288 - 「黄金のガチョウのダンジョン2―受付」


 マサトたちが、ダンジョン入口の近くに併設された冒険者ギルドへ向かうと、チョウジが疲れた顔で愚痴をこぼした。



「ようやく潜る気になったッスか……」



 すぐダンジョンに潜ると聞いて、ついてきたチョウジだったが、まずは腹ごしらえだとマサトたちが露店で買い食いを始めたため、すでにそこそこの時間がかかっていた。



(しっかし、この人らは本気で攻略する気あるんスかね。準備も不十分だし、何より軽装過ぎるんスけど)



 黄金のガチョウのダンジョンは、仮にも100階層ダンジョンだ。


 中階層以上は敵も手強くなり、1階層あたりの攻略に数時間かかる時もある。


 レベル上げのためならまだしも、本格的に踏破を目指すのであれば、少なくとも数日間は野宿を前提とした準備が必要なはずだった。



(まっ、AA攻略したなんて誰でも分かる嘘を堂々とつくくらいだし、相当な箱入り息子御一行とかなんかスかね。露店巡りも準備というより観光っぽい雰囲気だったし。貴族なら魔法の収納袋くらい持っていてもおかしくないスね)



 大貴族の子息なら、お抱えの暗殺ギルドが存在していても不思議ではないし、箔をつけるために護衛を雇ってダンジョン攻略に望むというのもよくある話だ。



(ってーと、セラフって黒髪の男と白眼の少年が貴族で、黒髪の女は腕の立つメイド、白服の男が正規の護衛ってところスかね)



 我ながらしっくりくる名推理だと頷いたチョウジだったが、新たな疑問も浮かんだ。



(でも、それならなんで未知のダンジョンに拘る必要が……)



 国に認められていないダンジョンは立ち入ってはいけない決まりになっているため、箔をつけたいのであれば、既に認知されているダンジョンを攻略すればいいだけである。



(まぁ実際問題どうでもいいんスけど)



 考えるのが面倒くさくなったチョウジが、露店で買ったこんがり焼けた肉片を食べながら、マサトたちに続いて冒険者ギルドの敷居を跨ぐ。


 ギルド内は相変わらず混雑していた。


 黄金のガチョウのダンジョンは一般にも人気があるダンジョンだったため、冒険者以外にも一般人が多く来訪する。


 そのため、手続きに不慣れな者や、新規登録希者が多く、受付には常に行列ができていた。



(まさか冒険者登録からとか言わないッスよね……)



 列で順番待ちしている間、チョウジは少しずつ不安になるも、全員が冒険者カードを提示したことで、ホッと胸をなでおろす。


 マサトたちはコーカスを発つ前に、キャロルドを通して冒険者カードを予め発行してもらっていたのだ。



「自分もこの人らと一緒にダンジョン入場で」



 チョウジも受付へと冒険者カードを差し出すと、カードを見た受付嬢の顔が華やいだ。



「わぁ、不死身のチョウジさんですね! 黄金のダンジョンには攻略ですか!?」



 その言葉に、近くにいた他の冒険者たちの視線が集まる。



「あいつがソロで麦のダンジョンを攻略したって噂の……?」

「AAランクのチョウジ?」

「今度は黄金のダンジョンをソロで攻略しに来たのか?」



 冒険者たちがそう口々に噂すると、チョウジは満更でもない顔で、ぽりぽりと頭をかいた。



「いやぁ参ったな、今回はただの付き添いッスよ。付き添い」


「そうだったんですね! チョウジさんが付き添い役なら何の心配もいりませんね!」


「ああ、何の問題もいらないッスね!」



 と、調子に乗り始めたチョウジへ、新たに声をかける者がいた。



「おいあれ見ろよ。マヌケなチョウジがドヤってんぞ!!」



(げっ、あいつらは……)



 チョウジが振り向くと、そこにはAランククラン――腐敗の運び手ロット・ライダーのサブリーダーであるスティンクーバが、指を差しながら下卑た笑みを浮かべていた。


 腐敗の運び手ロット・ライダーは、イーディスを拠点に活動する冒険者クランで、スティンクーバは、金色の鼻ピアスを3つ付けた、顔に入れ墨のある男だ。


 体格のいいチョウジよりも一回り大きく、肌をぴりぴりと刺すような威圧感を常に発していた。


 スティンクーバが人を馬鹿にしたような態度でチョウジを嘲笑う。



「相変わらず頭の悪そうな顔してやがるな! ギャハハ」


「チッ、煩いッスね。今、任務中なんで」


「つれねぇーこと言うなよ。俺様とお前の仲だろう~? なぁ何の依頼だ?」



 スティンクーバが近付き、無遠慮に肩を組むと、チョウジが心底鬱陶しそうに腕を払った。



「それを聞くのはさすがにマナー違反ッスよ」


「なんだてめぇ、自分から大声で付き添いだと騒いでただろーが。今すぐその依頼を達成できなくしてやってもいいだぞおら」



 突然、剣呑な雰囲気を出し始めたスティンクーバに、チョウジも睨み返す。



「やるんスか?」



 周囲に緊張が走るも、意外にもスティンクーバの方が先に態度を崩した。



「ギャハハ! んなマジになってんじゃねぇーよ。小せえ野郎だな。冗談だぜ冗談」



 そう笑っておちゃらけるスティンクーバに、ふたりの状況を面白そうに見守っていた腐敗の運び手ロット・ライダーのメンバーたちもゲラゲラと笑う。



「あのチョウジの顔見ろよ。マジになってんぜ」

「やるんすか? ねぇやるんすか? だってよ! ぶはは」

「チョウジは怒った顔もかわいいわ」



 外野の挑発にも、チョウジは表情ひとつ変えずに沈黙を貫いていると、スティンクーバは飽きたのか次の標的を探し始めた。


 視線は、チョウジが付き添いだと言ったパーティの方へ移動し――ひとりの女性の、黒いスカートの上からでも分かる魅惑のヒップラインで止まった。



(……あいつ今度は何を)



 スティンクーバが下卑た笑みを浮かべてその女性――シャルルの背後まで近付くと、徐に尻に手を伸ばした。



「へへっ」



(あのクソ野郎!!)



 チョウジがスティンクーバの行動にようやく気付いた次の刹那――シャルルが振り返り様に拳を振り抜いた。


 瞬きする間ほどの一瞬で行われたその動作によって、先程までそこにいたはずの大男は、併設されていた酒場の奥へと吹っ飛ばされた。



「なっ!?」



 チョウジが唖然とする中、室内に机が倒れ、食器が落ちて割れる音が盛大に響く。



「ふ、副長!」

「あいつやりやがった!」

「い、一体何が起きたの!?」



 腐敗の運び手ロット・ライダーのメンバーたちが、騒ぎながらも殴り飛ばされたスティンクーバの元へ走っていく。


 一方で、殴り飛ばした張本人であるシャルルは、何食わぬ顔で、突然の出来事に呆然としていたヴァートの頭を撫でていた。



(マジッスか……あの女、何の躊躇もなく、裏拳を振り抜いてスティンクーバを殴り飛ばしやがった……)



 チョウジもシャルルの行動に驚いていると、受付嬢がチョウジに声をかけた。



「あ、あのチョウジさん」


「は、はい」


「これで手続きは終わりましたので、早くダンジョンに潜られた方がいいかもしれません。相手は悪い噂の絶えない腐敗の運び手ロット・ライダーですし、あ、あとこれは内緒ですが……彼らも黄金のガチョウのダンジョンに潜るみたいなので、どうか気を付けてください」


「りょ、了解ッス。お気遣いどうもッス……」



 任務以外に余計な仕事が増えそうだと、チョウジはダンジョンに潜る前から頭が痛くなった。




◇◇◇




「そこまで急ぐ必要もないだろ」



 マサトが先を促すチョウジに苦言を呈する。



「おたくらは腐敗の運び手ロット・ライダーの厄介さを知らないからそんな呑気なことを言えるんスよ」


「いや、先に絡まれて喧嘩しようとしてたのはそっちの方だと思うが……」


「あの程度の睨み合いじゃ因縁つけられるまではいかないんスよ! ただの睨めっこ! それで手を出したら報復されるに決まってるでしょ!」


「そういうことなら、先に手を出したのは向こうだが」


「ぐっ……」



 マサトの反論に、チョウジが言葉を詰まらせる。


 チョウジも、スティンクーバがシャルルの尻を触ろうとしていたのを見ていたからだ。



「今日はダンジョン内で宿をとる。モンスターと戦闘になる前に、一度休息を取っておきたい。先を急ぎたいなら好きにすればいい。アシダカ、案内を頼む」


「お任せを。目的の宿は地下4階にありますので、そこまで最短ルートでご案内します」


「ちょ、ちょっと待つッスよ! ちょー!」



 騒ぐチョウジを無視して、マサトたちはアシダカ案内の元、黄金のガチョウのダンジョン地下4階にある娼館『未亡人の娘』を訪れた。



「娼館……? 聞き間違いか?」


「いえいえ、ここで間違いありません」



 アシダカはそう答えつつ、チョウジに聞こえないよう小声で話を続けた。



「ここは娼館ですが、後家蜘蛛ゴケグモが経営している店でもありますので、どの宿に泊まるよりも安全です」


「そういうことか」



 艶やかな服装の綺麗なお姉さんたちが客引きしているのを見たヴァートが、モジモジと恥ずかしそうにしており、そんなヴァートの頭を、シャルルが微笑みながら撫でている。


 どうやらヴァートは、シャルルに頭を撫でられるのを許容したようだ。


 もしかしたら、言ってもやめないので諦めただけかもしれない。


 パークスは相変わらずのポーカーフェイス。


 チョウジに至っては、綺麗なお姉さんたちに絡まれて鼻の下を伸ばしている。


 アシダカに案内されるまま、娼館の中へと立ち入ると、即座に豪華な黒い着物に身を包んだ女性がやってきて、深々と頭を下げた。


 頭の上で束ねた真っ赤な髪には、煌びやかな金色の簪が複数挿さっており、他の娼婦にはない独特な雰囲気を纏っていた。



「お待ちしておりました。大旦那様。ここの支配人をしております。背赤セアカでございます」



 そう名乗った妙齢の美しい女性は、[分裂] という特殊適性をもち、15年前の時に死闘を繰り広げたことのある――黒崖クロガケの実姉だった。



背赤セアカ……」



 そうマサトが驚いた背後で、チョウジもまた目を丸くしていた。



「大旦那様……ッスか……」



――――――――――――――――――――

▼おまけ


【UC】 地下迷宮にある繁華街、(赤)(黒)、「土地 ― ダンジョン」、[マナ生成:(赤)or(黒)] [マナ生成限界6] [召喚条件:ダンジョン]

「冒険者は言った『ダンジョンへ潜ってレベル上げの続きをする』と。学生は言った『ダンジョンへ潜って勉強の続きをする』と。研究者は言った『ダンジョンへ潜って研究の続きをする』と。これらの発言は、ある情報をひとつ追加するだけで、その信憑性を大きく変えることができる。確かなことは、不安は金になるということだけ。さて、娼館と一緒に探偵屋でも始めてみようか――後家蜘蛛ゴケグモの頭領、黒崖クロガケ

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