311 - 「黄金のガチョウのダンジョン25―エヴァー」

「エヴァーか? どこだ?」



 周囲を見渡す。


 だが、エヴァーの姿や気配をすぐには見つけることはできなかった。


 マサトが困惑していると、シャルルから念が届いた。



『旦那様、こちらに』


(分かった。今行く)



 マサトがシャルルの元へ向かう。


 エヴァーは、少し離れた場所で、力なく地面に両膝を付いていた。


 母体となるドラゴンは、両翼だけでなく、両腕すらも失った状態で、よく見れば、その身体は少しずつ塵となって消えていっている。


 その光景に目を見開き、瞬時に不味いと思ったマサトが焦る。



「今すぐ治療を!!」



 今ここでエヴァーを失うことは、せっかく掴みかけた兄の情報を失うことに繋がる。


 エヴァーの治療は最優先事項だ。


 焦る気持ちを抑えつつ、先程入手したデッキから、回復手段となるカードを探す。


 だが、それを少女の声が止めた。



「あり、がとう。でも、もう……」



 そう言いながら、エヴァーはそれまで大切に両手で持っていた菫色の四ツ葉ヴァイオレット・クローバーを、エヴァーの目の前――少し視線を下げた場所に降り立ったマサトへと見せた。


 エヴァーの小さな手に握られた葉は、綺麗な菫色の輝きを放っているものの、その輝きは最初に見た頃よりも弱く、そして何よりも四枚あったはずの葉が、今は一枚しか残っていなかった。



「この四ツ葉の力も、もう残ってないの……死ぬはずだった、私の命を繋いだのは、この四ツ葉のお陰。この四ツ葉が消えるとき、私も消える……」


「消える!? なにか方法があるはずだろ!?」



 そう聞いたマサトに、エヴァーが微笑み、何か納得したような表情を見せた。



「ふふ、その顔、ジェイにそっくり。ああ、だからあの時……」


「馬鹿なこと言ってないで、消えずに生き残る方法を考えろ!!」



 諦めにも似た雰囲気を感じたマサトがエヴァーを叱責する。


 だが、エヴァーは何かを悟ったようにひとりで頷いていた。


 その間も、エヴァーの母体は少しずつ塵となって消えていく。


 マサトは必死にカードリストを探るも、直接的な回復魔法カードはなかった。


 だが、回復魔法を使えるモンスターカードや魔導具アーティファクトカードをいくつか見つける。



「今、治療できるやつを召喚する! まだ逝くなよ!? お前には聞きたいことが山程あるんだ!!」



 そう告げ、マサトが召喚を行使しようとすると、突然エヴァーが光り輝いた。


 直後、エヴァーが母体となるドラゴンの胸部から、身を投げるようにするりと飛び出す。



「なっ!?」



 思わず召喚行使を中断するほどに驚くマサト。


 母体となるドラゴンから飛び出したエヴァーの背には、光の粒子でできた二対の羽が生え、母体に埋まっていた下半身には、色の白い綺麗な足が2本しっかりとついていた。


 涙を流し、けれども微笑みを浮かべながら、両手を広げたエヴァーが落ちてくる。


 突然のことに混乱しながらも、マサトは咄嗟に手を広げた。



「お、おい!?」



 だが、エヴァーを受け止めようと伸ばした手はエヴァーを受け止めることができなかった。


 マサトへと到達したエヴァーは、直前に光の泡となって消えたからだ。


 マサトの頭の中に、エヴァーの声が響く。



『もう、私に残された時間はないから……私を信じて助けてくれたお礼に、残った私のすべてを捧げます……それが、きっと未来の私のためでもあるから……』



 直前までエヴァーだった光の泡が、マサトを優しく包み込む。


 すると、マサトの脳裏に数多の映像が浮かんでは消えた。


 それは、エヴァーの記憶の残滓だった。


 エヴァーの記憶を覗いたマサトが、宙を見つめながら呟く。



「そうか……そういうことだったのか……」



 マサトは少しの間、ぼんやりとその記憶を思い返していた。




◇◇◇




 エヴァーが残した記憶はとても断片的で、完全なものではなかったが、それでもマサトにとっては有益な情報だった。


 記憶は、エヴァーが高次元精霊として生まれ、まだ名もなき小さな存在だった頃から始まる。



 ――エヴァーが住んでいた世界の名は、蓮の箱庭ロータス・ガーデン



 清らかな水と美しい花々に囲まれた、まさに精霊たちにとっての楽園だった。


 だが、その平和な世界に、別の次元の存在――終末の不死者エムラグールが侵略してきたことで世界は一変してしまう。


 終末の不死者エムラグールは、次元に存在するあらゆるものを捕食し続ける不死身の生命体だ。


 侵略者に対し、蓮の箱庭ロータス・ガーデンに住む精霊や生命体も必死に抗ったが、終末の不死者エムラグールには敵わなかった。


 色鮮やかな世界は、瞬く間に侵食され、荒廃した灰色の世界へと変貌してしまう。


 その壊れた世界の片隅で、存在が消えかけていたエヴァーを救ったのが、マサトの兄――ジェイだった。


 ジェイは、終末の不死者エムラグールを追って次元を渡り歩いてきたと最初は告げたが、エヴァーに触れたことで何かを感じ取ったのか、エヴァーという名とともに、濃厚な魔力マナを蓄えた菫色の種を与えると、エヴァーが回復するまで荒廃した世界に留まった。


 そこで、マサトは当時のエヴァーには理解できなかったジェイの言葉を聞くことになる。



「これから告げることは記憶の伝言だ。ただ覚えておいてくれればいい」

「マナ喰らいの紋章を進化させろ」

「過去を精算し、更に力を付けて、次の次元へ向かえ」



 そして最後にこうも言っていた。



「菫色の葉が最後の1枚になった時、君は、君を信じた者の中で眠りにつくことになる。だが、心配しなくていい。この不思議な菫色の植物は、葉がすべて枯れ、その実体が消えた後も、宿主に根付いた思念体は残る。そして、何かのきっかけで新たに生まれ変わった時、初めて蕾をつけ、別の存在へと進化するんだ。君の名は、その時に咲く花の名から取った。その花の名は、時を経てもエヴァー色褪せることのないヴァイオレット不朽の頭状花クローバーと呼ばれている。奇跡の花だ」



 その後、菫色の種を取り込んだことで精霊としての格が上がったエヴァーは、別の次元へと旅立つジェイと別れた。


 エヴァーは、ジェイから得た力を使い、自身が生まれた世界に再び緑を取り戻そうと考えていたからだ。


 ジェイは不可能だとエヴァーに忠告したが、エヴァーは頑なに譲らなかった。


 当然、終末の不死者エムラグールによってあらゆる生命が根絶されただけでなく、世界の核ですらも命を吸い取られてしまった世界の崩壊を止めることは容易ではなかった。


 それでもエヴァーは最後の最後まで諦めることはなかったが、結局は世界の崩壊を止めることができずに終わってしまう。


 2度目の絶望に涙し、世界の崩壊とともに発生した次元の嵐に巻き込まれるエヴァー。


 気の遠くなる間、次元を彷徨い続け、再び存在が消滅する寸前まで衰弱したエヴァーだったが、奇跡的にとある次元の世界へと流れ着く。


 それが、このグリムの童話世界グリム・ワールドというわけだ。


 エヴァーは、そこで祝福された庭師ブレスト・ガーデナーのクラン創設者であり、ガードナー家の初代当主となる庭師――イーグリットと出会った。


 植物を愛する心優しき庭師だったイーグリットは、高次元の精霊であるエヴァーの神格性に触れたことで豹変してしまう。


 エヴァーを神のように崇め、狂信するようになったのだ。


 そして、次元の嵐によって消耗しきったエヴァーを救おうと己のすべてを捧げた。


 己の娘の命さえも。


 イーグリットは、病弱だった娘の身体を依代として生贄に捧げることで、エヴァーの命を救ったのだ。


 人族にとっては高位の精霊にあたるエヴァーの依代となったことで、イーグリットの娘の人格は消え、金色の髪も菫色に変わる。


 もはや見た目すらも別人のようになってしまったが、イーグリットは病気を治療したことでの副作用だと、妻や周囲の者を無理矢理納得させた。


 精霊であるエヴァーには、人族であるイーグリットがした行為に心を痛めるような倫理観はなかったため、イーグリットの行為に恩は感じても、負い目を感じるようなことはなかった。


 エヴァーは救ってくれたことに対する見返りとして、自身の力の一部を与える契約をイーグリットと交わした。


 契約により、エヴァーから力を得たイーグリットは、妻の反対を押し切って農夫から冒険者へと転職。


 瞬く間に頭角を現し、程なくして富と名声を勝ち取ることに成功する。


 イーディス領のトップクラン――祝福された庭師ブレスト・ガーデナーの誕生だ。


 だが、次第に力を取り戻しつつあったエヴァーの存在を周囲に知られることを恐れたイーグリットは、エヴァーの存在を帝国から隠すため、エヴァーをダンジョンに隠すことを思いつく。


 エヴァーの隠れ家として選ばれたのが、黄金のガチョウのダンジョンというわけだ。


 大都市イーディスの西部に位置し、時の進みが遅くなる特殊な大型ダンジョンである黄金のガチョウのダンジョンは、娘の治療という体裁においても好都合だった。


 エヴァーも、イーグリットの提案を素直に受け入れた。


 グリムの童話世界グリム・ワールドに漂流した際に、強力な力をもつ世界主ワールド・ロードの存在を感じ取っていたため、その世界から隔離されたダンジョン世界であれば、身を隠すのに適していると判断したからだ。


 それ以降、エヴァーは長い時をダンジョンで過ごすことになる。


 最初こそ、平穏な日々を暮らせていたエヴァーだったが、予期せぬことが起きた。


 エヴァーのもつ大きな力が、ダンジョンに影響を与え始めたのだ。


 エヴァーの強い魔力マナに長期間触れたことで、ダンジョンの守護者のうちの1体――うたた寝するシマガメドゥラウジング・トータスが突然変異。


 笑い狂う島嶼ラフィング・マッド・アイル、ロンサム・ジョージとして生まれ変わる。


 そして、ロンサム・ジョージが成長したことで、新たな世界――菫色の小世界ヴァイオレット・ガーデンが誕生。


 エヴァー自身も、意図せず世界主ワールド・ロードへと覚醒してしまう。


 時は進み、イーグリットが老衰で亡くなり、ガーデナー家はイーグリットの意志を継いだ息子のローリーへと託された。


 だが、エヴァーにとっては不運が続く。


 エヴァーの住む菫色の小世界ヴァイオレット・ガーデンへ行く方法は、当初はエヴァーと契約したイーグリットの血を受け継ぐ者たちだけであったが、ダンジョン自体もエヴァーの力の影響を受けて変異していった結果、菫色の小世界ヴァイオレット・ガーデンへの扉が不用意に開かれることが多くなってしまったのだ。


 菫色の小世界ヴァイオレット・ガーデンへの侵入者が増え、再び世界が壊されることを恐れたエヴァーは、自身の世界を守るため、眷属化したモンスターを配置して守らせるようになった。


 そして出来上がったのが、生存率0%の特殊フロア――菫色のモンスターハウスというわけだ。


 その頃から、次第にイーグリットの子孫たちとの交流も減り、エヴァーにも人族に対しての恐怖心が育ったことで、ついには外との交流も途絶えてしまい――今に至る。



(エヴァーは、ただ静かに暮らせる場所が欲しかっただけだったのか……)



 悲運な過去の記憶を覗いたことで、エヴァーに対して同情心が生まれると同時に、エヴァーを助ける選択をとった判断は間違いではなかったのだと、心が少し軽くなった気がした。


 すると、突然システムメッセージが目の前に表示された。



『特殊条件を満たしたため、新たな称号を解放しました』



『称号、託されし菫色の願いヴァイオレット・ウィッシーズを獲得しました』


世界主ワールド・ロードを討伐したため、闇の支配者ザ・ダーク・ロードがLv1→2にあがりました』



 エヴァーが死んだことで、闇の支配者ザ・ダーク・ロードの称号レベルがあがり、新たな称号を得た。


 『託されし菫色の願いヴァイオレット・ウィッシーズ』は、[火魔法耐性Lv3] [精神魔法耐性Lv3] [能力補正+0/+3] に加え、毎ターンのマナ生成(赤)(青)(緑)能力までついてくる破格の称号だった。


 だが、新たな力を得られたことよりも、エヴァーを自分が討伐した判定となっていたことに、マサトは不満を口にした。



「味方すらも、自分が成長するための糧か。相変わらず狂ったシステムだな」



 そう愚痴るも、このシステムに助けられてるのも事実だと、頭を振って余計な思考を掻き消す。


 今、重要なのはそんなことではない。


 問題は、こうなることを兄がすでに予見していたということだ。



(まさか、未来を視る力をもっているのか……?)



 そう考え、恐らくそうなのだろうと特に疑うことなく納得する。


 名前こそ呼ばれなかったが、兄の言葉が、自分に向けたものだと確信できるほどに、今のマサトの状況に当てはまっていたからだ。



「紋章の進化と、過去の精算、か……」



 ステータスを開く。



<ステータス>

 マナ喰らいの紋章Lv50(MAX)

 ライフ 11/50

 攻撃力 15(+10)

 防御力 15(+10)

 マナ : (白×188)(赤×5414)(緑×2114)(青×8861)(黒×6423)

 加護:[炎の翼ウィングス・オブ・フレイム]

     [火の加護]

     [火吹きの焼印]

     [深闇の加護(称号)]

     [影の憑依シェイドポゼッション] New

     [幻影の爪ファントムクロー] New

     [神聖な力ホーリーストレンクス] New


 装備:呪術師ショウズの命の指輪

     ※月食の双剣ハティ・ファング

     ※茨の国の宝剣ヴァーダントナイフソーン

     ※雷眼の鍛冶神アルゲスの黒杖


 補正:[自身の初期ライフ2倍(紋章)]

     [基礎値5/5(紋章)]

     [召喚コスト上限15(紋章)]

     [毎ターン:マナ生成(赤)(青)(緑) (称号)] New

     [火魔法攻撃Lv2]

     [闇魔法攻撃Lv5(称号)]

     [防御無視攻撃(称号)]

     [飛行]

     [毒耐性Lv5]

     [疫病耐性Lv5]

     [火魔法耐性Lv3(称号)] New

     [闇魔法耐性Lv5(称号)]

     [精神魔法耐性Lv3(称号)] New

     [眠り攻撃無効(称号)]

     [闇の眷属召喚(称号)]

     [防具破壊攻撃Lv3(称号)] New

     [洗脳強化Lv3(称号)] New

     [支配モンスターへの洗脳耐性Lv3(称号)] New

     [不死Lv1(称号)] New

     [攻撃魔法強化Lv3(称号)] New

     [回復魔法強化Lv3(称号)] New

     [(黒):一時能力補正+1/+0 ※上限3] New

     [一時能力補正+3/+0] New

     [能力補正+1/+1]

     [能力補正+2/+0] New

     [能力補正+1/+2] New

     [能力補正+3/+3(称号)] New

     [能力補正+0/+3(称号)] New

     [装備補正+0/+1]


 称号:[次元を渡り歩く者ディメンションズ・ウォーカー]

     [深闇の化身を喰らう者デザストルイーター]

     [眠りの森の殺戮王カーネイジキング]

     [闇の支配者ザ・ダーク・ロードLv1→2] New

     [器を打ち砕く者ベセル・スマッシャー] New

     [尊ぶべき絆を弄ぶ者ボンド・マニピュレーター] New

     [死地を好む者デアデビル] New

     [憎悪と慈悲の断罪者ヘイトリッド・マーシー] New

     [託されし菫色の願いヴァイオレット・ウィッシーズ] New



 保有マナの総量はすでに2万を超えていた。


 2万マナあれば、マナ喰らいの紋章を、世界喰らいの紋章へと進化させることができる。


 同時に過去に戻るために必要なマナも2万7千ほどになるが、力さえあればマナを稼ぐ手段はいくらでもある。


 優先すべきは紋章の進化だ。



(ここで進化させてしまうか……)



 そう考えたその時、地面から何かが舞い上がるのが視界に入った。



「これは……」



 舞い上がるそれを掴もうと手を伸ばすも、その色褪せた細かい粒子は、手をすり抜けて上昇し、消えていった。



「まさか、ロンサム・ジョージが死んだのか……?」



 見渡す限り一面の湿地帯から煙があがるように、至るところで草木が塵となって空へと舞い上がっていっている。


 それは、エヴァーの母体であるドラゴンが消滅したときに見た現象と同じだった。



「急いでここを出ないと不味い。シャルル、行くぞ。ヴァートと合流する」


「はい、旦那様」



 マサトとシャルルが菫色の空へと飛び立つ。


 上空から見渡した地平線の先は、真っ黒に染まり始めていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

▼おまけ


【C】 鋼の意志スチール・ウィル、(白)、「インスタント」、[一時能力補正+0/+4]

「ランスロットのそれは鋼の意志というより頑固なだけだろう――マーティン・ガーデナー」


【UR】 託されし菫色の願いヴァイオレット・ウィッシーズ、(赤)(青)(緑)、「称号 ― マジックイーター」、[毎ターン:マナ生成(赤)(青)(緑)] [火魔法耐性Lv3] [精神魔法耐性Lv3] [能力補正+0/+3]

「強き願いは、害意から身を護る力となる。託されたその願いが強ければ強いほど、その力も強大になる。問題は、何の願いを託されたか、だ――願いを運ぶ使者ミツバ」




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