312 - 「黄金のガチョウのダンジョン26―ジャコ・シャ・コ」
「あ! 父ちゃん来たよ! おーい! こっちこっちー!」
空を見上げていたヴァートが、飛び跳ねながら両手を振る。
その周りには、ヴァートの師匠であるパークスだけでなく、イーディス領の案内人として同行した
ヴァートはマサトの帰還を素直に喜んだ一方で、チョウジはありえないものを見たような表情で、口を開けて停止している。
チョウジはマサトらが五体満足では戻って来れないと考えていたのだろう。
それは、マーティンとランスロットも同じだった。
モンスターの軍勢を引き連れているとはいえ、まさかたったふたりで、
(確かにヴィリングハウゼン組合は強敵だった。コントロール奪取魔法がなかったら危なかったな)
マサト自身も、今回の一戦はぎりぎりだったと実感していた。
戦いを軽く振り返っていたマサトがマーティンとランスロットにも目を向けると、彼らは一瞬怯んだ様子を見せた。
緊張した面持ちのまま、マサトの動向を注意深く窺っていたふたりへ特に話しかけるわけでもなく、マサトが他へと目を移す。
周囲の地形は大きく抉れていたり、
無残に転がる死体の傍で、無邪気な笑顔を浮かべる息子を見て、マサトは一瞬複雑な気持ちになったが、すぐに頭を切り替えた。
「そっちは問題なかったようだな」
マサトが地上に降り立ちながら聞くと、ヴァートは少し照れくさそうに、それでいながら満足気に胸を張って答えた。
「もっちろん! ちょっとだけ強そうだった敵のボスは師匠がやっつけたし、他は大したことなかったよ!」
堂々と言い切ったヴァートの頭をくしゃくしゃと撫でてやると、ヴァートは「へへ」と笑った。
そんな仲睦まじい親子の一時を傍で見守っていたアシダカが、笑顔でマサトへ声をかける。
「マサト様、ご無事で何よりです」
「ああ」
アシダカへ返事を返しながら、マサトはパークスへと目を向けた。
愛用の銀縁の眼鏡も失っており、視界がぼやけるのか目を細めた渋い表情でマサトを見ている。
マサトの視線に気付いたのか、パークスが口を開く。
「そちらは片付いたのですか?
さすがはパークスだと、マサトが関心する。
目で確認できない分、周囲の気配に神経を尖らせていたようだ。
簡潔に答える。
「
「そうですか」
なぜかと追及されると身構えていたマサトだったが、パークスはそれ以上何も聞いてこなかった。
その代わりに、焦った様子のチョウジが左手を伸ばしながら口を挟んだ。
「ちょ、ちょちょちょ! じゃ、じゃあヴィリングハウゼン組合はどうなったんスか!?」
「大方片付けた。生き残っているのは、俺の力で洗脳した者たちだけだ」
そう告げたマサトの後方には、いつの間にか黄色の全身鎧に身を包んだ戦士が静かに待機していた。
「まさか本当の本当に、あのヴィリングハウゼン組合を……? それもたったふたりで……? めちゃくちゃかよ……」
話を聞いたチョウジが、あまりの衝撃に呆れる。
驚いたのはチョウジだけでなかった。
だが、ランスロットに関しては持ち前の負けず嫌いを発揮したのか、赤紫色の長髪を揺らしながらマサトへと詰め寄った。
遅れて我に返ったマーティンがランスロットを止めようとしたが、ランスロットが声をあげる方が早かった。
「ありえないわ! ヴィリングハウゼン組合は全部隊が揃っていたのよ!? あんたたちたったふたりで敵う相手じゃ……」
ランスロットが言葉とともに足を止める。
目の前に、槍を突きつけられたからだ。
その槍を向けたのは、マサトに洗脳されたヴィリングハウゼン組合の
「ど、どういうこと?」
ヴィリングハウゼン組合員から武器を向けられたことで、ランスロットは混乱した。
一方で、闇に対して知見の深かったマーティンは、その場にいる組合員が発する闇の気配が、マサトが放つ気配と同じことに気付いていた。
「止せランスロット。彼の言ったことは本当だ」
マーティンの言葉に、マサトが続く。
「そういうことだ。生き残りは皆、俺の支配下にある」
「嘘でしょ……そんなことって……」
すぐには納得できなかったランスロットも、自分に槍先を突きつけてきた組合員の、兜から覗く真っ黒な瞳を見て、その違和感に気付く。
「まさか……」
まだ何か言いたそうにしていたランスロットだったが、マーティンに腕を引かれ、そのまま後ろに引き戻されていく。
マサトはそんなマーティンの後ろ姿を見て、エヴァーの記憶が頭を過ぎったが、ガーデナー家の三代目であるマーティンは、ガーデナー家に纏わるエヴァーとの契約を知らない。
ガーデナー家の二代目となった先代のローリーが、エヴァーに関する一切の情報を隠蔽したからだ。
エヴァーは、ローリーがついた嘘を見抜いていたが、契約はガーデナー家の血が途絶えぬ限り続くため、エヴァーがその嘘に言及することはなかったようだ。
なぜ先代が後世に契約の話を引き継がなかったのかは不明だが、推測はできる。
恐らく、エヴァーが原因と思わしき冒険者の犠牲が増えたことで、罪の意識が増したのだろう。
その罪の重荷をマーティンにまで背負わせたくなかったのかもしれない。
先代であるイーグレットがエヴァーと結んだ契約により繁栄したガーデナー家だったが、二代目のローリーにとっては、自身の自由を奪い、ダンジョンに縛られる原因を作った諸悪の根源――言い換えれば『呪い』だと認識していた可能性すらあった。
(エヴァーは契約者として、ローリーが抱く負の感情にも気付いていた。エヴァーはローリーの怒りや恨みの感情を知った上で自由にさせていたんだろう)
エヴァーが感じた孤独すらも思い出したマサトだったが、過ぎたことだと忘れようとする。
少なくとも、何も知らずに育てられてきたマーティンには関係のないことだ。
ここで真実を告げても証明する手立てがないというのもあるが、エヴァーが死んでも、エヴァーと血の契約を結んだガーデナー家の直系子孫に流れるエヴァーの血は残る。
それを不純な血だと嫌悪されるのは気分が良くないとも感じていた。
だが、それに水を差す人物がいた。
◇◇◇
後ろ手で縛られ、両膝をついた状態のジャコが、崩れた青いオールバックヘアー越しに、恨みがましい視線を向けながら地面に唾を吐いた。
「けッ! てめぇら、やっぱりグルだったか。そりゃそうだよなぁ! あのモンスターに寄生したガーデナー家なら当然だよなぁ!?」
ジャコに再び家格を愚弄されたマーティンが立ち止まる。
その表情は、込み上げる怒りをぐっと堪えているようだった。
だが、ジャコは構わず続けた。
「てめぇのその力も、結局はあのモンスターから得た紛い物だろぉが! それをあたかも生まれ持った才能だと言わんばかりに見せびらかしやがってよぉ。ふざけやがって! 何も知らねぇボンボンが!!」
マーティンの表情に怒り以外の感情が垣間見える。
「どういうことだ……? お前は何を知ってる……?」
ジャコが鼻で笑うと、意地の悪い笑みを浮かべながら答えた。
「あの
「なんだと? そんな話を信じるとでも……」
そう反論したマーティンだったが、その顔は青い。
ジャコが畳み掛ける。
「そもそもなぜオレら
「デ、デタラメを……」
「信じられねぇなら、今ここで、てめぇの力を使って証明しやがれ」
「俺の力だと……?」
「そうだ。てめぇの光だか植物を扱う力だ。血の契約は契約主が死んでも、分け与えられた血が消えることはねぇ。だが、契約によって与えられた加護は消える。
ジャコが有無を言わさぬ強い視線をマーティンへ向ける。
だが、マーティンが答えるより先に、ランスロットが割って入った。
「マーティン、こんな小悪党の与太話に惑わされないで。どうせ助かりたくて出任せ言ってるだけよ」
「あ、ああ。そう、だな」
マーティンが自分の掌を見ながら、曖昧な相槌を打つ。
「マーティン?」
生返事に違和感を覚えたランスロットが、マーティンへと振り向き、声をかける。
すると、マーティンは慌てて開いていた手を握り、大丈夫だと答えた。
「本当に大丈夫なの? 何か変よ」
「問題ない。それより、早くここから出る方法を探した方が良さそうだ」
マーティンが周囲へと目を向ける。
大地からは黒い煙のように、塵と化した粒子が舞い上がり、黒く染まった遠方の空は徐々に迫ってきていた。
そこでようやくマサトが本題を告げる。
「この世界を支えていたロンサム・ジョージが死んだせいで、崩壊が始まっている。ここもそう長くは保たないだろう」
チョウジが口を挟む。
「で、でも、肝心の出口がないッスよ……? 帰還石だってまだ……」
その手には、ただの石と化した黄金色の小さな帰還石が握られていた。
マサトが話を続ける。
「出口は俺が作る」
「えっ?」
なぜ作れるのか? 出口を作れるならなぜ最初から作らなかったのか? とでも言いたそうな顔をしたチョウジを無視して、マサトは掌を翳した。
すると、何もない空間に光が走り、ひとつの輪を作ると、その輪は次第に大きくなっていった。
輪の中央が真っ暗闇な光の輪が、またたく間に
「ダンジョンの6階フロアに繋げた。この輪を潜れば、瞬時に移動できる」
さすがのヴァートたちも呆気に取られ、その表情に疑問の色が濃くなるのを感じたため、マサトは補足を付け加えた。
「
そう告げ、手下のモンスターたちに光の輪を潜らせる。
ダンジョン6階には攻略中の冒険者パーティがいるかもしれないが、
「シャルル、ヴァートを頼む」
「はい、旦那様」
シャルルがヴァートの元へ向かう。
すると、パークスが拘束されたジャコたちを一瞥し、マサトに聞いた。
「この者たちは?」
「そのままでいい。俺が対処する」
「分かりました」
「モンスターは6階に留まらせるつもりだが、当然、現場は混乱するだろう。現場の封鎖と冒険者たちの誘導はヴィリングハウゼン組合の者たちにやらせれば、少しは時間稼ぎができるはず。その間にどうするか考える。一先ず、
「お任せください」
アシダカが頷き、パークスがすぐ様移動を開始する。
「では、私もヴァートたちとともに一足先に宿へ向かいます」
「頼んだ」
「ヴァート、行きますよ」
「わ、分かった。父ちゃん、気をつけてね!」
「ああ」
アシダカを先頭に、パークス、ヴァート、シャルルが光の輪を潜る。
「ちょ、ちょっと待って! 俺も行くッスよ!!」
チョウジが慌ててその後に続くと、マサトはマーティンたちへも声をかけた。
「お前たちも行くといい」
何か考え事をしていたのか、マサトから言葉を向けられてハッとしたマーティンが慌てて答える。
「い、いいのか……?」
「初対面の俺を信用できるならな」
チョウジたちが光の輪を潜ったとはいえ、認識のない相手が作った謎の空間に身を投げるのは恐怖だろう。
そう考えて告げた言葉だったが、マーティンは意外にもすんなり受け入れた。
「大丈夫だ……あなたは、信用に足りる……」
マーティンの言葉に、マサトよりもランスロットの方が驚き、声をあげた。
「な、何言ってるの? マーティン、本当にどうしちゃったの? さっきからおかしいわよ?」
「そうだな……少し動揺しているようだ」
マサトは、マーティンのその様子を見て、マサトの中に眠るエヴァーとの繋がりをマーティンが感じたのだろうと察した。
だが、説明している暇はないと、マーティンたちを急かす。
「時間がない。早く行け」
「……すまない」
マーティンが、青い顔で謝罪とも取れるお礼を述べると、ランスロットがマサトを睨んだ。
「あんた! まさかマーティンに!」
「止せランスロット!」
「でも!」
「頼むから今は静かに言うことを聞いてくれ……理由は後で話す」
力なくそう告げたマーティンに、ランスロットが渋々従う。
「分かったわよ……」
俯いたマーティンと、そんなマーティンを心配したランスロットが光の輪を潜る。
残りは、ジャコら
マサトが無言でジャコへと目を向けると、その視線の圧に耐えられなかったのか、ジャコが口を開いた。
「オレたちは役に立つぜ? どうだ? 手を組まねぇか?」
そう提案してきたジャコへ、マサトが淡々と答える。
「ああ、最初からそのつもりだ」
ジャコの顔から焦りの色が消え、口元に笑みが浮かぶ。
「へっ、話が分かる旦那で助かるぜ」
他のメンバーの緊張の糸も急に緩む。
すると、ジャコや手下の奴らに、マサトを侮るような雰囲気が出始めた。
騙しやすい相手だとでも思ったのだろう。
だが、マサトが無言で黒い杖を向けると、ゆるい雰囲気が一変。
異変を感じたジャコが顔を引き攣らせながら口を開く。
「お、おい、何して」
ジャコの言葉に被せるようにして、マサトが告げる。
「俺の役に立ってもらう」
「ど、どういう……」
黒い杖に白い稲妻が走ると、ジャコが目を見開き、声をあげた。
「お、おい止せッ!!」
直後、強い光が周囲を照らし、大地を穿つ轟音が場を蹂躙した。
『
『
『
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