303 - 「黄金のガチョウのダンジョン17―第六班隊員マダンパ」


 第六班隊長であるカシと昔から交流があり、第六班設立時からの在籍メンバーでもあるマダンパが、カシ隊長に緊急の用件を受ける。



(なんで俺だけ呼ばれたんだろ……)



 そう疑問が頭に浮かぶも、特に深く考えるまではしなかった。


 それよりも、後から到着した中級悪魔ミドル・デーモンの群れが気になって仕方がなかった。



悪魔デーモンをこんなに従えるなんて、どこぞの魔王かよ……それにハーピーや頭部のない気味の悪い翼竜も。一体あいつらは何者なんだ……?)



 今は何もせずその場に滞空している中級悪魔ミドル・デーモンを横目に、上がった息を整えつつ、急いでカシ隊長の元へ向かう。


 すると、ついさっきまで、まるで死神のように同僚たちに死を振りまいていた黒髪の女が真っ先に視界に入った。



「げっ!? い、いつの間に……」



 思わず声に出し、その場に停止する。


 黒髪の女はカシ隊長から大分距離が離れた反対側にいたはずだったが、いつの間にか回り込まれていたことに驚いたのだ。


 接近してきたマダンパを警戒したのか、黒髪の女がマダンパのことをじっと見据える。


 その光のない黒い瞳と目が合うと、マダンパの全身を恐怖が駆け巡り、一瞬で身体が硬直した。



(ひっ……)



「止せ、シャルル」


「はい、旦那様」



 炎の翼を生やした男に咎められ、黒髪の女が素直に従う。


 女が視線を外すと、マダンパはそれまで呼吸ができていなかったことにようやく気付いた。



「はッ、はぁはぁ……」



(な、なんつー殺気……ば、化け物かよ……でも、もう攻撃してこないよな? だ、大丈夫なんだよな?)



 女の一挙一動にびくびくしながらも、カシ隊長の元へ移動する。


 カシ隊長は、不思議なほどに落ち着いていた。



「あの、カシ隊長、俺を呼びましたか?」


「呼んだ呼んだ。ちょっとそこでじっとしてて。この方……えーっと、何てお呼びすればいいですかね?」



 話の途中で、カシ隊長が炎の翼を生やした男に問うと、男は素っ気なく答えた。



「セラフでいい」


「了解です。では、このセラフ殿がお前に試したいことがあるそうだから、何をされてもそこでじっと耐えるように」



 それだけ告げると、返事を待たずにその場からそそくさと離れた。



「……へ? な、なんで」



 告げられた意味が理解できないと、マダンパがカシ隊長に説明を求めようとするも、横から身の毛もよだつほどの強い視線を感じ、思わず口を噤んでしまう。



「ひっ……」



 殺気のこもった強い視線を送ってきた主は、黒髪の女だ。



(な、なんだよ!? お、俺に一体何をするつもりなんだよ!?)



 マダンパの不安が高まると、セラフと名乗った男が告げた。



「大丈夫。傷付けるつもりはない。シャルルも脅す必要はない。他の者に勘違いされても困るから控えるように」


「はい、旦那様」



 女が目礼しながら返事をすると、マダンパは金縛りのような状態から解放された。



「はぁ……はぁ……よ、良かった。呼吸できる……」



 どっと押し寄せてきた疲労感に背中を丸めながら、恐る恐るマダンパがセラフの方を向く。



「ほ、本当に大丈夫なんですよね……?」


「ああ、ちょっとした召喚魔法を見ていてほしいだけだ」


「召喚……ですか」



(見るだけならまぁ……でも、なぜ俺に……)



 疑問も湧いたが、カシ隊長も了承済みなら危険はないだろうと、マダンパは流れに身を任せることにした。



金箔付きフクロウギルデッド・オウル、召喚」



 セラフがそう告げると、青い光の粒子が舞い上がり、男の肩に鳥の形を作り始めた。


 男が告げた通り、恐らくフクロウだろう。



(本当に召喚できるのか……しかも簡易詠唱ショートキャストで。凄いな……)



 目の前で起こる幻想的な光景に、マダンパが呑気に感心する。


 鳥の形に集まった光が霧散して消えると、グレーと白の無彩色に、金粉を散りばめたように金色が混ざった羽毛で覆われたフクロウが姿を現した。


 体長こそ40cmくらいしかないが、翼を大きく羽ばたかせた姿には中々の迫力があった。



(おお、どことなく神々しさを感じるフクロウだ。そういえば、戦闘中に一瞬だけ、大天使アークエンジェルみたいなのが見えた気がしたのは、見間違えじゃなかったのか……?)



 マダンパが、最初は気の所為だと記憶の外へと一度追いやった光景を思い出していると、セラフが指差しながら言葉を発した。



「対象は、あの男だ」



(……ん? 誰?)



 男の指先が自分の方向を指していたが、マダンパは自分のことだと思わずに振り向いた。


 だが、誰もいないことに気付く。



(……まさか) 



 急いでセラフの方に向き直ると、フクロウが獲物を狙うような姿勢で、こちらを見据えていることに気が付いた。



「え、ど、どういうこと……?」



 マダンパは男に説明を求めようとするも、フクロウの瞳が怪しく輝いたのを見た瞬間、思考に靄がかかり始めた。



(あー……なんだこれ……なんかふわふわして……あー……)



 そして何も考えられなくなる。


 数秒間、口を空けたまま呆けたマダンパだったが、次の瞬間には瞳に光を戻し、何事もなかったかのように姿勢を正した。


 その様子を一瞥したセラフが呟く。



「よし、成功だ」



 新しい思想の上書きによって生まれ変わったマダンパが、先程とは打って変わって落ち着いた様子で話し始めた。



「俺はこれから何をすればいいですか?」


「指示を出すまで、ひとまずそこで待機だ」


「分かりました」



 セラフがマダンパの返事に頷くと、セラフは飛び立とうと羽ばたいていたフクロウの足を掴み、勢いよく燃やした。


 フクロウは燃え盛る炎の中で数回藻掻くように羽ばたいたが、すぐさま動かなくなり、そのまま灰と青い光の粒子に変わった。


 灰は風によって流されるようにして消え去り、青い光の粒子は男の胸へと吸い込まれていく。


 マダンパはその光景を見ながら、この人が俺の新しい主人かぁと、まるで他人事のように呑気に考えていた。




◇◇◇




(これならいける)



 金箔付きフクロウギルデッド・オウルによる [モンスタートレードLv3] 効果によって、ヴィリングハウゼン組合員のひとりを支配することに成功したマサトが、心の中で喜ぶ。


 カシに呼んでもらったマダンパという男は、班ごとの実力差はあるものの、第六班では副隊長クラスの実力がある組合員だった。


 つまり、副隊長クラスであれば、金箔付きフクロウギルデッド・オウルで支配できる可能性が高いことになる。



(不安要素がないわけではないが……念の為聞いておくか)



 マサトがカシに問う。



「組合の中に、対抗魔法カウンタースペルに長けている人がどのくらいいるか情報がほしい」


「あー、なるほど。対抗魔法カウンタースペルとかの古代魔法ロストマジックを使える人がいるっていう話は聞いたことないですけど、妨害系なら第四班ですかね。苦言のユージと呼ばれる第四班隊長が青魔法使いで、結構な曲者ですよ」


「当然いるか……」



 魔法を行使する上で、最も警戒しなければいけないのは、対抗魔法カウンタースペルなどの、魔法の発動を妨害したり、効果を無力化する魔法である。


 呪文が成功しなければ、戦況を劇的に変えることが難しくなるからだ。


 他にも警戒すべき魔法はある。



付与魔法解除ディスエンチャントはどうだ?」


「それなら、もうすぐここに到着する第五班が長けてますかね。因みに第五班は、状態異常の回復や治療が主な役割です」


「最初に突破したあの部隊か」



 モンスタートレード効果で得た支配権コントロールは、付与魔法エンチャントとはまた性質が異なるため、付与魔法解除ディスエンチャントで解除できる類いのものではない。


 だが、これからマサトがやろうとしていることは別だ。


 ふと、マサトが気になったことを口にする。



「それなら、第六班は何に長けてるんだ?」


「俺の部隊ですか? えーっとですね、第六班は魔導具アーティファクトの扱いに長けてる……といえば聞こえはいいですが、早い話、荷物持ち的なポジションですね。どんな状況にも臨機応変に対処できるように、物資だけは色々所持してるんで。便利屋なんて呼ばれたりもしますが、戦闘能力は班の中で一番低いので、見下してくる奴も多いのが実情ですかねぇ」



 しみじみと話すカシが、何かを思い出したのか、自慢げに話を続けた。



「あ、でも、ご主人は運がいいですよ。対抗魔法カウンタースペル付与魔法解除ディスエンチャントの代用となるような効果をもつ魔導具アーティファクトは、俺ら第六班が全て管理してるんで」


「本当か?」


「ええ。ほら、一見少人数で陣形組んでるように見えるあそこ」



 カシが指差した方角には、第六班の隊員6人がまとまって待機している。



「あの中央に、四角い箱を背負ってるのがいるでしょ? あの箱に魔導具アーティファクトが保管されてるんですよ。俺らの班では魔持ちって呼んでますけど。まぁこれが荷物持ちと呼ばれる所以ではありますね」



 第六班では、その魔持ちを中心に陣形を組み、状況に応じて魔導具アーティファクトを使い分けるようだ。


 更に一際大きな箱を背負っている者は、他の部隊でも使用する強力な魔導具アーティファクトを保管しているらしく、その護衛には副隊長クラスがつき、どんな状況でも魔持ちの護衛第一に動くよう指示されている。


 シャルルとの戦いでも、戦いに参加せず、少しずつ主戦場から離れていっていたようだ。



「その情報は重要だ。助かる」



 戦場において一番厄介な存在となり得た第六班の隊長の支配権コントロールを、先に奪えたのは幸運だったといえよう。



「今から、これからの作戦を手短に話すが、この作戦には位置取りが重要になる。それを念頭に置いて聞いてほしい」



 そう前置きを入れつつ、マサトはこの後のことについてカシとマダンパに共有した。




◇◇◇




 第五班隊長であるサヤが、まだ戦える隊員たちを引き連れて高速で空を飛ぶ。


 標的は、こちらを攻撃して強行突破していった炎の翼を生やした男だ。



(よくも私の部下を……!!)



 剣を抜き、そのまま炎の翼の男目掛けて斬り込もうと魔力マナを込めると、突然目の前にカシが割って入り、両手を広げて叫んだ。



「ストーップ! ストップ!!」


「邪魔よ!!」



 強引に突っ切ろうとしたサヤに慌てたカシが、身体を張って制止に動く。



「おおおっと、サヤ姉落ち着いて! 話はもうついたから!」


「話がついたですって!? カシ! あなた、一体どういうつもり!?」



 カシに止められたサヤが怒りの声をあげる。


 第五班だけでなく、第六班ですら、少なからず死傷者を出している。


 それでいて話がついたなど、サヤは当然受け入れることができなかった。


 だが、カシはさもその反応が当然のことのように話を続けた。

 


「気持ちは分かるけど、これも首領ドンの命令だから! このままこの人を首領ドンのところまで連行しないと! それでも納得できないのも分かるっちゃ分かるから、サヤ姉はもしもの時の警戒でもしといて! もしまたあいつが何か変な動き見せたら、その時は斬り捨てていいから! ね!?」


「そんな……くっ」



 納得がいかない様子のサヤだったが、首領ドンの命令であれば従うしかない。


 カシが脅されていたり、少しでもいつもと違う態度を見せれば、その発言を無視する理由にもなり得たが、サヤが見る限り、カシはいつもと変わった様子はなかった。


 嘘をついているようにも見えず、少し迷った末、渋々了承することに。



「本当に、大丈夫なのよね?」



 小声で確認してくるサヤに、カシが溜息混じりに答えた。



「ふぅ〜、大丈夫じゃない? 首領ドンの考えだから、本当のところはどうか知らないけど。俺はもう帰って早く寝たいよ」



 呑気なカシの態度にサヤがムッとするも、いつもの調子のカシに安心する。



「あなた自身はどうなの? あなたにしては、相当派手に交戦していたようだけど」


「え!? サヤ姉が俺の心配!? 嘘でしょ!? サヤ姉こそ大丈夫なの!? 頭強く打ったとか……」



 カシの冗談に、兜の内側でサヤが眉間にシワを作りながらも微笑む。



「いや、冗談です。すみません。俺は大丈夫です。はい」


「あなたの今の態度は覚えておきます」


「げ……軽い冗談なのに」



 肩をすくめるカシに、今度はサヤが大きな溜息を吐くと、後ろに待機していた部下に指示を出した。



「副隊長のふたりと、1等位の者は、私について来なさい。2等位以下の者は第六班とともに周囲にいる悪魔デーモンとハーピー、それと顔のない翼竜の警戒」



 第五班は、班内に階級を作っており、その階級を等位という表現で呼んでいた。


 隊長、副隊長に続き、1等位、2等位、3等位という順番で階級付けされ、等位が少ないほど、戦闘能力も高くなる。


 通常であれば、1等位をリーダーとして複数の少人数陣形を組むが、今回は異常事態だった。


 サヤは男が自分よりも強い力をもっていると判断したため、隊長である自分を中心とした第五班最強の陣形を組むに至ったのだ。


 サヤが副隊長のふたりに小さな声で告げる。



「すぐに攻撃できるよう警戒していなさい。もし、あのふたりが少しでも変な行動を見せたら、私が先陣を切ります」



 副隊長のふたりが、サヤの命令を受けて静かに頷く。


 ふたりもサヤ同様、マサトの雷撃1発で戦闘不能状態にされた直後だったため、警戒心はすでに高かった。


 先程から睨むようにマサトの動きを注視しており、その気迫も相当なものだ。


 最初のような失態は繰り返さないだろう。


 そしてそれは、サヤ自身にも言えた。



(あの男は危険。交渉が上手くいかないと踏めば、すぐ武力行使に出るはずだわ。次はやられるものですか)



 瞳の奥で、復讐の炎を燃やしたサヤが、兜越しにマサトを睨みつけるように凝視しながら、マサトの後方へ付く。


 マサトはそんなサヤを一瞥するも、すぐ前を向き、カシに誘導されるがまま移動し始めた。


 それに合わせ、周りを包囲していた第六班の隊員たちも一斉に動き始める。


 皆が向かう先では、ヴィリングハウゼン組合の主力部隊が、今も尚、激しい戦闘を繰り広げていた。



――――――――――――――――――――

▼おまけ


【R】 金箔付きフクロウギルデッド・オウル、1/1、(青)(1)、「モンスター ― 鳥」、[召喚時:モンスタートレードLv3] [飛行] [攻撃参加時:ドローLv1]

「さぁ世にも珍しい金箔模様のフクロウ、魔法使いの格があがること間違いなしの一品です。使い魔としていかがでしょう? 今なら特別に、あなたのお友達と交換でもいいですよ? ホホホ――闇市の鳥飼いホホー」


【UC】 第六班隊員マダンパ、1/2、(3)、「モンスター ― 人族」、[武器装備時の追加補正+1/+0] [防具装備時の追加補正+1/+0] [搭乗時の追加補正+2/+2]

「実力は副隊長クラス以上なのに、楽するためにずっと爪を隠してる。まぁ俺と似て出世欲がないからなあいつ――同郷のカシ」




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