323 - 「鉱業都市パール3」
山脈からの強風と、異常気象によりちらつく雪のためか、客の多かった店の中とは一転、外を出歩く者は見当たらない。
(人もいないし、広さも十分なら、ここでいいか)
マサトが男たちへ振り返る。
すると、大剣を背負った大男の方が、周囲の様子を窺っていた猫背の男へと声をかけた。
「ヤイロ、周囲に気配はあるか?」
「ないようだ。どうやら俺たちを嵌めようとした訳じゃなかったみたいだな」
見た目によらず警戒心が高い。
ただの怪力自慢パーティというわけではないようだ。
マサトが話す。
「私は行商人のセラフ。ここへ来るのは初めてでして。それで、そちらは?」
適当に嘘をつく。
すると、大剣を背負った男の方が、探るような目つきで答えた。
「行商人ねぇ。それじゃ教えてやる。俺たちは
大剣を背負った大男が、テガ。
猫背の男が、ヤイロ。
荷物持ちの女性が、チオ。
紹介にはなかったが、店の中に残った巨漢はブチエナと呼ばれていた。
挨拶が終わったところで、さっさと用事を済ませてしまおうと、マサトが大剣を背負ったテガへ話しかける。
「よろしく。じゃあ、その女性は俺がもらう」
そう告げながら、ハイエナ男2人の背後にいた荷物持ちの女性――チオを指差す。
マサトの言葉に、
男2人は、突然、目の前の人族の雰囲気が変わったことに。
チオは、自分を要求されたことに。
「なんだとォッ!?」
「あァッ?」
ヤイロと呼ばれた猫背の男と、大剣を背負ったリーダー格の男――テガが、騙されたと顔に怒りを浮かべるも、マサトは間髪入れずに召喚を行使した。
「
【SR】
暗がりを照らす青い光の粒子が、マサトとハイエナ男たちとの間に渦巻く。
突然のことに驚くも、そこはベテランの冒険者。
瞬時にそれぞれ武器を取り出して構えた。
テガは背負っていた大剣を、ヤイロは背中に忍ばせていた短剣を。
その間にも、召喚の演出は進む。
淡い青色の粒子が舞い上がり、その中心で巨大な光の造形物を作り始めると、その迫力に圧倒されたテガとヤイロは、何もできずにじりじりと後退った。
「ど、どうなってやがる!?」
「テ、テガ、なんだこいつは!?」
舞い上がる光の粒子によって、急速に作られていく光の造形物は、やがて翼を畳んだ状態のドレイクへと変わった。
そして、宙を待っていた最後の光の粒が造形物へとくっつき、光の造形物を完成させたその瞬間、青い閃光とともに綺麗に弾けた。
「う、うおッ!?」
「なんッ!?」
テガとヤイロへと吹き荒れる強風と、光の粒子。
2人の視線の先では、光の殻を内側から破るようなかたちで、本物のドレイクが大きな翼を広げながら姿を現した。
体長は8mくらい。
だが、両翼を広げたその姿は、20mを優に超えていた。
「「ド、ドラゴン!?」」
ドラゴンだと勘違いしたテガとヤイロが同時に声をあげた。
見た目は完全にドラゴンと大差ないため、勘違いするのも当然だろう。
なぜなら、MEにおけるドレイク種は、小型のドラゴンという意味合いでドラゴンと差別化された種族でしかないからだ。
すると、テガとヤイロの後方で、驚きのあまり声もあげられずに尻もちを付いて怯えていたチオが声をあげる。
「え!? え!? な、なに!?」
動揺するチオの身体からは、青い光が溢れ出していた。
だが、テガとヤイロは目の前のドレイクに気を取られていて気付いていない。
強まる光に、チオがパニック状態になる。
「なななに!? や、やだやだやだ!? や……」
そして急に静かになった。
そろそろ良い頃合いかと、マサトは次の召喚を行使する。
「
【R】
ドレイクの後方に、新たな青い光が舞い上がる。
テガとヤイロが気付いた様子はない。
2人は目の前のドレイクに釘付けでそれどころではないのだろう。
(邪魔が入らなければ上手くいくはず)
マサトが
1つは、
もう1つは、
[モンスタートレードLv3] 効果でコントロール権が移動するまでは、召喚者にコントロール権があるため、召喚直後はまだ味方扱いなのだ。
(トレード対象は、もちろん
トレード指定された
この演出で、テガとヤイロがまた騒がしくなったが無視する。
(よし、
コントロール権を失った
嘴で啄かれて抵抗されるが、暫しの我慢だ。
「
【R】
青い光が、バスケットボールくらいの半円を作り、すぐにゼリー状のスライムへと姿を変えた。
ちゃんとゼリーの中に金箔が浮かんでいる。
小型モンスターになればなるほど召喚スピードが早く済むので、待ち時間が減るのはありがたい。
(対象は、
マサトに足を掴まれたことで必死に暴れている
すると、
(仕上げだ)
コントロール権を失った
(ドレイク、もういいぞ)
ドレイクが翼を畳み、雪の積もる地面に腰掛ける。
テガたちへの威嚇はもう必要ない。
マサトはそのままドレイクの前で、毛を逆立てながら何かを喚いている二匹の子猫の前へと進み出た。
「ご協力ありがとう」
労いの言葉をかけると、ようやくマサトの存在に気付いたのか、テガとヤイロがマサトへ吠えた。
「て、てめぇ一体何者だッ!?」
「それ以上近付くなッ! 来るんじゃねぇッ!!」
さっきまでの威勢はどこに行ったのか。
一生懸命吠えてはいるが、尻尾は内巻き気味になり、完全に腰が引けていた。
(こいつらで、
少し思案し、相手を無効化しようと、マサトが動く。
といっても、念じるだけだ。
暗がりの道が、一瞬だけ青い閃光で照らされた。
「ンナッ!?」
「ガァッ!?」
テガとヤイロが同時に姿勢を崩し、薄っすらと雪の積もる道へ転がる。
そして、自身の足を見て悲鳴をあげた。
「な、なんじゃこりゃぁああ!?」
「ギィヤァアアアッ!?」
両足の膝から下が綺麗に切断されていたのだ。
(試すなら1人で十分か……)
悲鳴が煩いとばかりに、マサトが猫背の男――ヤイロへ、不可視化させたフィン・ネルを飛ばす。
猫人族であれば、もしかしたら事前に察知して初撃を躱すことができたかもしれない。
だが、突然目の前に出現したドレイクが放つプレッシャーと、雪の混ざった強風の中では、違和感を感じることすらできなかったようだ。
再び青い閃光が走り、ヤイロの悲鳴が止まる。
フィン・ネルによる2回目の攻撃も、問題なく決まった。
ヤイロの頭部が胴体から離れて地面を転がると、それを見たテガが再び悲鳴をあげた。
「う、うわぁああああッ!?」
大の男が後ろ手に尻もちをつきながら必死に後退る。
そして、何かに背中がぶつかり、慌てて背後を振り返るも、そこには何もいなかった。
あるのは、不可視化したフィン・ネルだ。
逃げられないように壁として代用したに過ぎない。
「なんだなんだなんだッ!? なんだってんだッ!?」
パニックに陥ったテガが、見えない壁――不可視化させたフィン・ネルの壁――の先にいるチオを見つけると叫んだ。
「チ、チオッ! 俺を助けろッ! 命令だッ!!」
だが、チオはその命令を無視し、逆に親指だけを立てて下へと向けた。
「煩い。私に命令するな」
「な、なにィッ!?」
テガがあり得ないと目を見開く。
本来であれば、奴隷契約により、この窮地にあったとしても、契約主であるテガの命令には絶対であるはずだったのだ。
しかし、その奴隷契約も、マサトが行使した召喚モンスターの能力の影響で、綺麗に掻き消されていた。
尚もチオに命令しようとしたテガの顔へ、金粉を散りばめたようにキラキラと金色に輝く翼を広げたフクロウが突撃。
その鋭い鉤爪でテガの顔を引っ掻いた。
「イデェエエッ!?」
テガが両腕を使って必死に払い除けようとするも、
「やめろッ!? やめてくれぇッ!? な、なんでもするッ! なんでもするからッ!!」
テガが遂に音を上げる。
マサトは
(どうだ……?)
もし予想が当たっていれば、先程の攻撃でカードが引けるはず。
すると、目の前にシステムメッセージが浮かんだ。
『モンスター:[C] 夜光幻茸を獲得しました』
(きた!!)
ドロー効果が、文字通りカード獲得効果だったことに喜ぶ。
山札がない今の状態では、どこを対象にドローしているのかは不明だが、白金貨を消費せずともカードが入手できるのは強い。
念のためと、もう1度
「ヒィッ!? や、やめてくれッ! こ、この通りだッ!!」
テガが降参とばかりに頭を抱えて地面に伏せる。
だが、マサトの関心はそこにはない。
(まだか? 連続では無理か?)
少し待つも、一向にシステムメッセージが表示されなかった。
(やっぱり駄目か……)
他に何か制限や条件があるのだろう。
MEでの
(明日また試してみるか。これ以上、人払いを続けるのも限界のようだしな)
人払いも兼ねて周囲を見張らせていたヴィリングハウゼン組合員たちと、外の異常を察知して出てきた一部の冒険者たちとの間で口論が起き始めていた。
騒ぎが大きくなる前に、さっさと済ます必要がある。
(あとは、このテガの始末だけだが……こっちはチオに任せるか)
さきほどのやり取りや、コントロール権を得てできた新たな繋がりから、チオがテガたちに負の感情を抱いているのは既に分かっていた。
マサトがチオに話しかける。
「チオ、こいつをどうしたい?」
チオは即答した。
「殺したい」
テガを睨むその瞳には、憎しみが溢れていた。
「私ら兄妹を嵌めたこいつを殺したい。兄を殺したこいつを!」
アシダカがヴァートへ説明した一つの例え話。
それがきっかけでヤイロに絡まれた訳だが、それも当然の流れだった。
その例え話のモデルであり、加害者と被害者の当事者は、
「なら、どう殺したい? 自分の手で終わらせたいか? それともこのドレイクに食わせるか?」
マサトの問いかけに、テガが必死に助けてくれと懇願したが、マサトは無視してチオの返答を待った。
チオが答える。
その言葉は、悲しみと怒りで震えていた。
「私の兄は、こいつらに嵌められて、地竜に生きたまま食われた。見殺しにされたんだッ!」
「ち、違うッ! あれは仕方がなかったんだッ! そ、そうだ! お、俺たちも別の奴に雇われて……」
「黙れェエエッ! 今更命乞いかよッ! 奴隷落ちした私に散々あんなことしておいてッ! 馬鹿な兄妹だと罵っておいて……ふざけんなァアッ!!」
慟哭に近い怒りの叫び。
奴隷契約後、抵抗できない状態になったチオは、テガたちから真実を聞いていたのかもしれない。
だが、腹は決まったようだ。
大粒の涙を流しながらも、口元に僅かに笑みを作り、チオがマサトへ答える。
「そのドレイクに、こいつを生きたまま食わせて」
「お、オイッ!? チオッ! て、てめぇッ! ふざけんなッ!!」
テガが激昂してチオに悪態をつくも、両足は切断されている上に、不可視の壁が邪魔してチオには近づけないでいた。
不可視化したフィン・ネルに、テガの鋭い爪がぶつかり、ガリガリと音を立てている。
「分かった。その通りにしよう」
マサトがドレイクへ指示を出す。
――グゥルルルルル
命令を受けたドレイクが、喉を鳴らしながらゆっくりと牙を剥き、テガへと近付く。
「や、やめてくれッ!? い、いやだッ!? よ、よせッ! よせぇえエエエエエエッ!?」
凶悪なほどに鋭い牙が無数に並んだ大きな口が、必死にその場から逃げようとするテガに食らいついた。
「ギャァアアアアアッ!?」
ずらりと並んだドレイクの鋭い牙が、テガの半身に食い込み、破れた皮膚から血が飛び散る。
「ギャッ!? ギィィャヤヤッ!!??」
テガは必死に抵抗している。
悲鳴をあげながらも、ドレイクの口に何度も何度も爪を立て、もがいていた。
だが、獣人の鋭い爪をもってしても、ドレイクの鱗を傷つけることはできない。
ドレイクはテガを咥えたままの状態で動きを止める。
チオの要望は、生きたまま食らうこと。
ドレイクは、その要望を正しく理解していた。
ワイバーン種とよく混合されるドレイク種だが、ドレイク種はワイバーン種と比べて圧倒的に知能が高いという特徴がある。
――グルゥルルルゥ
テガの恐怖心を煽るように、テガに噛み付いたままのドレイクが喉を鳴らす。
「ギィィャヤヤッ!? ギィィャヤヤッ!? ギィィャヤヤッ!?」
錯乱状態に陥ったテガが叫びながらもがき続ける。
すでに両足を切断されている状態だが、まだまだテガは威勢が良かった。
テガの生命力の高さを把握したのか、ドレイクは獲物であるテガの半身を食いちぎるようなことはせず、そのままゆっくりと、まるで食事を味わうかのように、何回も噛み直した。
ドレイクの口が開き、また閉じる度に、テガの肉片が飛び散り、テガの悲鳴が少しずつ小さくなっていく。
1度目の咀嚼で、テガの左腕は引き千切れ、それでも鋭い爪を立てて必死に抵抗しようとしていたテガの右腕も、何度目かの咀嚼で千切れ飛んだ。
白い雪の上に、赤い臓腑の破片が飛び散るも、テガはまだ事切れていなかった。
「ゴフッ……ゴフッ……」
全てを諦めたような虚ろな瞳で、口からは血を吐き出し続けている。
その光景を目に焼き付けようと、じっと睨み続けるチオ。
「そろそろお別れだ」
マサトの言葉に、チオが頷く。
「ざまーみろクソ野郎ォォオオッ!!」
チオの最後の言葉を受け、ドレイクがぼろぼろになったテガを空へと放り投げた。
度重なるドレイクの咀嚼により、既に胸部と頭部だけになったテガがゆっくりと宙を舞う。
それでも最後まで事切れなかったのは、獣人としての生命力の高さ故なのか、はたまたドレイクの獲物を活かす技術が高かったのか、それとも両方か。
ドレイクが空へ向けて大口を開ける。
その口の中へ、虚ろな瞳をしたテガが落下。
弱者を食い物にした男は、ドレイクの最後の一飲みで、その人生の幕を閉じた。
「さて、飯の続きを取るか。一緒に来るだろ?」
「……行く」
止まらない涙を必死に拭い続けるチオの頭を撫でながら、マサトはテガとヤイロのマナを回収し、目の前に浮かんだシステムメッセージを確認しながら酒場へと戻った。
『アーティファクト:[C] 剣術の修練微石(純度20%)を獲得しました』
『アーティファクト:[UC] 槍術の修練石(純度20%)を獲得しました』
『モンスター:[UC] 鬣犬人族の
『モンスター:[UC] 鬣犬人族の
『アーティファクト:[R] 反魔の指輪を獲得しました』
――――
▼おまけ
【C】 夜光幻茸、0/1、(緑)、「モンスター ―
「光源のない場所でのみ発光する不思議なキノコ。10cm程度のものでも、1個だけで小さな文字も読めるほどの光を放つ。幻惑毒性があり、水っぽくかび臭いため食用には適さないが、発光寿命が長いため、炭鉱への灯り代わりとして使われることもある。また、その幻惑作用を目的に携帯する者も多い――生物学者ユー・ダイ」
【C】 剣術の修練微石(純度20%)、(0)、「アーティファクト ―
「これは
【UC】 槍術の修練石(純度20%)、(1)、「アーティファクト ―
「オイッ! なんでこれが粗悪品なんだァッ!? ふざけんなッ! ちゃんと良く見やがれッ!!――
【UC】 鬣犬人族の
「鬣犬人族の剣奴は、他の種族に比べて生存率が高い。その要因のひとつとして、身体能力の高さや狩りの上手さをよくあげられるが、もっとも重要なことは食事にあると考えている。劣悪な環境下でも、残飯の骨まで噛み砕ける強靭な顎と歯、そして、骨だけでなく、腐敗した死肉も消化できる強い胃袋。それを、彼らは持っているのだ――獣人研究者アカ・ゴツキ」
【R】 反魔の指輪、(青)(1)、「アーティファクト ― 装備品、指輪」、[
「大抵の相手であれば、2度跳ね返されれば嫌でも覚える。次もある、とね――反魔の
【SR】
「もっとも警戒すべき相手は、目の前ではなく、隣にいる――ドレイク飼いのトラク」
※近況ノートに挿絵あり
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・2巻の後日談SS「昆虫王者の大メダル」
https://www.kobunsha.com/special/lb/
これからも更新続けていきますので、よろしければ「応援」「いいね」「ブクマ」「評価」のほど、よろしくお願いいたします。
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