287 - 「黄金のガチョウのダンジョン―賭け事」


 ふたりだけになった事務室で、栗鼠人族のメグリスが、机の上に足を置いたままのんびりと煙管煙草を吹かしているセンリへと話しかける。



「チョウジをひとりで同行させて大丈夫ですか?」


「ん〜? 何か気がかりでもあるのかい?」


「だって、仮にも暗殺ギルドと強い繋がりをもつ者たちですよ? それにあの黒髪の女性……」


「何だそんなことか」



 センリが余裕のある笑みを浮かべて答える。



「不意をついたとはいえ、チョウジに迫った実力は本物だろう。一瞬垣間見えた禍々しいほどのオーラも。だが、それだけだろ〜?」


「でも、相手は手練れが複数です。少なくとも、あの黒髪の女性と、白服の男性は私よりも実力は上に感じました。チョウジでも囲まれたらさすがに苦戦するんじゃ……」


「ハッ! メグリスがチョウジを心配する日がくるなんてねぇ〜」


「むっ……」



 メグリスが頬を膨らませて不快感を表すも、センリは鷹揚な態度で答える。



「安心おし。その程度でくたばる玉じゃないよ。チョウジはほら、殺してもしなない奴だからさ。それに」


「それに?」


「チョウジには、こういう時に備えて市場に流さず取っておいた古代魔導具アーティファクトを持たせてある。万が一でも駄目だと思ったら、そのまま舞い戻ってくるだろうさ」


「それもそうですね」



 売り払わずに保管することになった強力な古代魔導具アーティファクトのことを思い出し、納得するメグリス。


 すると、センリは何を思い出したのか、急に上機嫌になった。



「そうだ、メグリス。ちょっと賭けをしないかい〜? 依頼人たちがダンジョンを踏破してくるかどうかをさ」


「また賭け事ですか? 一昨日もあんなに大負けしたのに、懲りないですね……」


「いいじゃないかい〜、これくらい。ほんの余興だよ。で、どうなんだい?」



 メグリスは少しの間考え、すぐにセンリに勝つ必勝法を思い付いた。



「いいですけど、センリさんはどっちに賭けるんですか?」



 その言葉に、センリの目つきが変わる。



「メグリス〜、お前さては、私がギャンブルで毎度負けてるからって、先に選ばせようとしているんじゃないだろうね?」


「そ、そんなことないですよ?」


「はぁ〜、私もとうとうメグリスにまで侮られるようになっちまったのかい。悲しいねぇ」



 しくしくと泣き真似するセンリに、メグリスは呆れつつも、これ以上は面倒臭いと、別の提案をした。

 


「それじゃあ、こうしませんか? 彼らがボスフロアまで到達できるとして、何のボスに遭遇するか予測するというのは」



 黄金のガチョウのダンジョンに出現するボスは、挑戦する度に変わる。


 黄金のガチョウのダンジョンが攻略難易度Aとされる理由は、出現するボスの中で最も強い『笑わない姫』が、討伐ランクAとされているからだ。



「ほぉ〜、やるじゃないか。いいよ。その勝負乗った! ただし、配当の倍率は私が決めさせてもらうよ」


「配当ですか……まぁそのくらいであれば」


「決まりだね。なら、ルール追加だ」



 メグリスは嫌な予感がするも、相手がセンリであれば賭け事で負けることはないだろうと渋々了承する。



「いいですよ」


「そうこなくっちゃ面白くない。ボスを当てたら2倍。報酬まで当てたら20倍っていうのはどうだい?」


「ぐっ……」



 メグリスの頬が引き攣る。


 センリはこうやってギャンブルで大量の金を溶かしていくのだ。


 だが、これはこれで小遣いを稼ぐチャンスだと、メグリスはプラスに考えた。


 相手は、ギャンブルで大損街道まっしぐらのセンリだから、この高レートの恩恵に授かれるのは自分だと。



(でも、念には念を入れた方がいいわね)



 メグリスは考える。


 当てなくても負けない方法を。



「いいでしょう。でも、外したら負けですからね。賭け金は相手のものということで。あと、同じ対象に賭けるのも駄目です。もちろん、全部に賭けるのも駄目。賭ける対象は、最大で3つまで。もしボスフロアまで到達すらできなかったら、両方負けということで、賭け金を双方に渡す。これでいいですか?」



 つまり、自分が当てなくても、相手の方が自分より大金を賭けて外してくれれば、その賭け金の差額分が自分の懐に入ってくるというわけだ。



「仕方ないねぇ。それでいいよ」



(よし! この勝負もらった!!)



 メグリスが心の中でガッツポーズを決める。


 センリの性格上、自分より賭け金を少なくするはずがないと分かっていたからだ。



「じゃあセンリさんから選んでください」


「その手には乗らないよ。メグリスから先に選びな」



(そこまではさすがに乗ってこないか)



 メグリスは心の中で舌打ちしつつ、再び考えを巡らせる。


 確認されているボスは4体、踏破報酬は9つ。


 討伐ランクCの最も弱いボス――「意地の悪い兄弟」から入手できる『すっぱい麦酒』『丈夫な斧』。


 同じく討伐ランクCだが、出現確率が低く、レアボスと呼ばれている「黄金のガチョウ」から入手できる『金色に輝くガチョウの羽』。


 討伐ランクBで、最も出現確率の高いボス――「未練がましい王様」から入手できる『腐らないパン』『水陸両用の軍船』『上等なぶどう酒』。


 そして、討伐ランクAの最も強いとされるボス――「笑わない姫」から入手できる『笑いの壺』『沈黙の長杖』『被覆のネックレス』だ。



(確率論で選ぶなら、最も出現確率の高い未練がましい王様の一択。もう少し踏み込むなら、一番獲得頻度の高い腐らないパンだけど……そうだ、これなら!)



 眼鏡の位置を直したメグリスが、どうだと言わんばかりの表情で告げる。



「未練がましい王様に金貨2枚。更に、腐らないパンと上等なぶどう酒にそれぞれ銀貨10枚!」


「へぇ〜、考えたねぇ」



 センリが感心した様子で頷く。


 だが、センリもまた勝ち誇った表情で告げた。



「でもねぇ、メグリス。ギャンブルっていうのは、勝ち負けだけじゃないの。手堅く賭けてちゃ面白くないんだよ。刺激がないギャンブルなんて、ギャンブルとは言わないのさ」


「むっ……」



(いやいや、ギャンブルは勝ち負けが全てでしょ。何言ってるんだろこの人)



 メグリスが心の中でセンリの言葉を否定しつつ、話の続きを促す。



「じゃあセンリさんは何にいくら賭けるんですか?」


「私はね〜」



 焦らすように間を置き、メグリスの頬が苛つきでぴくりと動くのを待ってから再び話し始める。



「金貨10枚を……」



(金貨10枚も!? 一体何に賭けるつもりなの!?)



「まだ確認されていないボスの報酬に、1点賭けだ!!」


「な、なんですって……」



(この人馬鹿だ……大穴狙いにもほどがあるでしょ……賭博場で歩く黄金の鴨って言われているだけはあるわ)



 メグリスが衝撃を受けていると、センリが目を細める。



「今更駄目だって言うんじゃないよ? 誰も未知のボスの報酬に賭けちゃ駄目って言ってないからねぇ」


「言いません。これ、誓約書です。お互い言い逃れなしということで」


「ほぉ〜、良いね。あとで泣き言を言うんじゃないよ」


「言いません」



 署名の入った誓約書を見て、センリとメグリスが同時に頷く。


 どちらも、自分が賭けに負けるという気持ちは微塵も抱いていなかった。




◇◇◇




 大都市イーディスの西部。


 涙の湖のほとりの岩場にぽっかりと空いた大穴が、今回の目的地――黄金のガチョウのダンジョンの入口だ。


 周辺には、冒険者向けの商業施設が建ち並び、大変な賑わいを見せている。



「どこもかしこも凄い人だかりだな」


「黄金のガチョウのダンジョンは、イーディス領で一番人気のダンジョンですからね」



 マサトの呟きに、先導していた後家蜘蛛ゴケグモの上級構成員――アシダカがさり気なく説明を入れる。



「人気の理由は踏破報酬が良いからか?」


「それもありますが、一番の理由はダンジョン内の時間の進みにあると思いますね」


「時間の進みか。どのくらいだ?」


「こちらの1刻に対して、ダンジョン内の方が四半刻ほど速くなります」


「四半刻か」


「はい。通常のリセットダンジョンで時の進みが変わるのは非常に珍しいので、修行場として訪れる冒険者は多いですよ。私たちも新人を鍛えるのに良く利用していますし、中には学生や研究者たちが護衛付きで入るときもありますね」



 手軽に1日を24時間から30時間に増やせるとなれば、誰だって利用するだろう。


 ただし、老化の進みは変わらないので、ダンジョンで過ごす時間が長ければ長いほど、早く老けていくことになる。



「ダンジョン内に宿泊施設は?」


「当然ありますよ。出現するモンスターの弱い低階層に限りですが、ダンジョン内とは思えないほどに充実しています。ただ、このダンジョンには、滞在時間に応じて発生するダンジョン滞在税が設けられているので、ダンジョン攻略を目的とした冒険者の利用はあまり聞かないですね」


「少しでも時間が欲しい人向けの宿泊施設か。いい商売だな」


「時間を売るだけなら、元手がかからないですからね。羨ましい限りですよ」



 ただし、低階層だとしてもリスクがないわけではなく、偶にダンジョン内でスタンピードなるモンスターの異常発生があり、それにより毎年少なくはない死傷者が発生しているとのことだった。


 それでも利用者が後を絶たないのは、それだけ納期や期限に迫られている人が多いということだろう。


 アシダカが話を続ける。



「今は領主によって禁止されていますが、昔は規制も緩かったので、奴隷商が子供の奴隷をいち早く大人の戦士に育て上げるため、ダンジョン内に奴隷用の収容施設が作られた時代もありました」



 そこで急に小声になる。



「15年前とかは特に酷い時代でしたよ」


「そうか……覚えておく」



 意味ありげな言葉に、マサトがそう答えると、アシダカは細い目の端を垂れさせて、にっこりと笑った。


 その言葉だけで満足したようだ。



「少しこの辺を観光しますか? それともすぐに潜りますか?」


「そうだな……」



 ヴァートに目を向けると、ヴァートは道端にずらりと並ぶ露店に目を輝かせていた。


 そんなヴァートに柔らかい笑みを浮かべたシャルルが隣に並び、その後方に、マサトたちを観察するチョウジと、チョウジの動きに注意を払っているパークスが同列に並んでいる。



「準備を兼ねて、少しだけ露店を見て回ってから潜ろうと思う」


「分かりました。ダンジョン内にも商店はありますが、ここで買う方が断然に安上がりな上に、品揃えも質も上ですので、私もそれが賢明だと思います」


「アシダカも潜るのか?」


「マサト様がお許しになるのであれば、微力ながら協力させていただきますよ」


「分かった。頼む」


「承知しました。お任せください。低階層はフロアの変化がありませんので、最短の道のりを案内できると思います」



 そう言って、アシダカは再び笑みを浮かべた。



――――――――――――――――――――

▼おまけ


【R】 大穴一点賭け、(X)、「ソーサリー ― マナ生成」、[(X):20面以上のダイスを1個選び、1回振る。最大の目が出たときだけ、その目の数だけXマナを倍にする]

「おい、また黄金背負った鴨が来てくれたぞ! 急いでお出迎えしろ!――賭博屋の支配人タカ」

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