284 - 「波紋の広がる帝都」

 青と白の魔導服に身を包んだ白髪の好青年が、灰色に変わった水晶を手に取り、興味深そうに眺めている。


 すると、青年と同じような配色のドレスを着た、若くて美しい金髪の女性が彼の近くまでやってきて声をかけた。



「どうかしましたか」


「これを見てみろ。南部で何やら面白いことが起きていそうだぞ」



 口元に笑みを作りながら答えたのは、アリス教を立ち上げた教祖――リデル・オブ・マーリンだ。



「その水晶は、確かユニークダンジョンを管理していた……」



 リデルの愛弟子であり、相棒でもあるニニーヴ・リーヴェが尋ねると、リデルは手に持っていた水晶をニニーヴに投げて渡した。



「そうだ。これは眠りの森のダンジョンの残存を確認していたものだ。これが灰色に変わったということは、眠りの森のダンジョンを踏破した者が出たということだが」


「眠りの森……それは本当ですか? 眠りの森は攻略難易度AAランクのはずでは?」



 ニニーヴが驚きつつも、疑いの目でリデルを見る。


 ユニークダンジョンとは、期間や再入場でリセットされず、クリアすることで消滅してしまう強力なダンジョンのことだ。


 その中でも眠りの森のダンジョンは、過去にAAランクの大型クラン『春の空スプリングスカイ』が大規模攻略に挑んで失敗して以降、攻略不可能とまで言われていたダンジョンだったため、ニニーヴはすぐに認められなかった。



「嘘をついてどうする。故障を疑うのは勝手だが、南には、海亀ウミガメの本拠地である浮島が向かったばかりだ。これは何かにおうぞ」



 リデルが楽しそうに語るも、ニニーヴはまだ疑いの目を向けていた。



「気になるのであれば、誰か偵察に向かわせますか?」


「いや、いい。実はそこまで気になっているわけではない。今は宝物庫の整理やら改築やらで忙しいからな。新しく回収した古代魔導具アーティファクトの仕分けもせねばならんし」


「新しいおもちゃが増えて嬉しそうですね」


「それはそうだろう。これが私の生き甲斐でもあるからな。寝ているだけで各地から宝が勝手に集まってくるなんて、我ながら上手いことを考えたもんだ。ふはは」



 ニニーヴが諦めたような表情に変わるも、リデルは気にせず続けた。



「たとえ帝都が火の海に包まれたとしても、悪魔デーモンどもが世界を牛耳り始めたとしても、私はここにあるコレクションが無事であれば文句は言わん」


「相変わらず外の世界には無頓着ですね。私は今の快適な暮らしが消えるのは困ります」


「ニニーヴがいるお陰で私が楽できる一面もあるのは重々承知している。感謝もしておるし、お前が動きたいのなら、もちろん、私は引き留めたりはせんぞ?」


「全くあなたって人は……そういうことであれば、久し振りに少し遠出でもしてこようかしら」


「おお、そうしろそうしろ。お土産よろしくな」



 嬉々としてそう答えたリデルに、ニニーヴは恨みがましい視線を送る。



「あなたの引き篭もり体質も困ったものね」


「何か聞こえたぞ」


「あら、つい本音が漏れたかしら」



 ニニーヴが青色のスカートを揺らしながら部屋を後にすると、リデルも水晶の王座から立ち上がった。



「さてと、口煩い娘もいなくなかったことだし、少しだけ夢魔たちと戯れるとするか」




◇◇◇




 ニニーヴが帝都から飛び去った数時間後。


 ヴァルト帝国の帝王だけが座ることが許された黄金の王座にて、女帝ネメシス・キング・ヴィ・ヴァルトが怒りを顕にしていた。



「ヘイヤ・ヘイヤが最上級悪魔ジェネシス・デーモンだとッ!? 誰がそんなふざけたことをッ!?」


「ハッ! そ、それが、第十五部隊隊長アネスティー・グラリティ様でして……至急、女王陛下にご報告があると」


「アネスティーかッ!!」



 面倒なことになったとネメシスが悪態をつく。


 十五部隊隊長のアネスティーは生真面目な性格で、部隊外からの信頼も厚い。


 それ故に騎士団の不正や不可解な任務に対する追及が厳しく、扱い難いという理由で独立遊軍部隊として自由に泳がせていたのだが、それが仇になったと後悔した。


 深入りするようであれば、事故を装って部隊諸共闇に葬り去ればいいと安易に考えていたのだ。


 だが、フログガーデン大陸への度重なる侵略作戦の失敗や、西部で受けた奇形の悪魔デーモンによる襲撃被害により、金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトも全盛期に比べて大分数を減らしていた。


 その影響で、アネスティーの影響力も相対的に大きくなってきていた。


 また、最近ではプロトステガによる北部で発生した暴動の武力鎮圧など、不満をもつ団員も増えてきている。


 これ以上の問題は部隊統制に支障をきたす恐れがあった。



「帽子屋を呼べ! 今すぐだッ!!」


「ハッ! え……ハッタ・ハット卿ですか?」



 拝謁を望んでいるアネスティーではなく、ハッタ・ハット卿を望んだネメシスに、女騎士は困惑する。


 そんな女騎士に対し、ネメシスが再び怒号をあげようとすると、突然ふたりの丁度中間くらいの空間が黒く染まり、そこからシルクハットを被った男が姿を現した。



「スギギギ。お呼びでスかね?」


「ハッタ・ハット卿!? 王の間に魔法で侵入するとは不敬が過ぎるぞ!!」



 女騎士がハッタ・ハット卿を睨みながら、そう告げるも、ハッタ・ハット卿は卑しい笑みを浮かべるだけだ。


 代わりにネメシスが応える。



「良い。お前は下がれ」


「し、しかし」


「下がれと言った」


「ハッ!!」



 女騎士が悔しそうに口元を歪めながらハッタ・ハット卿を睨みつけ、ネメシスに一礼した後、踵を返して退出した。


 それ見届けた後、ネメシスが口を開く。



「説明しろ」


「スギギギ。南部で何かが起きているようでスねぇ。ヘイヤ・ヘイヤが小娘ひとり取り逃がスとは考えにくいでスし、そもそもヘイヤ・ヘイヤがまだ生きているとも考えにくいでスけども……スギギハハッ!」


「なんだとッ!? どういうことだッ!?



 ネメシスが王座から身を乗り出して問うも、ハッタ・ハット卿は笑みを浮かべたまま話す。



「何者かにヘイヤ・ヘイヤは消されたようでスね。驚いたことに、プロトステガごと綺麗にバッサリと」


「なッ……」



 ネメシスが信じられないといった表情で言葉を失っていると、ハッタ・ハット卿は口の端を吊り上げた。



「その表情そそりまスねぇ!」


「ふざけるなッ! もしプロトステガが堕とされたのが嘘だとしたら……」


「心外でスねぇ。嘘だと思うのは自由でスがハハ!!」



 ハッタ・ハット卿の反応を見て、それが冗談ではないことを悟る。


 だが、そうなると問題はプロトステガほどの巨大な戦力を打ち負かした存在だ。



「クソッ……プロトステガは浮島だぞッ!? いったい何者だッ!? 」


「そこまでは私でも分かりません。直に私たちにも知らせが届くと思いまスが、それよりも外で待っている生娘たちに聞いた方が早そうでスがねぇ?」


「アネスティーたちか」



 ハッタ・ハット卿の卑しい笑みがより卑しく歪む。



「私が美味しくいただいても?」


「チッ、好きにしろ。だが、ちゃんと情報は聞き出せ」


「スギギギ。承知しましたよぉホホホ」


「待て」


「まだ何かぁ?」


「ひとりも討ち漏らすな。完璧に処理しろ」


「スギギギ! もちろんでスとも」



 ハッタ・ハット卿が再び黒い空間の中へと消える。



「クッ……一体どこの国だッ!」



 怒りに任せて振り下ろした拳が王座の肘掛けを叩き、鈍い打音が王の間に響く。


 だが、その怒りはすぐさま新たに芽生えた不安の感情によって上書きされた。



「プロトステガが堕ちたと知れ渡れば、今まで黙っていた領主たちがまた反旗を翻す可能性が……いやまだだ……まだ私にはあれ・・がある。いざとなれば……」




◇◇◇




「マサト、身体はもう大丈夫なのか?」


「傷はふさがったが、体力はまだ4割ほどしか回復できてない。動く分には問題ないが、完全回復までは少し時間がかかりそうだ」



 朝陽の射し込む飛空艇の操舵室にて、黒崖クロガケとマサトが会話を交わす。



「そうか。幸い、まだ帝国側に目立った動きはないから焦る必要もないだろう」



 プロトステガ陥落から既に数日が経過していたが、港都市コーカスの領土に隣接しているイーディス領の領主ロリーナ・イーディスがこちら側の協力者だったのが幸いした。


 領主のロリーナは、イーディス領から南部への立ち入りを強制的に禁止したのだ。


 それにより、南部の状況を上手く隠蔽することができた。


 もちろん、南部上空を数多のファージたちが占拠している影響も大きい。


 陸路が封鎖できれば、後は空を飛び交う伝書鳥を捕獲するだけで情報を遮断できる状態にあったからだ。



「この調子ならまだ数日保たせることができるだろう。それより、ダンジョンブローカーの居場所が分かったぞ」


「もう? 早いな」



 ダンジョンブローカーとは、まだ誰にも発見されていない未知のダンジョンを発見し、国を介さずに秘密裏に紹介する闇ギルドのことだ。



「運良くイーディス領に滞在しているようだ」


「だから早く分かったのか」


「そうだ。奴らは『青の天眼ブルーヘブンリィアイズ』と名乗っている。まずは都市イーディスへ行け。そこで仲介役に繋げる段取りは用意してやる」


「分かった」



 マサトがイーディスへ向かう間、黒崖クロガケたちは港都市コーカスで引き続き待機となる。


 ライオス・グラッドストン伯爵とユニコス・ディズレーリ伯爵の文が、帝都にいる金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトの各部隊長に届いてからが本番だという。



「誰を連れて行くのか決めてあるのか?」


「そうだな……」



 マサトが少し間を置くと、その答えを待たずして誰かが答えた。



「私がお供します」



 そう告げたのは、永遠の愛を誓う黒の女王こと、シャルル・マルランだった。


 シャルルはマサトが行く場所には必ず現れる徹底ぶりで、その度に黒崖クロガケは不機嫌になった。



「また貴様か……」


「あら……えーっと、何方どなただったかしら?」


「よせ」



 マサトが止めなければ本気で殺し合いをしかねないほどに黒崖クロガケが殺気を撒き散らす。


 もし通路でふたりが鉢合わせすることがあれば大問題になると不安になる者もいたが、不思議なことにシャルルはマサトの前にしか姿を現さなかったため、衝突が起きるとすれば、必ずマサトのいる場所でだった。


 ふたりの言い争いに少し呆れながらも、マサトが話を続ける。



「イーディスには、俺とシャルル、パークスとヴァートだけで向かう」


「ほう、緑狼族の娘は捨てていくのか?」


「人聞きの悪いことを言うな。アタランティスはまだ療養中で動けない。それに、俺とパークスとヴァートであれば、空を飛べるからもしもの時にすぐ帰還できる。シャルルについては……何を言ってもきっとついてくるだろ?」


「ふん、そういうことにしておいてやろう」



 あまり納得がいっていない様子の黒崖クロガケだったが、それ以上は追及してこなかった。


 その後、マサトはパークスとヴァートだけでなく、眠りの森のダンジョンを攻略した他のメンバーにも声をかけた。


 モイロたち白い冠羽ホワイトクレストのメンバーには、体調が回復したらいつでも降りていいと告げたが、街の外へ出られないのであれば船から降りてもすることがないと言われた。


 タダ飯が食える飛空艇の中の生活も悪くないらしく、もう暫くお邪魔するとも。


 キングとララには、一緒に連れて行けと文句を言われたが、移動手段を理由に断った。


 当人たちは納得した様子ではなかったが、毎回ララやキングを背負って飛ぶわけにもいかないため、こればかりは仕方がないだろう。


 アタランティスはまだ療養中だが、暫く船を離れると伝えたところ、寂しそうにしながらも了承してくれた。



「じゃあ行ってくる」


「お父様、お気をつけて!」



 両手を振るフェイトに、マサトが片手をあげて返す。



「ヴァート、遅れるなよ」


「大丈夫!」



 マサトが炎の翼を広げて飛び立つと、ヴァート、パークス、シャルルと続く。


 次の目的地は、ワンダーガーデン大陸の中央南部に位置するイーディス領だ。



――――――――――――――――――――

▼おまけ


【UR】 真実の愛を誓う白の女王、エレーヌ・ジュグラリス、4/6、(白×4)(6)、「マジックイーター ― 天族」、[強制召喚、召喚マナまたは召喚コスト上限不足時:召喚主を無力化し、エレーヌ・ジュグラリスの眷属とする] [(白):白の兵士1/1召喚1] [(白×4):白の戦士3/3召喚1] [(白×9):白の騎士5/5召喚1] [光魔法攻撃Lv4] [光魔法耐性Lv6] [エレーヌ・ジュグラリスの眷属以外への無差別攻撃] [召喚主がエレーヌ・ジュグラリスの無差別攻撃で死亡時:召喚主をエレーヌ・ジュグラリスの眷属として召喚する] [召喚主がエレーヌ・ジュグラリスの眷属時:攻撃不可、能力補正+4/+6] [飛行]

「純白の薔薇のような白い髪に白い肌。瞳と唇はうっすらとピンク色で、見る者全てを魅了する美しさをもつ。身長2メートルを優に超える大柄な彼女は、天使のような厳かさを漂わせた存在感のある見た目に反し、心は繊細で、とても傷つきやすく、思い込みが激しかった。そんな彼女の望みは唯一つ。全ての愛の独占。彼女にとって自分以外の者へ注がれる愛は、断罪されるべき悪でしかなかった――歴史学者グリムゼン」

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