306 - 「黄金のガチョウのダンジョン20―悲哀のメスト」


 頭部から血を噴き出しながら落下していくケイ。


 ケイはヴィリングハウゼン組合、第一班隊長だ。


 それに気付いた第二班隊長であるメストが、思わず驚きの声をあげた。



「まさか……あのケイがやられたのか!? こんな短時間で!?」



 ケイが全身に纏っていたはずの炎は消え失せ、代わりに頭部から噴き出た血が宙に広がり、落下の跡を薄っすらと赤に染めていた。


 遠目では生死の判断まではつかなかったメストだったが、それでもケイが危機的な状態にあることだけは察しがついた。


 例え重傷でも弱みを見せることを嫌がるケイの性格からして、意識があるうちは、あのような醜態を晒すことはないはずだと知っていたからだ。


 だが、かといってすぐ駆けつけることのできない状況に、メストは奥歯をぎりぎりと噛みしめた。


 メスト自身も余裕があるわけではなく、黒髪の女――シャルルからの怒涛の攻撃を防ぐのに精一杯だったからだ。



(強い……強過ぎる。あの男も、この女も……)



 メストが黒い刀身の刀を構え直す。


 目前には、背後から触手のような影を無数に伸ばした黒髪の女――シャルル。


 その瞳は闇のように黒く、見る者に恐怖を抱かせる濃厚な殺気を、これほどかというほどに放っていた。


 隊長格のメストですら、その殺気に当てられたことで身体が強張り、思うように動くことができなくなったと感じたほどだ。


 だが、何よりも厄介なのは、女の背後から伸びる無数の影だった。


 影はそれ自体が意識をもっているかのように自在に伸び、動きの鈍くなった獲物を仕留めようと襲いかかってくる。


 更には、その影ひとつひとつが、まるで槍の名手から放たれた一撃かのように鋭く、重いという事実だった。



「グッ!?」



 捌ききれなかった影のひとつが、メストの顔面に迫る。



(不味いッ!!)



 避けきれぬ一撃に焦ったメストだったが、次の瞬間、メストの身体が赤くまたたくと、身体の位置が僅かに横にズレた。


 致命打に成り得る攻撃を自覚した際に、1日に1度だけ発動できる特殊な加護だ。


 だが、鋭利な影も、動く標的を追うように瞬時に軌道を変えたため、完全に回避することはできなかった。


 微かに触れた影によって、兜ごとメストの頬が軽くこそぎ取られる。



(なにッ!? ルードヴィッヒの器でも防げないのかッ!? 掠っただけだぞッ!?)



 まともに食らっていれば顔を貫通し、気付かぬうちに死んでいたと肝が冷える。



(あの影ひとつひとつにこれほどの威力が……それをここまで自在に操れるとは)



 緊急回避の加護があったことで今回は助かったが、二度目はない。



(もう後先のことを考えている余裕はないようだ……)



 窮地に立たされたメストが決断する。



「サヤッ! こいつは俺が引き付ける! お前は回復次第、首領ドンと合流しろッ!!」



 一時的に退避したサヤに告げるが、後方を確認する余裕はなかった。


 メストは、サヤの返事を待たずして自身の奥義を発動させる。



「無常な人の世に怒りと絶望をッ! 我が肉体は生滅流転ショウメツルテンに抗う阿修羅となり、我が魂はこの世の全てを喰らう鬼神と化すッ!!」



 直後、身体から大量の黒い靄が噴出。


 その靄は一瞬で周囲に広がると、メストの筋肉が突然膨張しはじめ、身体が一段階大きくなった。



鬼門解放キモンカイホウッ! 阿修羅豪鬼アシュラゴウキィイイッ!!」



 メストの叫びとともに、周囲に広がった黒い靄が一斉にメストの身体に集束。


 目からは赤い眼光を放ち、肌が真っ黒に染まっていく。


 背中には黒い靄でできた4本の腕が生え、その手には、それぞれ黒い刀が握られている。


 ヴィリングハウゼン組合、第二班隊長であるメストが得意とする、自身を鬼神化させることで爆発的な攻撃力を発揮することができる奥義、阿修羅豪鬼アシュラゴウキだ。


 増長された怒りと闘争心により、自我を失ってしまうリスクはあるが、メストはこの奥義で飛躍的に身体能力を高める以外に活路はないと判断したのだった。



「ウォォオオオオオオオッ!!」



 雄叫びをあげながら、猛然とシャルルへ迫るメスト。


 そのメストを迎え撃つため、シャルルから次々に放たれる無数の影。


 メストは迫る影を5本の刀で弾きつつ前進するも、途中で割り込んできた黄色い閃光――ルートヴィッヒの器を装備した部下によって減速を余儀なくされた。



「退けェエエエエッ!!」



 僅かに残っていた理性をフル動員し、洗脳された仲間を容赦なく斬り捨てようとする身体を必死に制御し、致命傷にはならない峰打ちで薙ぎ払う。


 だが、次々に突進してくる部下たち全てを、手加減した状態で退かせるのは容易ではなかった。


 動きが鈍ったメストに攻撃を仕掛ける、黄色い全身鎧を着たヴィリングハウゼン組合の戦士たち。


 上手く動けない状況に、悔しさで顔が歪んだ。



(ぐっ、懐にさえ入ることができれば……)



 メスト自身、敵の懐に入りさえすれば、必殺の一撃で仕留められる自信がまだあった。


 だが、メストといえど、主力部隊として組み込まれた戦士たちが相手では、さすがに分が悪かった。


 それでも、この戦況で諦めるという選択肢は存在しない。



「ウォオオオオオッ!!」



 迫りくる部下たちを鬼神のごとき剣捌きで弾き飛ばしていくメスト。


 だが、その刹那、メストは部下たちの背後から迫る無数の影に気付いた。



「まさか……止せぇえええッ!!」



 メストが悲痛な叫びをあげるも、シャルルが操る影は容赦がなかった。


 メストを攻撃しようとしていた組合員の背中を次々に貫いていく。


 そしてそれは、瞬く間にメストにまで到達。


 複数人の組合員と一緒に、メストを串刺しにしてみせた。



「ぐ、グフゥッ!?」



 身体を貫かれたメストが血を吐くも、シャルルの攻撃は止まらない。


 一本、また一本と、メストの身体を貫く影が増える。



(ここ……までか……)



 負傷が多くなったことで鬼神化が解け、メストの身体が通常時の状態へと戻っていく。


 身体を貫く影は既に十本以上。


 もはや抗う力どころか、腕を動かすことすらできなくなっていた。



(最後の最後で鬼に成りきれなかったか……無念)



 メストが仲間を容赦なく斬り捨てていれば、もしかしたらシャルルに接近できたかもしれない。


 だが、メストはそれを頑なに実行しなかった。


 それはケイら他の部隊長も同じ。


 無念を口にしたメストだったが、仲間を斬らない選択をした自身を悔いた表情ではなかった。


 悔いがあるとすれば、それは今の事態を招いてしまった自身の判断力の甘さと、実力不足に対してだ。



(全て出し切った。願わくば、来世でも相まみえたいものだ……)



 力の入らなくなった右手から、自身の命とも言える愛刀が零れ落ちる。



(完敗だ……黒髪の鬼神よ……)



 薄れゆく意識の中で、メストは敵にそう称賛の言葉を送り、力なく頭を下げた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

▼おまけ


【R】 真・阿修羅豪鬼シン・アシュラゴウキ、(黒×3)、「エンチャント ― モンスター」、[能力補正+6/+6] [無差別攻撃] [闇耐性Lv3] [腕増殖:計6本まで] [耐久Lv3]

「俺の阿修羅豪鬼アシュラゴウキは、師匠から伝授されたものだ。まだまだ師匠のものと比べられるほどの力は引き出せていないがな。いずれは師匠を超えてみせる!と、ケイが言いそうなことを言うつもりはないが、第二班の隊長であることを笑われないよう日々精進は続けるつもりだ。師匠がどこで何をしているかは知らないが、当時は金剛コンゴウと名乗っていた。縁があればまた会えるだろう――ヴィリングハウゼン組合、第二班隊長、悲哀のメスト」




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