313 - 「仙女族のセンリ」
黄金のガチョウのダンジョン6階に、突如出現した
討伐ランクAを超える大型モンスターの出現に、6階で狩りをしていた低ランク冒険者たちは慌てふためき、5階にある城壁の中へと一目散に逃げ込んだ。
「た、大変だ!!」
必死の形相で駆け込んできた冒険者たちに、門番をしていた警備兵らは何事かと身構える。
「どうした? 問題か?」
「し、下の階に突然
「ほ、本当だ! 嘘だと思うなら偵察を送ってくれ!!」
「門を閉めて! 早く!!」
「あれがもし上まで上がってきたらここもやばいって! あたしたちだけでもここを出ようよ!!」
平時であれば、酔っ払った冒険者たちの戯言だと真に受けない警備兵も、今回ばかりは状況が違った。
予兆と思えるような異変が起きていたからだ。
「洒落にならねぇぞおい……ただでさえ、外が天変地異だのと騒がしいってのに、今度は
「まさか、さっきのあの地震と関係があるんじゃ……お、俺、警備長に伝えてくる」
「ああ、頼んだ」
警備兵のひとりが詰所へと向かう。
すると、冒険者たちも我先にと逃げるように街の中へ走っていった。
城門に残された警備兵が、ため息を吐きながら6階へと続く入口に視線を向け、不安を口にする。
「ダンジョンの中ならしばらく安全かと思った矢先かよ……この先、イーディスはどうなっちまうんだ?」
◇◇◇
黄金のガチョウのダンジョン地下4階にある娼館『未亡人の娘』。
その娼館において、ごく一部の上客しか入ることを許されていない特別な一室にて、チョウジやマーティンらを除くマサト一行は、この娼館の女将であり、
「……以上が、大旦那様が不在だった間に起きた外の出来事です」
時の進みが早くなると言われていた黄金のガチョウのダンジョンとは違い、
それも数分の誤差ではなく、1時間が1日になるほどの差が存在していた。
ダンジョンの外の世界では既に数日が経過しており、その数日の間に、外の戦況が一変。
戦闘の余波は、港都市コーカスだけにおさまらず、その周辺の気候まで大きく影響を及ぼし、イーディス領では吹雪や嵐などの異常気象が続いているとのことだった。
(たった数日でそれだけのことが……いや、それよりも本当に
「これも
マサトの問いに、
「残念ながら……」
「それなら
「はい、無事なのは確かです。こちらが大旦那様宛の手紙になります」
手紙には、こう書かれていた。
『帝都に寄生する厄介な
「まさか……相手はたったひとり?
「はい。恐らくは別の強者かと」
その事実に、マサトが少なからず衝撃を受ける。
「それでも、たったひとり相手に、あの
すると、手紙の内容が気になったのか、パークスがマサトへ問いかけた。
「どういうことですか? 私たちにも詳しく教えてください」
マサトは手紙の内容をパークスにも伝えると、パークスは顎に手をあて、少し思案しながら答えた。
「そうですか。確かに、その
特に心配するほどのことではないとパークス。
「それで、帝都へはすぐ出発するのですか?」
パークスの問いかけに、マサトはすぐ答えずヴァートへと視線を移した。
マサトと目が合ったヴァートが力強く頷く。
「おれなら平気! すぐにでも出発できるよ!」
どうやらまだまだ元気が有り余っているようだ。
割と重い連戦続きだったはずだが、
マサトが視線をパークスへと戻し、質問に答える。
「先に用事を済ませてからにしょう。予定通り、ダンジョンブローカーから情報を買う。今すぐには攻略できなくとも、いつか攻略できる機会が訪れたときのために」
「分かりました」
話を聞いていた
「
まるでそれを予測していたかのような手際の良さに、マサトが感嘆する。
「キングとララを先に呼んでくれ」
「かしこまりました」
◇◇◇
暫くして、ララとキングが部屋に駆け込んで来ると、ふたり同時に声を荒げた。
「本当にララを置いてくなんて酷いかしら!!」
「本当に俺たちを置いてくなんて酷ぇじゃねーか!!」
少しの間があり、マサトが返事をする。
「ふたりとも無事で良かった」
第一声で身を案じられたことが意外だったのか、それとも自分本位に第一声で不満を口にした自分達の言動を恥じたのか、ララとキングがしどろもどろに答えた。
「セ、セラフも無事で何よりなのよ……」
「お、おう。そっちも無事みたいで安心したぜ……」
マサトがララとキングへも質問する。
「外で起きたことを何か知っているのか?」
「知らないかしら」
「いんや。むしろ教えてほしいくらいだぜ。一体何をどうすれば、見渡す限り一面の草原を、一瞬で氷へと変えられるんだ? あんたらの仕業じゃないってことは聞いたが」
「ふたりも知らないのか。俺も触りの情報を先ほど聞いたところだ」
自分で質問をしておきながらも、大した興味もなさそうに「へぇ、そうかよ」と曖昧に頷いたキングが、話を続ける。
「それよか、用事は済んだのか?」
「それはララも少し気になっていたのよ。ララを置いていくほどの重要な用事は済んだのかしら」
ララが口を尖らせながら半目でマサトを見つめ、キングは子供のようなことを平気で口にしたララを見て少し引く。
少し迷った後、マサトが答える。
「半分は済んだ。それより、ララとキングはヴィリングハウゼン組合を知っているか?」
マサトの質問に、ララが鼻で笑う。
「知らない奴はもぐりかしら。最高芸術卿ルートヴィッヒ・エミール・グリムが保有する最強の私兵部隊なのよ。でも急に何かしら」
そして、キングが露骨に嫌な顔をしながらララの言葉に続いた。
「俺はこのパターン知ってるぜ。絶対に良くない話に続くやつだろ?」
すると、マサトが話すよりも先に、ヴァートがドヤ顔で答えた。
「へへっ、その相手なら、父ちゃんとシャルルのふたりでほぼ全員倒しちゃったよ!!」
「「ッ!?」」
ララとキングが声にならない声をあげて驚く。
少しの間、口をぱくぱくと動かした後、驚きから復帰したふたりが、息を切らした様子で問いかけた。
「それは、確かなのかしら……?」
「見間違い、ってわけじゃ、ねぇーんだよな……?」
「ああ。戦闘は避けられなかった。キングたちの味方側だったか?」
「いんや、味方ではねぇーけど、敵でもねぇーか? 中立っつーか」
ヴィリングハウゼン組合が実はキング側の味方だったという面倒な展開は避けれたと、マサトが少しだけ胸をなでおろす。
「そうか。それなら、これからは俺たちの敵になる。覚悟しておいた方がいい」
マサトの言葉に、ララとキングが難しい顔をして黙る。
ふたりにとっては、無視できない戦力を保持している中立だった勢力が敵に回るのだ。
面白くはないだろう。
すると、ララが口を開いた。
「帝都の腐敗が進んでいくのを知りながら、自分には関係がないと見て見ぬ振りを決め込んだ傍観者は、その腐敗に加担したのと同じかしら。広意義で同罪なのよ。情けは無用かしら」
「お前……それブーメランっていうんだぞ……」
「うるさいかしら! 過去のララと今のララは、もはや別人なのよ!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎ始めたふたりに、マサトが次の質問を投げかける。
「
「
「俺も聞いたことねぇな」
一国の元王子や、帝国随一と名高い
この世界――
だが、エヴァーの一件から、外の世界からやってきた外敵には、世界の均衡を保つために、その強力な力を行使して排除に動くようだ。
(問題は、帝国が危機に陥った時にも動いてくるのかどうか、か……)
仮に帝国のために動いてこなくとも、眷属であるタコス率いるヴィリングハウゼン組合が壊滅したという情報が知られれば、原因を突き止めるために動いてくる可能性は考えられる。
ヴィリングハウゼン組合の
種族サーチや、種族コントロール系の魔法や
(
その後、エヴァーと組合に対する話をいくつか共有したマサトは、
◇◇◇
漢服の一種である
センリは薄青色の長い髪を束ねて4つの輪を作った独自の髪型をしており、この世界にはない異質な雰囲気を身にまとった仙女族のひとりだ。
センリの背後には、この世の終わりだとでも言いそうな絶望オーラを全身から放っている栗鼠人族の眼鏡娘――メグリスと、娼館で良い思いをしたのか、鼻の下が伸び切った残念イケメン――楓色のパーマが似合う肉体派のチョウジが続く。
「ふぅ〜、話はチョウジから聞いたよ。とんだ大冒険だったらしいじゃないか」
まるで花魁のような優雅な立ち振る舞いで部屋の中央まで歩いてきたセンリは、余裕を見せつけるように一服すると、マサトを見て口元に笑みを浮かべた。
(お陰で私はメグリスとの賭けに大勝。外は非常事態なのに、こんな豪遊もできて最高にツイてるわねぇ〜)
厳密には、まだメグリスとの賭け――マサトたちが黄金のガチョウのダンジョンで何のボスを討伐し、何の報酬を入手してくるか?を当てる賭け――は、決着していない。
センリは『まだ確認されていないボスの報酬に1点賭け』しており、まだ確認されていないボスまでは当たっているものの、そのボスの報酬が何かまでは明らかになっていないのだ。
だが、メグリスにとっては、前半のまだ確認されていないボスと対峙してきたという、あり得ないと確信していた事態が現実に起きてしまった時点で、処刑台で刑の執行を待つ死刑囚のような精神状態になっていた。
上機嫌のセンリが、当てつけのように口元だけをメグリスに向けながら、視線だけはマサトへ向けるという奇妙な状態で話しかける。
「それで〜? まだ確認されていないボスを討伐した報酬はなんだったんだい〜?」
メグリスの肩がびくりと跳ねる。
既に悪い顔色が更に悪くなり、軽く白目を剥きかけていた。
センリとメグリスのやり取りを不思議に思ったマサトだったが、淡々と答える。
「特にないが……」
マサトの言葉に、センリが口元に笑みを浮かべたまま凍りつき、瞼の中へと消えかけていたメグリスの瞳孔がぐるんと勢いよく中央の位置に戻ると、その口元を狂気的なまでに釣り上げた。
「特にない、ですか。そうですかそうですか」
メグリスの呟きを間近で聞いたセンリが一瞬で必死の形相に変わり、マサトに詰め寄る。
咄嗟の出来事に、黒髪の女――シャルルが反応仕掛けたが、マサトがすかさず右手で制したことで未遂で済む。
センリの焦った声が響く。
「特にないわけないだろぉ!? なぁ!?」
そんなセンリの背後から、血走った眼をギロリと光らせたメグリスが待ったをかけた。
「ヒィーヒッヒッ、センリさん。駄目ですよぉ。ないものはないんですから。無理強いしちゃ。ヒィーヒッヒッ」
「ぐ、ぐぅっ……」
過度のプレッシャーから解放されたせいでキャラ崩壊したメグリスに、センリが苦渋に満ちた表情に変わる。
因みに、チョウジはふたりの行動に終始呆れており、ふたりの掛け合いを止めようとする者はいなかった。
メグリスがセンリの肩に手を置き、怪しい笑い声をあげながらマサトから引き離そうと力を込める。
センリが今にも泣き出しそうな顔に変わるも、何か閃いたのか、それとも何かに気が付いたのか、今度は眉間にシワを寄せ、マサトを見下すような表情に変わった。
「そうかいそうかい。お前さんがそう言うなら、私も相応の評価をするしかないね。残念だけど、例の依頼は不成立だ。私から渡せる情報は何もないよ」
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▼おまけ
【C】
「あ”あ”あ”あ”! もう本当にヤダ! あいつら出禁にしたい! 何なの!――怒りの受付嬢オミオ」
【C】 ダンジョン勤務の警備兵、1/1、(赤)、「モンスター ― 人族」、[気配察知Lv1]
「時代とともに国も人も変化する。だが、ダンジョンは変化しない。だから、安心できる。くそっ! それも今日でお終いか――ダンジョン警備兵、ペンスィヴ」
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これからも更新続けていきますので、よろしければ「いいね」「ブクマ」「評価」のほど、よろしくお願いいたします。
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