304 - 「黄金のガチョウのダンジョン18―悪魔的」

 菫色の空を縦横無尽に高速飛行し続けるヴィリングハウゼン組合の主力部隊。


 その中央には、ドラゴンのような形状の大型モンスターが、組合員たちの集中砲火を不思議な力でかき消しながら迎撃を繰り返している。


 そのモンスターは、マサトに助けを求めてきた少女の声の主であり、菫色のモンスターハウスと呼ばれるこのフロアの守護者だ。


 主戦場外周も大勢の組合員で包囲されており、空には等間隔で並んだ者たちが、大杖を掲げながら何かを口ずさんでいた。


 それを見たマサトが、第六班隊長のカシに問いかける。



「あれで守護者を閉じ込めているのか?」


「そうですね。一応は」


「一応?」


「実際のところ、あれにそこまでの強度はないんですよ。敵が突破を躊躇してくれればいいってだけの予防線ってところですかね。大亀が笑ったタイミングで解かれる可能性も高いですし」



 大亀とは、このフロアの大地そのものでもある超大型モンスター、笑い狂う島嶼ラフィング・マッド・アイル、ロンサム・ジョージのことである。


 ロンサム・ジョージの咆哮――正確には笑い声らしいが、その笑い声には魔法や補助魔法バフを解除させる特殊な力があった。



「そういえば、その大亀は静かだな」



 遠方に見えていたロンサム・ジョージの頭部は、いつの間にか見えなくなっていた。


 カシが答える。



「身体を貫く痛みにしくしく泣いてるんじゃないですかね。それが狙いだったわけですけど。ロンサム・ジョージは笑い声が厄介なだけで、それを封じてしまえば、ただのでかい亀なので」


「身体を貫くとは、あの黒い玉の効果か?」


「ですね。まだ死んではいないと思いますけど、心臓部にその黒い玉――奈落の星アビサルスターっていう、簡単に説明すると触れるもの全てを飲み込んでしまう恐ろしい魔導具アーティファクトなんですけど、それを落としてあるので、死ぬのも時間の問題かなと」


「ロンサム・ジョージが死ぬと、このフロアはどうなる?」


「崩壊すると思いますよ。多分ですが」


「そうか。あの時点ですでにカウントダウンが始まっていたわけか」


「ですねぇ」



 呑気に内情を話し続けるカシに、後方からマサトの様子を注意深く窺っていた第五班隊長のサヤが大声をあげた。



「カシ! いい加減黙りなさい!!」



 お叱りを受けたカシが首を竦ませる。


 同格の隊長同士ながら、精神的な立場はサヤの方が上のようだ。


 だが、既にカシはマサトの支配下にあるため、カシが意見を求める先はマサトだった。



「そろそろいいですかね?」


「すまない。答えてくれて助かった」


「いえいえ。では俺はここで」


「ああ」



 何事もなかったかのように、カシがマサトから離れる。


 本番はここからだ。



(問題はどうやってタコスの注意をこちらに向けるか、だが……)



 少し思案した後、一度深呼吸したマサトは、大きく息を吸い込み、腹に力を込めながら叫んだ。



「こっの、ハゲぇええええええええ!!」



 魔力マナによって強化された罵声は、衝撃波となって主戦場を駆け抜けた。


 この世界では、魔力マナさえ込めることができれば、それがただの声であっても攻撃手段のひとつとなることをマサトは知っていたのだ。


 突拍子もない罵声に、空中を飛び回っていたいくつかの光が、何事かとその場に止まる。


 そして次の瞬間、違う咆哮が大気を震わせた。



――ジョォオジョォオジョォオジョォオジョォオ!!



 ロンサム・ジョージの大咆哮だ。


 視界を歪ませるほどの咆哮に、主戦場の外周を包囲していた光の壁が崩れ始める。


 その刹那、今度は眩い閃光が迸った。



(何が起きた……?)



 マサトが左手で手庇てびさしをつくり、光の先を見つめる。


 守護者がいた方角だというのは予測がついたが、何が起きたのかまでは分からなかった。


 光が消え、視界が元に戻ると、目の前に影ができていることに気付く。



「なっ……」



 思わず声が漏れる。


 なぜなら、すぐ目の前で、菫色の長い髪を風に靡かせた色白の少女が、こちらを見つめていたからだ。


 少女の金色の瞳と目が合う。


 その瞳は涙で溢れていた。



「ふふ……ハゲってなに。でも、助けに来てくれて、ありが、と」



 少女が震える声でお礼を告げながら微笑むと、瞳に溜まっていた涙が溢れ始めた。


 頬を伝った涙がキラキラと輝く。


 一方で、マサトは少し呆気にとられていた。


 タコスの注意を引いた後に、隙を見て守護者を助けるつもりが、一瞬で目的を達成できてしまったのもあるが、モンスターから上半身だけ生えた少女とは思えないほど、表情がとても豊かだったからだ。



(……これがこのフロアの守護者? 人間と何ら変わらないじゃないか)



 そんな感想を抱きつつも、マサトは少女から視線を外し、影を作った主を見上げた。


 菫色の鱗に、所々透明な水晶が生えたドラゴンが、大翼を広げてマサトのことを見下ろしている。


 少女はその巨大なドラゴンの胸部から上半身だけ生えるような形になっているが、ドラゴンも少女も、身体に決して少なくない傷を負っており、ヴィリングハウゼン組合との戦闘が激しかったことを物語っていた。


 ふと、少女が大切そうに抱えた両手の中で、紫色に輝く四ツ葉が視界に入る。



(あれが噂の幸運の四ツ葉ラッキー・クローバーか……)



 横を見ると、カシが前方を見たまま停止していた。


 後方で様子を窺っていた第五班隊長も静かだったため、恐らくはそうだろうと、何となく察していた。



「あとどのくらい時を止めていられる?」


「十秒くらいなら……でも、これ以上は……」


「なら無理はするな。俺の横に移動したら解除しろ」


「うん……」



 少女が頷くと、母体となるドラゴンが大きい身体を器用に動かし、マサトの横へと素早く移動した。


 マサトが首だけ振り向き、少女へ問いかける。



「そうだ。君の名前は?」


「名前……?」


「ああ、名前はないのか?」


「ある……エヴァー」


「エヴァーか。分かった。俺の名はマサト。Jジェイはきっと俺の兄だ」


「兄……」



 その直後、時が戻る。


 風が肌を撫でるのを感じると、後方にいた者たちが息をのむのが分かった。


 突然、目の前に守護者が現れたのなら当然だ。


 だが、一方で先程まで遠くにいたはずのヴィリングハウゼン組合の主力部隊は、いつの間にか目前まで迫ってきていた。



(これが、時魔法に介入する力か……)



 カシから事前に説明されていたことを思い出す。


 組合員が装備している甲冑――ルードヴィッヒの器の鎧は、それ自体が防具として圧倒的な防御力を誇りながらも、時魔法干渉能力や、一時的な高速移動を可能にする力をもつ、特殊な魔導具アーティファクトだという。


 それを、組合員全員が装備しているのだ。


 それだけでも軍隊としての実力は相当なものだろう。



(問題は、その軍隊を率いるタコスの実力か)



 その噂の大男が数秒もかからずマサトの目前へと到着すると、すぐさま口を開いた。



「驚きましたな。本当に世界主ワールド・ロードと手を組むとは」



 首領ドンタコスが放つ殺気に、その場の空気が凍りつく。


 だが、マサトは表情ひとつ変えず淡々と答えた。



「この通り、このフロアの守護者とは既に話がついたので、これ以上の戦いは不要です。お互いのためにも、ここは退いてください」


「ふむ……」



 タコスの鋭い眼光がマサトを見据えるも、マサトはその視線を真正面から見返した。


 マサトの背後にはシャルルがつき、後方のサヤを視線と殺気で牽制している。


 そしてそのふたりの周囲では、ヴィリングハウゼン組合の主力部隊と、マサトの支配下にあるモンスターたちが睨み合う形になっていた。


 唐突に外野から声があがる。


 ヴィリングハウゼン組合、第一班隊長のケイだ。



「ハッ! 笑えるな! この状況で退けだと!? 頭ん中に虫でもわいてんのか!? 誰がどう見ても劣勢なのはお前らの方だろうがッ!!」



 その一声をきっかけに、そうだそうだと野次が加わる。


 ケイに呼応した第一班の組合員たちがそのまま攻撃体勢に入るも、タコスが右手をあげたことで一瞬で静まった。



「どうか、我輩にこの腕を下ろさせないでほしい」



 そう告げたタコスの瞳に圧はなく、懇願しているようにも見えた。


 だが、ここでの後退は、守護者の死に繋がる。


 それはマサトも分かっていた。



「すまない。俺も引くことはできない」


「それは、命を賭けるほどのものだということですな?」


「そうだ」


「……ふむ」



 マサトの言葉に、タコスは一瞬肩を落とすも、すぐに大きく息を吸い込んだ。


 タコスの瞳に、再び強い圧が戻る。



「であれば、容赦しませんぞ」


「ああ、こちらもそのつもりだ」



 その言葉が口火となり、ヴィリングハウゼン組合との全面戦争へと突入する。


 タコスが右腕を振り下ろし、マサトも予め両手に溜めていた魔力マナを解放しにかかった。



「総員、攻撃ぃいいッ!!」

悪魔的集団憑依デモニックマスポゼッションッ!!」

 


 奇しくも、ふたりの言葉が重なる。


 振り下ろされたタコスの右手を合図に、ヴィリングハウゼン組合の主力部隊が一斉に攻撃へと転じ、マサトが行使した魔法は、黒い波動となって周囲に放たれた。



「ヌッ!? これは――」



 即座にそれが危険なものだと判断したタコスが、振り下ろした右手を急いで戻した。



「回避ィイイッ!!」



 だが、攻撃動作へと転じていた組合員がその指示を受け取るには、少しの時間が必要だった。


 マサトの放った黒い波動が、モンスターへと突撃していくヴィリングハウゼン組合員たちを、瞬く間に飲み込んでいくと、警戒した組合員たちの進軍が一瞬止まる。


 そこでようやくタコスの指示に気付いた者も多かった。


 だが、時既に遅く、黒い波動の中では、悪魔デーモンの姿をした無数の影が、組合員たちに次々と襲いかかっていた。


 真っ先に対策へと動いたのは、マサトのすぐ後方に待機していた第五班隊長のサヤだ。



「シェイド!? それなら――」



 サヤが首から下げたペンダントの宝石を取り出すと、素早く魔力マナを込めた。


 予め封じ込めておいた浄化の広域魔法を解放するためだ。


 宝石はサヤの魔力マナに反応し、瞬く間に白い光を放ち始める。


 その光は急激に強くなり、周囲を白く照らし始めるも、まるで蝋燭の火が吹き消されるように、一瞬で消えてしまった。



「な、なぜ!? まさか……」



 サヤが振り向いた視線の先にいたのは、守護者であるエヴァーだ。


 エヴァーの金色の瞳が、サヤのことをじっと見つめていた。



「くっ……」



 悔しさで顔を歪ませたサヤへ、悪魔デーモンの姿をした影が襲いかかる。



「寄るなッ!!」



 サヤは魔法を宿した剣で斬りかったが、影に効果はなかった。



「どうして!?」



 驚愕するサヤの顔を、嘲笑った表情の影が両手で掴んだ。


 サヤが必死に振り払うも、まるで幻覚を見ているかのように全て通り抜けてしまう。


 それでいながら、影がサヤの正面から離れることはなかった。



「い、いや、あ、ああ……」



 影の一部が、サヤの目や口などから体内へと侵入していく。


 そしてそれは、タコスも例外ではなかった。



「ぐぬぅうッ!?」



 タコスの顔にも黒い影が張り付き、体内に侵入しているところだった。



(よし、タコスが回避できないのであれば、他の者も回避はできないだろう)



 マサトが手応えを感じる。


 悪魔的集団憑依デモニックマスポゼッションは、周囲の人族限定で影響を与えることができる領域付与魔法エリアエンチャントだ。


 その効果は、Lv3相当の悪魔を憑依させ、洗脳することにある。


 Lv3相当とは、金箔付きフクロウギルデッド・オウルの [モンスタートレードLv3] のLv3と同じ基準になるため、マサトは第六班隊員のマダンパくらいの相手であれば効果があると踏んでいたのだ。


 だが、タコスら隊長格には最初から洗脳が成功すると思っていなかった。



(今は時間稼ぎができればそれで十分だ)



 そうしている間に、黒い波動が集結した組合員全員を飲み込み終えた。



(思いの外、発動と効果範囲の広がりが早かったな)



 初めて行使するカードだったため、こればかりは賭けだった。


 発動に時間がかかることも想定し、シャルルとカシには迎撃の準備をさせていたが、その必要もなくなる。


 直前にタコスが攻撃指示を出したことで、相手が距離を詰めてきていたのも功を奏したようだ。


 それにより、悪魔的集団憑依デモニックマスポゼッションを警戒して距離を取られることもなかった。



(初手は上手くいった。あとは隊長格か……)



 目の前のタコスに集中する。


 マサトの予想通り、タコスは悪魔的集団憑依デモニックマスポゼッションに抵抗してみせた。



「我輩を乗っ取ろうなどッ! 笑止千万ッ!!」



 タコスの身体が輝き、周囲の黒い波動が弾き飛ばされるようにして掻き消される。


 全身から気迫を滾らせたタコスが、鬼神の如き眼光のままマサトを見据え、間髪入れずに動く。



(さすがに切り替えが早いッ!!)



 凄まじい速度で猛進してくるタコスへ向けて、マサトもすかさず雷撃を放つ。


 黒杖の先から、爆音とともに一筋の雷光が迸り、タコスが咄嗟に翳した左手の甲を捉えた。


 だが、タコスが失速した様子はない。


 手応えもなかった。



「チッ、対策済みかッ!!」



 雷撃は左手の手甲に吸われてしまったようだ。


 雷撃では駄目だと、直線的に向かってくるタコスへ向けて火球を連続で放つ。


 即座に放たれた三発の火球が、火花を散らしてタコスへ向かうも、寸前で姿が高速で左右にぶれ、半ば半透明になったタコスを素通りしてしまった。



(これも駄目ならッ!)



 ならばと、マサトも黒杖を短剣に持ち替え、拳を強く握りしめる。


 猛然と迫るタコスに、マサトも背中から炎を噴射して突っ込んだ。


 打ち合いならマサトにも自信があった。



「フッフ! 我輩の拳に向かってくるとはッ! その気概や良しッ! いざッ、尋常に勝負ッ!!」

「ウラァアッ!!」



 タコスの光り輝く拳が振り抜かれ、炎に包まれたマサトの拳が迎え撃つ。


 拳がぶつかり合う衝撃で、周囲に強烈な衝撃波が発生した。


 だが、ふたりは弾かれることなく、互いの拳をぶつけた状態のまま、鍔迫り合いの如く力比べへ移行した。



「ヌゥウッ!!」

「グゥウッ!!」



 光と炎が、ふたりを中心に幾重もの輪になって周囲へ広がる。


 ふたりの力は拮抗していた。


 否、マサトは全力だったが、タコスは余力を残していた。


 兜から覗くタコスの口がニカッと笑う。



(なにッ!?)



 突如、マサトの右拳をいなすように、タコスは右拳を引っ込めた。



(クソッ! やられたッ!!)



 そして新たに繰り出される光輝く左拳。


 マサトは心の中で悪態を付きつつ、タコスの連打ワンツーに対応しようと身体を丸めながら高速で捻る。


 通常では回避不能な速度で繰り出されたタコスの連打も、背中から噴射した炎によって爆発的な推進力を得たマサトが相手では勝手が違った。


 タコスの左拳にカウンターとなる形で、マサトの裏拳がタコスの脇腹に炸裂。


 金属が弾ける音が響き、衝撃で発生した閃光と火花とともに、タコスを豪快に弾き飛ばした。


 だが、攻撃を入れたはずのマサトの左手も無傷ではなかった。



(チッ、甲冑に直で突き刺したのは無謀だったか……)



 血だらけになった左手。


 その手に持った月食の双剣ハティ・ファングは、刀身が根本から折れていた。


 タコスの光速の連打を上回る速度で対応できたのは、この月食の双剣ハティ・ファングのもつ能力のひとつ [俊敏Lv4] 効果のお陰だ。


 だが、純粋な力比べで負けたことに、マサトは少なからず悔しさを感じていた。



(今の俺のステータスを上回るのか。あれほどの高い格闘能力に、あの硬い甲冑。戦いやすいはずの近接相手が、ここまで厄介になるとは……)



 そのタコスはというと、体勢を戻し、脇腹に刺さった刃を抜き取っていた。


 月食の双剣ハティ・ファングの刀身は、衝撃にこそ耐えられなかったものの、しっかりと甲冑を貫通していたようだ。


 血のついた刃を投げ捨てたタコスが口を開く。



闇の支配者ザ・ダーク・ロードともなれば、魔法だけでなく、格闘技能にも秀でているようですな。どうやら我輩にも少々奢りがあったようです」



 そう告げながら、タコスは両手を腰にあて、呼吸を整え始めた。


 タコスの身体から漂っていた光が、身体の中へと収束するような感覚を、マサトが感じ取る。



(精神統一か何かか……? 嫌な予感がする)



 その直後、タコスの瞳がカッと見開いた。



「フンッ!!」



 豪快な鼻息とともに、タコスの筋肉が一回り大きくなる。


 その瞬間だけ脇腹から血が飛び出るも、すぐ止まった。



「フゥウウウウ……」



 タコスが左手を前に構えつつも息を整えている。


 その様子は、格闘マンガの終盤に出てきそうな圧倒的強者である仙人や、筋骨隆々の老人キャラのそれだ。


 先程とはまた違った気迫を纏ったタコスに、マサトが溜息を吐く。



(これからが本番だと言わんばかりの様子だな……)



 痺れの取れない左手を動かしながら、周囲の状況を把握していく。


 副隊長以下の大半は洗脳できたようで、新たな繋がりが大量に増えていた。



(よし、これなら……)



 その繋がり全てに、一斉に思念を送る。


 その間も、決してタコスから目を逸らしたわけではなかった。


 だが、一瞬で目の前まで肉迫されたことに、マサトは驚愕した。



「クッ…!!」



 左手を前に伸ばし、右拳を後ろに引いた状態のタコスが、目前で停止する。


 拳を伸ばしても届く距離ではない。


 だが、明らかにその右拳には魔力マナの凝縮が感じ取れた。



(不味いッ!!)



 回避に動けば的確に狙いうちされる絶妙な間合い。


 そう直感で感じたマサトは、背中から炎を噴射し、突撃の選択を取った。



(前への直進なら間に合うッ!!)



 マサトに距離を詰められたことが予想外だったのか、タコスが目を見開くも、次の瞬間には口元に笑みを作っていた。



「そうきたかッ! だがッ!」



 マサトの突撃に合わせて、タコスも高速で後退した。



(くッ……速い……)



 直後、タコスの右拳が眩い光を放つ――。



白鯨光殺拳モビィ・ディックリンガーッ!!」



 突き出されたタコスの右拳から放たれる白い光。


 その光は極太の線となり、マサトの腹部を穿った。



「ぐふっ……」



 だが、その直後、タコスにも火球が直撃。


 タコスの姿が爆炎の中に消える。


 マサトは、タコスが攻撃を繰り出すタイミングで、自身も火球を放っていたのだ。


 たとえそれが苦し紛れの一撃だったとしても、その効果は十分にあった。


 火球を受けたタコスは追撃の機会を失い、マサトは再びタコスと距離を取ることができたからだ。


 腹を直撃した、まるで鈍器で連打されたかのような凶悪な光線も、タコスが攻撃を受けた影響か、身体を捻ることで抜け出すことができた。



(とはいえ、まともに全て受けていたら危ない一撃だった……)



 痛む腹を擦りながら、急いでシャルルとエヴァーの元へ戻ろうと加速する。


 だが、爆煙から光を纏って飛び出てきたタコスが、そうはさせまいと、再びマサトへ追従した。



(態勢を立て直させない気か!)



 タコスの怒涛の猛攻は、それだけで強い圧力プレッシャーになる。


 マサト自身も、無策で挑んでいたら危なかったかもしれないなと、考えたほどだ。



(純粋なステータスアップも課題か……)



 後退を止め、猛進してくるタコスと対峙する。


 急に立ち止まったマサトの行動を訝しんだのか、一瞬だけタコスの眼が大きく見開いたが、スピードを緩めることはしなかった。



「次も耐えられますかなッ!?」



 今度はタコスの両拳が光輝いている。


 マサトはタコスを見据えたまま微動だにしない。



「また何か手品ですかなッ!? 笑止ッ! ならば篤と受けきってみせよッ! 我輩の奥義がひとつッ! 白王流星乱殺波ハクオウリュウセイランサツハァアアアアッ!!」



 突き出されたタコスの両手から、眩いばかりの無数の光の玉が一斉に放たれる。


 散弾銃の如く放たれた光の玉は、そのままマサトへと向かい――突如迫り上がってきた白い光の壁に阻まれ、一斉に弾けた。



「何ッ!?」



 そのまま直進していたタコスも慌てて急停止する。


 マサトとタコスを隔てた光の壁は、遥か上空まで伸びていた。



「これは……」



 タコスが周囲を見渡す。


 白い光の壁は、マサトだけでなく、守護者やシャルルを囲むように張られている。



遮断する白いプリズムホワイトプリズムアレイ……?」



 タコスが疑問を口にする。


 タコスは、カシが対象の捕獲を試みたのだと考えたが、引っかかる点がいくつかあった。


 まるで遮断する白いプリズムホワイトプリズムアレイで遮断されると分かっていたかのようなマサトの態度。


 それに、遮断する白いプリズムホワイトプリズムアレイは既にマサトには効かないことが分かっていたはずで、時間稼ぎにしかならないそれを、マサトが助かるようなタイミングで実施されたことに強い違和感があった。


 極めつけは、遮断する白いプリズムホワイトプリズムアレイの中で、マサトと一緒にいるカシ自身だ。



「カシ、お主がなぜそこに……」



 タコスの問いに、カシは両手をあげて肩を竦めた。


 マサトが代わりに答える。



「敵の本丸を落としたいなら、まず外堀から埋めろというだろ」


「なんですと? お主、まさか……!!」



 タコスが周囲を見渡す。


 いつの間にか、マサトが放った黒い波動や悪魔デーモンのような影たちは消えていた。


 そこにいるのは、タコスが総攻撃を告げたときと変わらず、マサトの支配下のモンスターたちと、ヴィリングハウゼン組合の部隊だけ。


 だが、その組合員たちの瞳は、ただただ真っ黒に染まっていた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

▼おまけ


【SR】 悪魔的集団憑依デモニックマスポゼッション、(黒×5)、「エンチャント ― 領域エリア」、[人族限定、悪魔憑依Lv3] [悪魔憑依補正+2/+0]

最上級悪魔ジェネシス・デーモンの中には、そこにいるだけで周囲の人族を支配できる存在もいる。悪魔はあの手この手で人族の心の中へ魔を忍ばせてくるが、あいつだけは別格だ。真に心の強い者でなければ、六つ羽の悪魔セラフデーモンの前には決して立つな。魔に取り込まれるぞ――白き伝道師ケアルガ」



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