291 - 「黄金のガチョウのダンジョン5―モンスターラッシュ」

「情報はそれだけか?」



 マサトがチョウジに詰め寄る。



「そ、それだけッスよ……覚えてるのは」



 目を逸らして動揺しているが、嘘をついているようには思えなかった。


 だが、引っかかる点はあった。



「自分も死ぬかも知れないのにやけに落ち着いてるな」


「いやぁ、旦那たちなら突破できると思ってるだけッス。ハハハ……」



 何か隠している。


 そう確信するも、問い詰めている時間はなさそうだった。


 ヴァートが叫ぶ。



「と、父ちゃん! 池から何か出てきた!!」



 30メートルくらい離れた場所にあった池から、水飛沫をあげて姿を現したのは、背中に大きな卵をいくつも背負った――巨大なタガメだった。


 地上に上がった時の身体の大きさは、2メートルくらいはある。


 それを見たアシダカが話す。



「あれは、|嵐呼びの(タイフーン)コオイムシですね。本来は20階層の守護者として現れるモンスターです。動きは鈍いですが、嵐呼びの名の通り、風魔法攻撃を使ってくるので、距離を取っていたとしても注意が必要です。また殻が硬いので物理ダメージが通り難く、口に付いている口針で、獲物の体液を吸って捕食するので、決して捕まらないよう気を付けてください」


「うぇ……」



 吸われる光景を想像したのか、ヴァートが苦々しい顔をすると、アシダカがマサトに提案した。



「マサト様、いざとなれば黄金のガチョウの帰還石を使ってダンジョンから離脱できますので、その時は合図をお願いいたします」



 帰還石とは、特定のダンジョンから一瞬で抜け出すことができる|魔導具(アーティファクト)だ。


 ワープポイントの水晶と同様、|魔力(マナ)を込めて起動するだけで、自分と自分か帰還石に触れた者も含めて転移させることができる高級アイテムでもある。


 だが、その提案にチョウジが口を挟んだ。



「それは多分、無理ッスよ」


「どういうことだ?」


「この菫色のモンスターハウスでは、帰還石が発動しないはずッスね。いくらその帰還石が貴重なものでも、それで帰還できるなら、1人くらい生還者がいるはずッスから。嘘だと思うなら試してみるといいッスよ」



 アシダカが糸のように細い目を薄っすらと開けて、チョウジをじっと見つめる。



「いやいや、そんな怖い顔で睨んでも現実は変わらないッス」



 すると、再びヴァートが叫んだ。



「と、父ちゃん! あのでかい虫近付いてきてるって! どうするの!? やるの!?」


「ああ、そうだな。シャルル」


「はい、旦那様」



 シャルルが左手を|嵐呼びの(タイフーン)コオイムシへと向け、黒い光の粒子を纏い始める。


 その様子を横目に、マサトはアシダカに聞く。



「その帰還石はひとつだけか?」


「いいえ、予備を合わせて3つほど持参しております」


「起動のキャンセルは?」


「一度起動してしまうと、発動まで中断はできません」


「なら、ふたつを地面に置いて、試しに起動してみてほしい」


「承知しました」



 アシダカが黄金色の小さな帰還石をふたつ地面へ置くと、手に持った帰還石に|魔力(マナ)込めた。


 だが、帰還石は反応しなかった。



「どうやら、その者の言ったことは正しいようです。帰還石が起動しません」


「そうか。なら全力で戦うしかないな。ここのクリア条件は、モンスターの全滅か?」



 チョウジが答える。



「多分スけど、ボスクラスのモンスターだけ全滅させればいけるはずッスね」


「分かった」



 ようやく話が終わり、マサトが|嵐呼びの(タイフーン)コオイムシへと視線を戻すのと、シャルルが掌から黒い光線を放ったタイミングは同時だった。


 黒い光線は|嵐呼びの(タイフーン)コオイムシの硬い殻を貫き、そのまま遠方へと消える。


 その数秒後、頭部に円形の大穴があいた|嵐呼びの(タイフーン)コオイムシが、そのまま力なく地面に伏した。



「まずは一匹」


「20階層の守護者も一撃ッスか……本当にデタラメッスね……」


「父ちゃん! 今度は空から何かいっぱい飛んできてる!!」



 前方の空からは、キャーキャーと甲高い声をあげた女面鳥身のモンスター軍団が迫ってきていた。


 その中で一際大きな個体を見たアシダカが口を開く。



「あの群れの中央、顔の上半分が毛で覆われた、二対の翼を持った大型のハーピーは、40階層の守護者――|夜想曲を奏でる人面鳥(ノクターン・ハーピー)です。ボス自体の戦闘力はそれほど高くありませんが、あれの歌声には強い催眠効果があり、とても厄介です。その周辺を飛んでいるのは、おそらく|舞い踊る人面鳥(ダンシング・ハーピー)でしょう。動きが素早く、鋭利な鉤爪による攻撃を得意としているのでこちらも油断はできません」



 |夜想曲を奏でる人面鳥(ノクターン・ハーピー)は確認できる限りでは1体だが、その周辺を飛ぶ|舞い踊る人面鳥(ダンシング・ハーピー)はかなり多い。


 すると、今度はパークスが後方を見ながら話し始めた。



「前方だけに気を取られるな。後方からも何か近付いてきている」



 皆が振り向くと、菫色の空に溶け込んではいるが、何かが無数に動いているのが見えた。



「あれはなんだ?」



 目を凝らしてもはっきりとは視認できなかったマサトがそう聞くと、すかさずアシダカが答えた。



「30階層の守護者である|鳥使いの亡霊(ゴーストバードキャッチャー)と、その使い魔である|幽霊の夜鳥(ゴーストバード)の群れでしょう。姿が透明で視認し難いことと、実体がないために物理攻撃が効き難いことを除けば、大した敵ではありませんが、|鳥使いの亡霊(ゴーストバードキャッチャー)は、死んだモンスターから|幽霊の夜鳥(ゴーストバード)を作り出す特殊能力をもっているので、この状況で混戦になると厄介です」


「眠りのデバフを撒き散らしてくるハーピーと、他モンスターの死亡起因で仲間を召喚してくるゴーストか」



 マサトがそう呟くと、チョウジが嘆いた。



「こりゃ酷いフロアッスねぇ……守護者クラスが連続で、しかも同時出現って……これじゃあ生還者0人っていうのもあながち嘘じゃないスね」



 そう言いつつも、チョウジから悲壮感は感じなかった。



(まだ余裕があるな。それほどの実力者か、何か秘策があるのか……)



 疑問が浮かぶも、マサトはシャルルに次の指示を与える。



「シャルル、|悪魔(デーモン)を召喚できるか?」


「お望みとあれば何体でも」


「なら、|上級悪魔(ハイ・デーモン)と|中級悪魔(ミドル・デーモン)を数体召喚して、ゴーストの対処に。そのまま後方の対処を頼む」


「はい、旦那様」



 チョウジが何言ってんスか?という顔でマサトとシャルルを見るも、気にせず話を続ける。



「ヴァートは|地獄の猟犬(ヘルハウンド)と|礼拝堂の守護霊(ガーディアン・オブ・チャペル)、それにプロトステガの伝書影を展開して周囲を警戒。もしもの時に備えておけ」


「分かった!」


「パークスとアシダカ、それにチョウジは左右の警戒を。全方位から敵が攻めてくるなら、なるべく固まって応戦した方がいいだろう。前方のハーピーは俺が対処する」



 |夜想曲を奏でる人面鳥(ノクターン・ハーピー)の驚異が眠り攻撃だけというなら、眠りの森のダンジョン踏破時に、称号『|眠りの森の殺戮王(カーネイジキング)』の効果のひとつである [眠り攻撃無効] を得たマサトにとっては、脅威にならない。


 マサトの提案に、パークスとアシダカが了承する。



「そうですね。それがいいでしょう。私は左側を担当しますので、あなたふたりは右側を担当してください」


「承知しました」


「へ? 自分もッスか?」


「まさか、この状況で何もしない気か?」



 マサトが怒気を強めて聞くと、チョウジは目の前で両手を振って否定しつつ答えた。



「いやいや、さすがに協力するッスよ! もちろん!」



 あまり頼りにはならなそうに見えたが、何かあればパークスが対処してくれるだろうと、マサトは前に向き直った。



(まずはあのハーピーの群れを焼き払うか……)



 |炎の翼(ウィングス・オブ・フレイム)を展開し、空へ飛び上がると、ドォンッ!と爆発音とともに、右手側から土煙があがった。


 その直後に、獣の咆哮が轟く。



――ヴォォオオオオオオ!!!



(また何か湧いて出たのか?)



 直後、次々に爆発音があがり、その度に土煙が発生する。


 すると、土煙の中から巨大な山羊のようなモンスターが姿を現した。


 湾曲した太い四本角に、闘牛を彷彿とさせる巨大な体格。


 だが、両目は肉食獣のように前方に付いている。


 その巨大な山羊が、こちらを見つめながら蹄で地面をかくと、再び咆哮をあげながら駆け出した。


 後方からは、同じように山羊のような、それでいて闘牛のようなモンスターが、続々と煙の中から飛び出してくる。



「アシダカ! あれは何だ!?」


「あれは……50階層の守護者、皇帝ミオトラグス・オクトかと! 物理だけでなく、魔法にも高い耐性をもち、水上歩行ができる上に、あの見た目で水魔法まで行使してくる強敵です!」



 さすがに堪えたのか、チョウジが少し狼狽える。



「マ、マジッスか……皇帝ミオトラグス・オクトまで? あれは1パーティが数日かけて少しずつ相手の体力を削って倒す系統のボスッスよ? あのしぶとい皇帝ミオトラグスも同時出現って、バグってんスかこのフロアは!?」



 すると、今度は左側の空が騒がしくなった。



(まだ湧いて出るのか……)



「今度はなんスか!!」



 チョウジの叫びに、さすがに冷や汗を浮かべ始めたアシダカが空を見上げて答えた。



「泥棒王……メガ・クロオウチュウ……」


「最悪じゃないスか……あいつらはヤバいスよ……マジで。白い服の兄さん頼んだッス」



 急に顔色が悪くなり始めたチョウジに、パークスが聞く。



「特徴は」


「あいつらは人様の|魔導具(アーティファクト)を奪う魔法を使えるんスよ。タチが悪いことに、その|魔導具(アーティファクト)を手足のように扱う特殊な操作魔法も。あいつは奪った|魔導具(アーティファクト)でこっちを攻撃してくるんで、とっておきの|魔導具(アーティファクト)とか武器を持っていたら、ここに置いていった方がいいッス。いやマジで」



 アシダカも頷く。



「泥棒王メガ・クロオウチュウが従えている小型の|泥棒鳥(クロオウチュウ)も、威力は劣りますが同様の魔法が使えます。貴重な|魔導具(アーティファクト)だけでなく、所持アイテムすらも根こそぎ奪っていくので、このダンジョンでは一二を争うほどに嫌厭されている守護者でもあります」


「なるほど」



 パークスが銀色の縁の眼鏡の位置を片手で直しつつ、なんでもないことのように答える。



「そういうことであれば、念のため|魔導具(アーティファクト)はここに置いていきましょう。ヴァート、代わりに預かっていてください」


「分かった!」


「ま、丸腰でいくつもりッスか?」


「私の心配よりも、自分の心配をした方がいいのでは? そちらから向かってくるモンスターの群れの対処は任せましたよ」


「ぐっ……」



 チョウジが返事に詰まるも、ヴァートは自信に満ち溢れた顔で答えた。



「任せて! 師匠!」


「では、私も行きます」



 パークスが風を纏って空へ飛び上がる。


 その様子を見たマサトも頷く。



(パークスなら問題ないだろう。シャルルも。不安があるとすれば、ヴァートたちか……)



 シャルルに念を送っておく。


 |上級悪魔(ハイ・デーモン)を数体、ヴァートの護衛に回してほしいと。


 大量の召喚には、マナの供給が必要とシャルルから回答がきたため、問題ないとマサトが了承すると、身体からマナが消えたのが分かった。



(召喚したマジックイーターには、こちらから不足分のマナを供給できるのか。それは使えるな)



 シャルルの能力を駆使すれば、カードの消費なしに|悪魔(デーモン)を召喚できる。


 このアドバンテージは相当大きい。


 白金貨1000枚の価値は十分にあったと、マサトも気分が良くなる。



(せっかくだから、これの性能も確認しておくか)



 前方へ向かって飛びつつ、眠りの森のダンジョンで、憎まれ役の大賢女マレフィセント・ヴィランが使っていた雷眼の鍛冶神アルゲスの黒杖を取り出す。


 [雷魔法攻撃Lv5] と [雷雲操作Lv3] の能力をもった優秀な|魔導具(アーティファクト)だ。


 それを片手に、ハーピーの群れの頭上に積乱雲を作り出すイメージでマナを込めると、菫色の空に黒い雨雲が急速に発達し始めた。


 ハーピーの群れがこちらに接近するまでには、まだ距離がある。



(この速度で生成できるなら、間に合いそうだな)



 少しすると、ひんやりと冷たい風が吹き、ゴロゴロと音がなり始めた。


 キャーキャーとハーピーの甲高い叫び声も次第に大きくなる。


 徐々に距離が狭まってきたのだ。


 |夜想曲を奏でる人面鳥(ノクターン・ハーピー)の幻想的な女面鳥身姿も、今でははっきりと視認できる。


 その口から発せられているであろう、耳に心地の良い歌も。



(そろそろ頃合いか……)



 マサトが黒杖を向け、マナを込めると、バチバチと鋭い音を立てて稲妻が杖を走り――黒杖の先端から極太の光線が放たれた。


 雨雲で暗くなっていた空間が、突如発生した閃光によって一瞬真っ白に染まる。


 その白い空間の中、光線から派生した稲妻が周囲へと無数に枝分かれしたのが微かに見てとれた。



――キェェエエエエエエエ!!

――――ギャー! ギャー!!



 白い空間に染まった世界から、|夜想曲を奏でる人面鳥(ノクターン・ハーピー)たちの断末魔の声があがる。


 マサトが稲妻の放出を止めると、身体の中心を大きく穿たれた|夜想曲を奏でる人面鳥(ノクターン・ハーピー)と、稲妻に打たれたのか、黒く焼け焦げたハーピーたちが落下していくのが見えた。



(念のため追撃しておくか)



 黒杖を振り下ろす。


 すると、再び閃光が走り、落ちていく|夜想曲を奏でる人面鳥(ノクターン・ハーピー)目掛けて複数の雷が連続で走った。


 直後に落雷の轟音が轟き、|夜想曲を奏でる人面鳥(ノクターン・ハーピー)の白い羽は一瞬で黒く焦げ上がる。


 反応はないため、既に絶命しているのだろう。


 その後もマサトは落雷を落とし続け、空を飛び交う|舞い踊る人面鳥(ダンシング・ハーピー)の群れを焼き払った。


 火球を放つよりも効率的に仕留められた結果に、マサトも満足気に頷く。



(この黒杖はかなり使えるな。一先ずはマナを回収して戻るか……)



 青と黒の光の粒子が舞い上がる。


 マサトがマナを回収していると、右手側の遠方で極太の水柱があがった。



(なんだ……? また別の守護者か?)



 水柱が消えると、サッカーコートくらいの大きさのある超巨大なカニが、湖から小型のカニを無数に引き連れてうじゃうじゃと出てきたところだった。



――――――――――――――――――――

▼おまけ


【UC】 |夜想曲を奏でる人面鳥(ノクターン・ハーピー)、2/3、(青)(黒)(1)、「モンスター ― ハーピー」、[眠り魔法Lv4] [飛行]

「こいつの羽は高く売れるから手荒に扱うなよ? なんだ? 何に使うのかって? 枕や布団の詰め物に使うに決まってんだろ。この羽には、|夜想曲を奏でる人面鳥(ノクターン・ハーピー)の眠りの歌の効果が染み付いてんだよ――素材買取屋の店長、ハレルヤ」


【C】 |舞い踊る人面鳥(ダンシング・ハーピー)、2/1、(青)(黒)、「モンスター ― ハーピー」、[飛行]

「おい馬鹿! |夜想曲を奏でる人面鳥(ノクターン・ハーピー)と|舞い踊る人面鳥(ダンシング・ハーピー)の羽を混ぜるな! 夜中に隣のやつが寝ながら踊り始めたらどうする!? 苦情じゃ済まなくなるぞ!?――素材買取屋の店長、ハレルヤ」



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