290 - 「黄金のガチョウのダンジョン4―モンハウ」


 黄金のガチョウのダンジョンには、モンスターがほぼ出現しない安全地帯がある。


 地下5階までと、階層を繋ぐ階段、そして階層を行き来するためのワープポイントのあるフロアだ。


 地下1階には、一般向けの商業施設が建ち並び、地下2階は学生や研究者向けの研究施設や宿泊施設、地下3階はダンジョン攻略者向けの商業施設と、階層によって明確に区分けされている。


 これらは、イーディス領の領主がダンジョン内の商業権を掌握しているからこそできた芸当だ。


 地下4階には、娼館や賭博場などの娯楽施設があり、地下5階には、冒険者向けの訓練所や、解体屋から武器屋まで一通り揃っている。


 武器屋は地下3階にも存在するが、地下3階は新品武具や高級品を扱う店が主で、地下5階は中古品などの安価な実用品が多い。


 また、地下5階には城壁があり、極稀に下層から上がってくるモンスターを防ぐ役割も担っていた。


 地下5階までは広いワンフロアの洞窟という景観で、陽の光は入らない。


 そのため、常に夜の街といった感じが強かったが、地下6階から9階までは人工的に取り付けられた照明があるため、灯りがなくてもどうにかなるという話だった。



「この階からは、モンスターが突然湧くこともあるので、周囲には常に注意を払ってください」



 地下6階へ続く階段を降り終わるタイミングで、先頭を歩いていたアシダカが注意を促す。


 アシダカに続いてマサトたちも階段を降り終えると、地下5階の時と変わらない広い空間に出た。



「ここもワンフロアなのか」



 マサトの疑問に、アシダカがすかさず答える。



「はい、地下10階までは同じような構造になっています。見渡しもいいので、新人の育成場として良く活用される階層でもありますね」



 階段を降りた場所が小高い丘になっており、洞窟内を見渡すことができた。


 所々に櫓が立ててあり、自由に利用できるようだ。


 既に何組かがまとまって狩りをしているのが見える。



「このフロアでは、空を飛ぶ吸血コウモリと、地中から小型のサンドワームが現れるくらいですが、試しに一戦していきますか?」


「いや、興味はない。不要な戦闘は避けていこう」


「承知しました。では、私が引き続き先導します」



 アシダカを先頭に、マサト、ヴァート、シャルル、パークス、そして最後にチョウジと続く。


 地下7階へと続く階段には、すぐに行き着いた。


 ふと、何かを思い出したかのように、マサトが6階層のフロアを振り返る。



「父ちゃんどうしたの?」


「ちょっと試したいことができた」



 疑問を口にしたヴァートにそう答えたマサトが、フロアに向けて手をかざし、呟く。



「マナよ」



 すると、狩りをしていた場所から淡い赤色と黒色の粒子が舞い上がった。


 突然、発生した光の粒子に、近くにいた冒険者たちが動揺している。



(ダンジョン内で他人が討伐したモンスターでもマナは回収できるのか)



 この世界の冒険者たちは、モンスターの死骸から素材を剥ぎ取ることはしても、その亡骸に残ったマナの残滓までは回収しない。


 正しくは、死骸からマナを回収する術を知らないのだ。


 他の冒険者が討伐したモンスターのマナを通りがけに回収できるのであれば、やっておくに越したことはないだろう。


 問題があるとすれば、他の冒険者に目撃されることだが、マナ回収の重要性に比べたら些細な問題だろうと切り捨てる。


 案の定、目の前の現象を理解できなかったチョウジが口を挟んだ。



「何したんスか……それ」



 マサトがチョウジへ少しだけ視線を移しただけで黙っていると、チョウジもそれ以上は聞かなかった。


 光の粒子を取り終えると、マサトはステータスでマナ所有量を確認した。



(赤が4に、黒が2……意外に回収できた方か)



 序盤はモンスターも弱く、数も少ない。


 階層が深くなれば、もう少し回収できるだろう。


 とはいえ、ダンジョン内の死骸は一定時間経過でダンジョンが吸収してしまうようなので、過度の期待はできない。



「用は済んだ。この調子で下まで止まらずに潜ろう」



 マサトの言葉に、アシダカ、ヴァート、シャルル、パークスが頷き、一同は下の階層へと進んだ。


 地下9階層までは、何の問題もなく駆け抜けることができた。


 途中、数匹の吸血コウモリに襲撃されることはあったが、その程度だ。


 マサトが炎を放ち、吸血コウモリを消し炭にしただけで、戦闘といえるほどのものではなかった。


 地下10階への階段を降りると、巨大な扉のついた部屋の前に着いた。


 幸い、他に冒険者はいない。


 アシダカが説明を始める。


 

「この階層の守護者は、金眼の吸血コウモリという大型の吸血コウモリです。攻撃は牙による噛みつきだけですので、接近されなければ脅威はありませんが、フロア内は暗闇に包まれているので、灯りは必要になります。また、小型の吸血コウモリを複数引き連れてやってくるので、多少鬱陶しいかもしれません。ですが、マサト様の敵ではないでしょう。守護者不在の時は、小型の吸血コウモリの群れだけが現れます」


「分かった。それなら……シャルル、いけるか?」



 マサトの問いかけに、シャルルが微笑む。



「旦那様の頼みとあれば」


「頼む」



 カードスペック上でのシャルル・マルランの強さは把握しているが、実際にどこまで戦えるかの情報はまだ少ない。


 ダンジョン攻略を通してシャルルの実力が把握できれば、後の参考にもなるだろう。


 シャルルが頷いたのを確認したアシダカが皆に告げる。



「では、開きます。灯りは私が」



 扉を開けた先には、真っ暗闇の空間が広がっていた。


 アシダカがそのまま先に入室し、暗闇の中へ何かを放り投げる。


 それは空中で青紫色に発光し、暗闇に包まれていたフロアを、薄っすらとではあるが隅々まで照らした。



「光量は少ないですが、比較的遠くまで光が届く消費型の魔導具アーティファクトです。この光には、吸血コウモリの目と牙、それに爪を白く輝かせる効果があります。モンスターは扉を閉めた後に出現しますので、ご準備を」



 シャルルが先頭に立ち、全員がフロアに入ったことを確認したアシダカが扉を閉める。


 すると、何処からともなくバタバタと翼を羽ばたかせる音が聞こえた。


 ヴァートが叫ぶ。



「父ちゃん、あそこ!」


「あれが守護者か?」



 前方に、白い牙と爪が一際目立つ大型の個体が現れた。


 アシダカが答える。



「どうやら当たりのようです。あれが守護者です」


「シャルル」



 マサトに呼ばれたシャルル頷き、金眼の吸血コウモリに向けて左手を伸ばす。


 黒い光の粒子が掌に集束すると、次の瞬間、短い発砲音とともに、黒い光線が金眼の吸血コウモリに向けて放たれた。



「んなっ!?」



 チョウジが驚き、次の言葉を発する間もなく、黒い光線が金眼の吸血コウモリへと到達。 


 その頭部を綺麗に消し飛ばした。


 金眼の吸血コウモリが地面に落ちる。


 即死だ。



「マジッスか……」



 一瞬の出来事に、チョウジが口をあんぐりさせるも、まだ小型の吸血コウモリが多数残っている。


 司令塔であるボスがやられたことで、他の吸血コウモリがキーキーと耳障りな声をあげて泣き喚く中、今度はシャルルの周囲を黒い光の粒子が舞った。


 左手を前方に向けた体勢のまま、呪文を行使する。



襲いかかる恐怖パウンシング・フィアー



 シャルルの左手から黒い煙のような影が無数に放たれる。


 影は、蛇行しながらも、小型の吸血コウモリの群れへと向かい、そのままコウモリの命を刈り取っていった。


 影が暗がりの洞窟内を飛び交い、即死した吸血コウモリが地面に落ちる音が響く。


 次第に吸血コウモリの耳障りな鳴き声が少なくなり、遂には全く聞こえなくなった。


 10階層クリアだ。


 アシダカが口を開く。



「おひとりで、更にはここまで短時間で守護者を討伐できるとは。さすがシャルル様。これで向かい側の扉が開放されたはずです。中ボスを討伐後に、先にこちらの入口の扉を開けてしまうと、地下へと続く出口の扉が再び閉まってしまうので、注意が必要です。また、出口の扉を開けた状態だと、入口の扉は開きません」


「この倒した守護者の死骸はどうなる?」


「一定時間経過するか、再びこのフロアに挑戦する際に、ダンジョンに吸収されます。もちろん、このまま入口の扉を開けて運び出すことも可能です。ワープポイントを使って帰還することもできますが、その場合は、一定の質量以下に削ぎ落とす必要があります」


「そうか。持ち帰った方がいい希少部位とかは?」


「守護者は金眼が希少で、吸血牙や羽などは一定の需要がありますが、踏破目的であれば荷物を増やしてまで確保しておくほどのものはありませんね」


「なら先へ急ごう」


「承知しました」



 皆が出口へと向かう中、マサトは周囲のマナを回収しつつ進む。


 回収できたマナは、黒マナが11。


 そして――。



『金眼の吸血コウモリを獲得しました』


【UC】 金眼の吸血コウモリ、1/2、(黒×2)、「モンスター ― コウモリ」、[(黒):一時能力補正+1/+0 ※上限2] [飛行]



 さきほど倒したばかりの中ボスがドロップした。



(守護者もカードドロップ対象か。時間さえあれば、この手のダンジョンは、手札の稼ぎ場として重宝できそうだな)



 幸先のいいスタートに満足しつつ、マサト一行は地下11階層へと進む。




◇◇◇




(これはもう合格で良くないッスか……?)



 10階層の守護者を瞬殺し、瞬く間に吸血コウモリの群れまで殲滅してみせたシャルルに、チョウジは毒気を抜かれた状態になってしまっていた。



(依頼人が、今や各地で絶大な人気を誇る娼館を経営する闇ギルド後家蜘蛛ゴケグモの大旦那ってことも分かったし、その侍女だか護衛だかの女は、ダンジョン最弱の守護者とはいえ、瞬殺できる実力があるってことも分かったから、もうこれで十分じゃないスかね。何よりあの依頼人、絶対 [火の加護] 持ちッスよ。道中、飛んで来た吸血コウモリを一瞬で灰にしてたし、どんだけ高火力出せんスか……更には死んだモンスターから魔力マナを抜き取る特殊適性持ち。100階まで潜らなくてももういいっしょ……)



 最初は依頼人のことを認められず、意地になっていたチョウジだったが、驚きを通り越して呆れるほどの強さの片鱗を目の当たりにしたことで、すでに依頼人に対する認識を改めていた。



(白い服着たおっさんも腕が立つことは間違いないだろうし、なんかもう面倒くさくなってきちゃったッスね)



 仕事とはいえ、当初の目的のひとつである実力が認められたなら、任務もほぼ達成されたと同じだと解釈したチョウジが、急にやる気を失う。



(あ、そうだ。あれだけ実力があるなら、あの裏技使っても大丈夫ッスかね)



 良いことを思いついたチョウジが、階段を降りるマサトたちに声をかける。



「ちょっといいスか。自分から提案があるんスけど」


「なんだ?」



 マサトが振り返り、皆が足を止める。



「おたくらの実力の高さは理解できたんで、ちょっと裏技使ってショートカットしないッスかね」


「ショートカット?」


「そうッス。一度10階のワープポイントまで戻る必要があるんスけど、運が良ければ大幅に階層をスキップできるんスよ。どうッスか?」



 チョウジの提案に、アシダカが質問する。



「まさか、黄金のガチョウの羽を使うつもりですか?」


「そうッス。なんだ、やっぱり知ってたんスか」


「いえ、噂で聞いていただけで、実際に使ったことはありません」


「なら、経験者は自分だけッスね。このダンジョンを踏破できる実力者なら死ぬ心配はないんで大丈夫ッスよ」



 マサトが聞く。



「死ぬ心配ということは、リスクがあるのか?」


「まぁ早い話、スキップする階層モンスターが多少湧いたフロアに飛んで、そのフロアを突破すれば階層スキップできるっていう感じッスかね。で、どうします? 急いでるなら、この方法が最速ですけど」



 マサトが少しだけ考え、答えを出す。



「分かった。それでいこう」


「旦那なら乗ってくれるって思ったッスよ」


「……旦那?」



 突然呼び方が変わったチョウジに、マサトが眉をひそめるも、チョウジは構わず続けた。



「じゃ、10階までちと戻るッス。黄金のガチョウの羽は、今回は自分がサービスするんで、あとで代わりにあの娼館で接待かなんかしてもらえれば、それだけでいいッスから」



 そう勝手に条件を告げて、鼻歌交じりに10階のワープポイントまで戻る。


 ワープポイントには、台座に水晶が載っている小さいフロアだ。



「じゃ、羽使うんで、皆この水晶に触れるか、水晶に触れている人に掴まっててくださいッス」



 準備ができたことを確認すると、チョウジが黄金のガチョウの羽を取り出し、水晶に当てて魔力マナを込めた。


 すると、水晶とガチョウの羽が光り出し、その直後、全員が光に包まれ、その場から消えた。



 ――黄金のガチョウのダンジョン、地下??階層。



 特殊フロアにワープしたチョウジたちは、まるで地上に出たかのような巨大な空間に一瞬言葉を失う。



「お、おお……今回はまたえらく広い空間に出たッスね……」



 菫色に染まった、夕暮れとも夜空とも言えない気味の悪い空に、周辺にはまばらに生える黒い奇形の木々と、青黒い草がびっしりと生える湿地帯だ。


 風はなく、その代わりどこか遠くから鳥の合唱のようなものが聞こえ、たまに地響きとともに、湿地の所々にできた水溜りに波紋ができる。



「……ん? これってまさか……噂に聞いてたあれ・・ッスか? マジ? いやぁ、まさかまさか。本当に存在していたなんて。ははは……」



 チョウジが顔を引き攣らせると、訝しんだマサトが聞いた。



「あれって何のことだ?」


「はぁ……なんか申し訳ないッス。死ぬ心配はないと言った矢先で……でも、こうなっちゃったもんは仕方ないんで、死んでも恨みっこなしでお願いしまッス」


「だから何の話だ? 知ってることを話せ」


「えーっとッスね。自分も眉唾ものの話だと聞いてたんで、正しい情報かは分からないんスけど」



 そう前置きした上で、申し訳なさそうに話す。


 それは、ここが生還者0人という最悪の裏フロアと呼ばれている場所だったからだ。



「ここはなんていうか、同じように羽を使ってショートカットを試みて運悪く死んじまった冒険者が、死ぬ直前までに書いていたとされる日記にあったフロアの情報と様子が一緒なんスよ。まだ誰も無事に生還した者がいないとされる裏フロア、その名も――」



 遠方から、モンスターの遠吠えやら、大気を震わすほどの大咆哮が、同時に、更には複数あがる。



「菫色のモンスターハウスッス」



――――――――――――――――――――

▼おまけ


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