289 - 「黄金のガチョウのダンジョン3―ジャコ、マーティン、背赤」

 イーディス領北部、Aランククラン――腐敗の運び手ロット・ライダーが拠点として利用している大屋敷。


 その大屋敷の地下にある訓練場で、クランリーダーであるジャコが、訓練用に生け捕りされたモンスター――身体が砂でできたサンドゴーレムを殴りながら、部下の報告を聞いていた。



「それで、お前たちはなんだ? 俺が渡した依頼もこなさず、あろうことか喧嘩をふっかけた相手に返り討ちにあったまま、泣き言を言うために、おめおめと戻ってきたってのか?」



 言葉の区切りの度に、ジャコの鋭い拳が空を切り、それを受けたサンドゴーレムの身体の一部が豪快に弾け飛ぶ。



「す、すいません……次兄がやられちまった上に、向こうにはチョウジの奴もいて、こちらの戦力じゃ……その……」


「喧嘩の話はどうでもいいんだよ雑魚が。依頼が最優先だろうが。違うのか?」


「ち、違いません!!」


「で、無様にやられたっていうあいつはどうした」


「そ、それが、首の骨がいっちまってるらしくて、治療にかなり時間がかかると」


「はぁ……ほんとつかえねぇ、なッ!!」



 ドンッ! と爆発音が訓練場に轟く。


 再び放たれたジャコの拳を受けたサンドゴーレムが、木っ端微塵に弾け飛んだのだ。



「ひぃ」



 苛立つジャコに、スティンクーバと共に冒険者ギルドに立ち寄っていた面々が縮み上がる。


 腐敗の運び手ロット・ライダーは、Aランククランだが、クランリーダーであるジャコは唯一AAランカーだ。


 ジャコはスティンクーバよりも体格の良い大男で、素手での接近戦を得意とした格闘職ファイターでもある。


 髪型はツーブロックで、青い髪をオールバックにしており、眉毛はなく、人相はかなり悪い。


 そんなジャコが一度睨みを効かせれば、大抵の者は大人しくなったが、同等の力を持つ相手は別だ。



(チョウジのクソ野郎、面倒なことしやがって。まぁいい。あの依頼・・・・の情報が確かなら、チョウジの奴もいた方が役に立つかもしれねぇしな)



 気怠そうに首を回したジャコが、急に殺気を放ちながら部下に告げる。



「全員、至急ダンジョンへ向かわせろ。いいか? 全員だ。どんな理由があれ、行けねぇと抜かした奴は永久追放だ。俺の命令を聞けねぇような雑魚はいらねぇ。スティンクーバの馬鹿にもそう伝えろ」


「は、はい!」




◇◇◇




 イーディス領でも三本の指に入るほどの大型クランのひとつが、一斉にダンジョンへと潜ると、この情報は、すぐさま他の大型クランにも伝わった。


 イーディス領では名実ともにトップに君臨するAAクラン――祝福された庭師ブレスト・ガードナーでは、隊長格のメンバーが緊急招集された。



「急ぎで集まってもらってすまない。既に耳に入っている者もいると思うが、腐敗の運び手ロット・ライダーが総出で黄金のガチョウのダンジョンへ向かったという情報が入った」



 そう切り出したのは、祝福された庭師ブレスト・ガーデナーのクランリーダーであるマーティン・ガーデナーだ。


 祝福された庭師ブレスト・ガーデナーは、ガーデナー家が設立したクランで、マーティンは三代目にあたるが、彼も38歳となり、短く切り揃えられた金髪には、白髪が混ざりはじめていた。


 マーティンが話を続ける。



「イーディス領の安寧を願う我々としては、このまま何もしないわけにはいかないと考えている。まだ彼らの目的が何なのか不明だが、仮に問題が起きる前兆であれば、すぐ対処できるように対策を打っておきたい」



 すると、凛とした装いの女性――ランスロット・ブラウンが手をあげた。


 ランスロット・ブラウンは、イーディス領随一とも呼ばれる天才魔法剣士オールラウンダーだ。



「なんだ、ランスロット」


「あの情報は皆に共有しないの?」


「ああ、あれか……」



 ランスロットに促され、マーティンが冒険者ギルドで起きた出来事――チョウジとスティンクーバの一件を皆に共有する。



「この報復が目的でクランメンバー全員を動員するとは考えにくいが、だからといって攻略目的でもないだろう。何か理由があるはずだ。それを調べてきてほしい」



 その言葉に、他の隊長格のメンバーが難しい顔で唸る。


 腐敗の運び手ロット・ライダーだけならまだしも、場所はダンジョン内だ。


 このふたつの不測の事態に対処できるだけの戦力を揃える必要があり、それは容易なことではなかった。



「監視役ということなら、私が行きましょう」



 皆が渋る中、涼しい顔をしたランスロットが承諾すると、マーティンが少し驚きつつも口を開いた。



「珍しいな。お前が率先するなんて」


「ガチョウのダンジョンであれば、このクランの中で私が一番踏破数も多いし、腐敗の運び手ロット・ライダーのジャコとまともにやり合わなければどうってことないわ」



 腐敗の運び手ロット・ライダーのクランリーダーであるジャコはAAランクだが、他のメンバーはごろつきの寄せ集めであり、同じAAランクであるランスロット・ブラウンの敵ではない。



「分かった。人選は任せる。好きに選ぶといい」


「そう。じゃあマーティン、お願いね」


「は? おいおい、冗談を言ってる場合じゃ……」



 マーティンが苦笑いで答えるも、ランスロットはにこにこと笑みを浮かべただけだった。


 こういうときのランスロットは本気なのだ。


 意地でも俺を連れて行く気だと、マーティンが先に折れる。



「分かった。人選を任せるといった俺の落ち度でもある。今回は諦めて付き合うが、次はないからな。普通、こういうときは司令塔である俺を同行者として指名しないだろ」


「私は指名したけど? それにリーダーは最近書類仕事ばかりで身体が鈍ってるでしょ? 私なりの気遣いよ」


「そんな気遣いは不要だ」


「あら、自分がまだ若いと思っているのなら、早めにその甘い幻想から覚めた方がいいわよ?」


「ふん、それはお互い様だろ」


「……なんですって?」



 ランスロットが不穏な雰囲気を放ったところで、マーティンはさっさと会議を締める。


 ランスロットもマーティン同様、四十手前で、加齢にともなう身体の変化を感じており、更にはまだ未婚ということもあって、年齢に関する話題にはとても神経質だった。


 それなら年齢に関する話を振らなければいいだろうと思うマーティンだったが、そこまでは口に出さない。



「話は以上だ。俺の代理は……そうだな、カークハール、お前に任せた」


「はいはい、上手くやっておきますよ」



 祝福された庭師ブレスト・ガーデナーのNo.3であるカークハールがおざなりな返事をするも、既にマーティンとランスロットは口喧嘩を始めていた。




◇◇◇




 黄金のガチョウのダンジョン、地下4階にある娼館『未亡人の娘』。


 元々は後家蜘蛛ゴケグモの幹部であった灰色ハイイロが、その地域の情報収集目的で始めたのがきっかけだ。


 15年前にはフログガーデン大陸に1店舗だけだった娼館も、その後の未来では、海を渡ったワンダーガーデン大陸の各地に支店を増やすまで成長していた。


 支店の支配人は、同じく後家蜘蛛ゴケグモの幹部である背赤セアカだ。


 背赤セアカ黒崖クロガケの実姉であり、後家蜘蛛ゴケグモの対人暗殺部隊の長でもある。


 [分裂] という特殊な適性をもっていたため、それを駆使して自身の分身を大量に作り、支配人として各地に潜伏しているというわけだ。


 昔の背赤セアカは毒の適性の後遺症でほとんど喋れない状態だったが、今では流暢に喋れるようになったようだ。


 高い戦闘力と、美しい見た目。


 そして [分裂] によって、自身の記憶を共有した分身を作れるという驚異の適性をもつ背赤セアカが、各支部の支配人につくのであれば、これほどの適材適所はないだろう。


 自分の人生を犠牲にしてでも黒崖クロガケを一途に守り続けた背赤セアカであれば、裏切りの心配も皆無だ。



「お、おい、もう一泊くらい……」



 マサトたちが休憩している間、娼婦たちと楽しく遊んでいたチョウジがそう懇願するも、マサトは冷たくあしらった。



「勝手にしろ。俺たちは行く」


「わ、分かったから一分だけ待つッス!」



 そう言って、急いで部屋に戻るチョウジ。


 本当に置いて行ってもいいが、ダンジョン攻略の見届け役がいなければ証明にならないため、マサトは溜息をつきながらも、チョウジの身支度を待った。


 すると、娼館の中で待っていたマサトたちに声をかける者たちがいた。



「おや、こんな場所に子供連れとは珍しい。なんだえらい別嬪さんもいるじゃねぇか! 一体どんなパーティなんだ?」



 戦士職ウォリアー風の格好をした髭面のオヤジが、顎髭を触りながらそう質問すると、もうひとりの眼鏡をかけたオヤジがそれを窘めた。 



「おい、こんな場所で人様に絡むな。すまんな、こいつに悪気はないんだ。許してやってくれ」


「でもよ、ヒム。気になるだろ? 一度気になっちゃったら仕方ねぇだろ?」


「気になったとしても気にするな。それがマナーだ。ジエン、お前もいい加減その辺の分別をだな……」



 どうやら髭面の男がジエン。それを窘めた眼鏡をかけた男がヒムというようだ。



「分かった分かった! だからもう説教はやめてくれ! 俺が悪かったから! 攻略前に疲れさせんなって」


「それはこっちの台詞だ。お前はいつもそうやって……」


「分ぁーたって! 兄ちゃんたち済まねぇな! じゃ!」



 再びヒムという男が小言を吐き出そうとしたので、ジエンは苦笑いを浮かべながらマサトたちに謝罪の言葉を送ると、そのままヒムを押すようにして娼館を出ていった。



「何だったんだ?」



 マサトがそう呟くと、アシダカが足音なく側までやってきて説明した。



「あれは、Aランクパーティ、岩破の剛剣ロックブレイカーズのお2人ですね。彼らは4人パーティですので、他のメンバーとはどこか別の場所で待ち合わせしているのでしょう。娼婦の話では、今回は踏破目的で潜ると意気込んでいたようですよ」


「ライバルってことか。このダンジョンは先に踏破されるとどうなる?」


「討伐したボスに応じて休眠期間が変わると言われています。討伐したボスが『意地の悪い兄弟』や『黄金のガチョウ』であれば、1日程度。『未練がましい王様』だと3日程度。『笑わない姫』の場合は1週間程度でしょうか」


「それなら、追い抜かさないと大幅な時間ロスになるんじゃないか?」


「先に踏破されればそうですが、もしかしたら彼らに追いつくのは厳しいかもしれません」


「どういうことだ……?」


「ご説明しますと――」



 黄金のガチョウのダンジョンには、10階層毎にランダムで出現する守護者という中ボスが存在する。


 そして、その守護者を倒すと、次回からその階層まで行き来できる祝福を得られるのだ。


 階層を行き来するためのワープポイントは10階層毎にあり、守護者を倒して祝福を受けてない者には使えない。


 そのため、踏破目的の者たちは、まずは深階層の守護者討伐を目標とし、踏破本番の日に備えるのだ。


 また、その祝福は更に下の階層の守護者を倒すと祝福が上書きされるため、好きな階層に飛べるわけではなく、100階層主を倒すと祝福自体が消えてしまうため、連続で90階層から100階層までを周回するという裏技も使えないというものだった。



「彼らは地下70階の祝福を受けているという話ですので、最速で潜っていったとしても追いつけるかどうか……」


「そうか。それなら仕方ないな。できるだけ急ぐとして、あとは踏破のタイミングが被らないように祈るとしよう」


「承知しました。彼ら岩破の剛剣ロックブレイカーズも、踏破と意気込んでいたようですが、恐らく次は80階層の守護者狙いで周回するつもりでしょう。彼らは慎重派のベテランだと噂ですから」



 娼婦の前で気が大きくなったのだろうとは、アシダカの話だ。



「大旦那様、もうご出発なさるのですか」



 背赤セアカが複数の侍女を連れて現れる。



「ああ、見届け役の男が戻ってきたら発つつもりだ。色々世話になった」



 背赤セアカには、晩酌をしてもらった程度で、それ以上の深い交流はない。


 元々、背赤セアカとは過去でもあまり会話をしてこなかったのだ。


 今更、弾む話題が生まれるわけでも、ふたりの距離が急に近付くわけでもなく、適度な距離感を保ったまま、軽く昔話を交わした程度だ。


 だが、日本の旅館に泊まった時のような手厚い歓迎に、短い時間だったとはいえ、心身ともに十分な休養を取れたのは事実だった。



「滅相もないことでございます。今の私たちがこうして暮らしていけるのも、あのとき大旦那様が、修羅の道を進むしかなかった私たちを救ってくださったからこそ。あの時にいただいたご恩は、片時でも忘れたことはございません」



 背赤セアカが深々と頭を下げると、侍女たちも同じように頭を下げた。



「これをお持ちください」



 そう言って差し出された背赤セアカの両手には、色んな布を継ぎ接ぎして作られた小袋が握られていた。



「これはヘンゼルの小袋ヘンゼル・ポケットという魔法の収納袋のひとつで、パンであれば際限なく収納できるという古代魔導具アーティファクトです」



 娼館で散財し続けた冒険者のひとりが、借金のかたとして置いていったものだという。


 パン限定の収納袋ではあるが、魔力マナを込めれば、収納したパンを2つに増やすことができるという特別な効果をもっていた。


 だが、欠点もあり、複製できるのは1つにつき1回まで、更には収納物の状態維持効果がないため、収納したパンも時間経過で腐るという。


 元の持ち主は、このダンジョン踏破で得られる『腐らないパン』で荒稼ぎしようとしていたようだが、その前に破産してしまったようだ。


 もしかしたら、あまり金にならないので諦めただけかもしれない。


 『腐らないパン』も、腐らないというだけで普通のパン――見た目はフランスパンに近いが、あまり旨味がないパンのため、ダンジョンの踏破報酬の中では単価が低く、ハズレの部類に入るのだ。


 とはいえ、長期間のサバイバルを余儀なくされるダンジョン内では、保存の効く貴重な食料でもある。



「既に腐らないパンを十本ほど、他にも非常食用に日持ちするパンを、ひと月分ほど入れておきました。携帯食料はアシダカにも十分な量を持たせてありますが、こちらも合わせてお召し上がりください」


「ありがとう。助かる」



 背赤セアカからヘンゼルの小袋ヘンゼル・ポケットを受け取ると、ようやくチョウジが戻ってきた。


 特に悪びれた様子もなく、それどころか少し満足気だった。



「いや~お待たせッス。じゃ、ちゃっちゃと行きましょう」



 能天気なチョウジに呆れつつ、マサトたちは娼館を後にした。



――――――――――――――――――――

▼おまけ


【R】 ヘンゼルの小袋ヘンゼル・ポケット、(1)、「アーティファクト ― 袋」、[パンの無限収納] [(1):対象のパンを複製する ※複製上限1][耐久Lv1]

「偉大な魔導師ヘンゼルが纏った服の切れ端で作られた魔法の小袋。その袋には、ヘンゼルがまだ幼かった時の辛い記憶、大飢饉による飢える苦しみを根絶したいという強い意思と、食に対する純粋な願いが込められている――グリム恩恵品大全、第十一、一」

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