者たちをターゲットとした産業で成り立っている――イーディス周辺都市の記録、ヴァルト歴380年」




★ 挿絵カード(WEB版オリジナル)、pixivにて公開中 ★

https://www.pixiv.net/users/89005595/artworks


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光文社ライトブックスの公式サイトにて、書籍版『マジックイーター』のWEB限定 番外編ショートストーリーが無料公開中です!

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