322 - 「鉱業都市パール2」
鉱業都市パールでは "悪評" という意味で、ある程度名が知られていた猫人族のパーティ――
そのうちの1人が、入店するや否や怒声をあげて客に絡んだことで、酒場は静まり返っていた。
食事の手を止めた冒険者や鉱夫たちが、またかという様子で、事の行方を見守っている。
誰も小声で話す者はいない。
なぜなら、
噂話が原因で、
一方で、たちの悪そうな輩に絡まれたマサトたちは、最初こそ一瞬固まったものの、すぐいつも通りに戻る。
ただ、ヴァートだけは違った。
ムッとした表情で怒りを顕にし、絡んできた男を睨み返していた。
その行動に、まだ幼いながらも、気負けせずにすぐ睨み返すだけの胆力があるのかと、マサトが少し感心する。
そして、自分がヴァートの年齢くらいのとき――ヴァートは14歳なので日本では中学2年のとき――は、どうだっただろうかとふと考えた。
(きっと、大人に凄まれたらそれだけで萎縮してしまっていただろうな……)
そう考えると、ヴァートが少し逞しく思えた。
ふと、視線の先にいたシャルルも、同じようにヴァートの反応を見て微笑ましい表情を浮かべていたことに気付き、この状況で2人して何をやっているんだと、さすがに少し可笑しくなってしまう。
「フッ……」
「オイてめぇ、何が可笑しい」
つい鼻で笑ったようになってしまったマサトに、絡んできた猫背の男が凄む。
それに真っ先に反応したのは、シャルルだった。
ヴァートへ向けていた微笑ましい表情から、一瞬で背筋が凍るような無表情へと変えると、絡んできた男へ無機質な視線を送り始めた。
すぐさまマサトが釘を刺す。
(シャルル、まだ手を出すなよ)
マサトへ視線を移したシャルルが、無表情のまま少しだけ頷く。
この場で虐殺ショーを始めても、せっかくの料理が不味くなるだけな上に、騒ぎを起こせば、すぐに街を出ないといけなくなる。
それは避けたかった。
(
マサトが思案していると、無視されたと勘違いした男が大声をあげ、机を力強く叩いた。
「オィッ!!」
鈍い音が鳴り、衝撃で食器が跳ね、皿から料理が少し溢れる。
猫背の男だけでなく、パークスたちもマサトの行動に注目していた。
ヴァートの師匠でもある元
ヴァートは、マサトがどう相手をやっつけるのかと、ドキドキしながらも期待した様子で目を輝かせ、帝国の元王子であるキングと小人族のララは、まるで映画を観ながらポップコーンを食べている現代人みたいな様子で料理をつまみながら、次はどうなるのかと興味津々に状況を見守っている。
万が一にも、マサトが負けることなどないと思っているため、気楽なものだ。
もちろん、頼りにならなそうなくらいリラックスしているのはキングとララくらいで、
シャルルもアシダカと恐らく同じだろうが、行動を起こすための基準はシャルルの方が遥かに軽いだろう。
男が手を伸ばしただけでも、その腕を無言で斬り落としかねない別の危うさがある。
(やれやれ……)
一同だけでなく、酒場に居合わせた全員の視線を一身に浴びたマサトは、仕方ないとばかりに立ち上がった。
「オォン? ヤんのかこらぁッ!?」
猫背の男が牙を向きながら吠える。
猫背とはいえ、立ち上がったマサトと視線の高さは同じ。
他の2人が大きかったために相対的に小さく見えていただけで、実際はこの男も背が高い。
腕も太く、軽く引っ掻かれただけで、簡単に皮膚が切り裂かれそうなほどに、手の爪も鋭かった。
(これで身体能力も高いなら、人族を下に見ていても可笑しくはないか。ここでは他に脅威となる存在がいないんだろうな)
猫背の男の背後には、いつの間にか他の3人も集まっていた。
1人は、灰色の髪に、うなじから肩にかけて伸びる灰色の鬣が印象的だった大剣を背負った大男。
もう1人は、黄褐色の短髪に、濃褐色や黒の不規則な斑紋のある体毛の、両手斧を軽々と肩に担いだ巨漢。
最後の1人は、その2人の背後で、うつむきながらも横目でこちらの様子を窺っている、大きな荷物を背負った小柄な女性。
ぼさぼさな白髪には、所々黒髪が混ざっており、首には首輪が嵌められている。
男たちの顔は獣人らしい獣のそれだが、女性は人族の顔立ちに獣耳が生えている容姿だ。
(ひとまず、人気のない場所に誘導するか……)
マサトが猫背の男へと話しかける。
「私たちの会話で気分を害してしまったならすまない。悪気はなかったんだ。できれば子供のいない場所で静かに話をつけたいのだが……」
そう告げながらヴァートの方へわざとらしく視線を移し、再び猫背の男へと戻す。
「どうだろうか? 色々大人の話もあるだろうから、話は私だけで」
そう告げながら、右手を外へと手を伸ばしつつ、左手で取り出した
お金を払うから見逃してほしい、できれば子供の見てないところで頼む、という意思表示だ。
これで伝わらなければ、面倒なので力付くで従わせようと考えていたマサトだったが、相手にはちゃんと伝わったようで、それまで牙を剥いていた猫背の男が、相手を見下したような表情へと変わった。
「少しは頭が回るようだな。いいだろう。話を聞いてやらんこともないが、後悔させんなよ?」
「はい、ではこちらへ……」
マサトが外へ向けて歩き出すも、付いてくるのは猫背の男のみ。
大剣を背負った大男はニヤニヤと笑みを浮かべながら様子を見ている。
マサトとしては、できれば
「ご迷惑をおかけしたので、全員にお詫びさせてください。損はさせませんので……それに、ちょっと商談のお話も……」
と、意味ありげな視線を、奴隷らしき荷物持ちの女性へ送る。
マサトと目があった獣耳の女性が、びくりと驚くも、すぐに視線をそらした。
マサトの行動を見た大男が、右手を顎に当てながら感心した風に話す。
「ほぉ? 俺に商談か? いいだろう。チオ、付いて来い」
「は、はい!」
チオと呼ばれた女性は驚きながらも、すぐ大男の後を追う。
これで全員外へ連れ出せると思ったマサトだったが、そう上手くはいかなかった。
大男が、もうひとりの巨漢の男へと声をかける。
「ブチエナ、お前はここに残って、そいつらと食事でもして待ってろ」
「ウヒャヒャヒャウホホホ! 食べる食べる!」
ブチエナと呼ばれた巨漢は、だらし無く舌を口から出しながら、マサトが座っていた席まで移動すると、肩に背負っていた両手斧を乱雑に床へ下ろした。
両手斧が床へ突き刺さり鈍い音をあげるも、男は気にした様子もなく、勢いよく席に腰掛けた。
ドスンと音と同時に、木の椅子がミシミシと悲鳴をあげる。
そして、机に並んだ料理を勝手に貪り始めた。
「あ……」
自分たちの料理を勝手に食べられたヴァートがか細い声をあげたが、マサトが行動を起こさずにいるため、それ以上は我慢したようだ。
それまで観戦者気分で状況を見守っていたキングとララも、巨漢の男が行儀悪く料理を貪るため、汁などが飛び散って汚いと、顔をしかめている。
(まぁ1人くらいは残しても問題ないだろう)
巨漢の仲間を1人残すことで、保険として子供を人質にしたつもりなのだろう。
外へ出たところで襲撃される可能性も視野に入れているのかもしれないが、マサトとしてはリーダー格の男と奴隷の女を連れ出せればそれで良かった。
気にせず外へ出ようと思ったマサトだったが、顔を真っ赤にして我慢しているヴァートが少し気になった。
(さすがに目の前で父親が舐められたら腹も立つか)
移動する前に、ヴァートへ声をかける。
「ヴァート、ちゃんと
「え?」
なぜシャルル?という顔で横に座っているシャルルを見たヴァートだったが、微笑みで応じたシャルルを見て何かに気付いたのか、分かったと返事をしながら頷いた。
(よし)
マサトも頷きで返し、酒場にいる全員の視線を浴びながら外へと向かう。
そして、外へ出る間際、シャルルへ念を飛ばした。
(シャルル、俺が合図したらそいつの息の根を止めろ。ただし、騒ぎにならないよう静かにな)
――――
▼おまけ
【C】
「良いぞ。その調子だ。殺しに対しての罪悪感が消えれば、いずれは殺意を操れるようになる。もう一息だ。時期に楽になる――七死のサンゴ」
※近況ノートに挿絵あり
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これからも更新続けていきますので、よろしければ「いいね」「ブクマ」「評価」のほど、よろしくお願いいたします。
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