285 - 「ダンジョンブローカー」

 ワンダーガーデン大陸、中央南部に位置する大都市イーディス。


 帝都と港都市コーカスの間に位置する大都市ではあるが、帝都とイーディスの間には険しい山々と沼地が広がっているため、帝都との交流は驚くほど少ない。


 一方で、イーディスとコーカスは昔から交流が盛んだった。


 コーカスには豊富な海の幸があり、多少距離はあるものの、比較的平坦な道が多く、陸路での交易が可能だったからだ。


 もちろん、イーディスが大都市になるまで発展できた理由は、それだけではない。


 一番の理由は、その恵まれた環境にあった。


 北部の山々からは豊富な鉱石資源が採取でき、東部には肥沃な森林地帯、西部には山岳地帯から流れてきた水が溜まってできた巨大な湖まで存在している。


 そして、周辺に出現するダンジョンの数も群を抜いて多いという特殊な環境もあり、他の地域から一攫千金を求めて移住していくる冒険者たちも多かったのだ。



 そんなイーディス領の西部、通称『涙の湖』と呼ばれる巨大な湖沼こしょうの側に建ち並ぶ商業施設の一角に、件のダンジョンブローカー――青の天眼ブルーヘブンリィアイズは存在していた。


 狭い3階建ての建物を借用しており、1階は応接間、2階が事務室、3階は物置きになっている。


 表向きは、ダンジョンから運び出された希少な古代魔導具アーティファクトのブローカー――青の涙ブルーティアーズということになっているが、それはイーディス領限定での仮の姿だ。


 在籍メンバーはたったの3人。


 青の天眼ブルーヘブンリィアイズの設立者であり、この世界では珍しい仙女族のセンリに、同じくこの世界では珍しい長寿族の用心棒チョウジ、そしてその2人に命を救われた過去をもつ栗鼠人族の眼鏡秘書メグリスだ。


 がらくたが詰まった木箱が無造作に置いてある事務室で、木製の机の上に足をかけて煙管煙草をふかしていたセンリに、メグリスが声をかける。



後家蜘蛛ゴケグモから仕事の依頼が入っていますが、どうしますか?」


「ふぅ〜、後家蜘蛛ゴケグモねぇ〜」



 センリが煙を吐き出しながら食事中のチョウジに視線を送る。


 すると、チョウジはビクッと肩を跳ねらせた後、気不味そうに視線を逸らした。


 ワンダーガーデンでも暗殺ギルドとして暗躍していた後家蜘蛛ゴケグモに、青の天眼ブルーヘブンリィアイズとしての裏の顔を知られてしまった原因の一端は、チョウジの失態にあったからだ。



「はぁ〜、どんな依頼だい?」


「コーカスから来る人物に会って話を聞いてほしいとのことです。報酬は言い値で払うと」


「言い値で? それは随分と胡散臭い話だねぇ〜」



 顔をしかめたセンリに、メグリスが眼鏡に手をかけながら淡々と応える。



海亀ウミガメの浮島がコーカスに向かった影響で、イーディス領からの移動禁止令が出ているとはいえ、一向にコーカス側の情報が入ってこないのは異常です。なのに、その状況下で、情報よりも先にコーカスから訪問者が来るなんて」



 青の天眼ブルーヘブンリィアイズでも、いち早く海亀ウミガメの動向を把握するため、コーカス側の情報屋へ伝書鳩を放ったり、直接情報屋を雇って情報収集に動いたのだが、未だに何一つ情報を得られないでいたのだ。



「不気味だねぇ〜」


「今回ばかりはリスクが大きいです。断りましょう」


「断るもなにも、誰かさんのせいで居場所を知られてしまっているからねぇ〜。ねぇ、チョウジ〜?」


「め、面目ないッス……」



 麺をすすりながらもチョウジががっくりと頭を下げる。


 そんなチョウジへ、メグリスも蔑みの視線を送った。



「よりにもよって暗殺ギルドが運営していた娼館で口を滑らせるなんて」


「ぐうの音もでねッス……」



 落ち込んだチョウジから視線を外し、センリが再び煙管を咥える。



「ふぅ〜、ここでの生活も潮時かね。結構、気に入ってたんだけど」


「すぐ発ちますか?」



 メグリスからそう問われたセンリが、何気なく窓へと視線を移す。



「はぁ〜、当然もう見張られちゃってるよねぇ〜」



 その言葉に、チョウジとメグリスの目つきが変わる。



後家蜘蛛ゴケグモッスか?」


「だろうねぇ〜」


「どうしますか? 暗殺ギルドが相手となると少々厄介ですが」


「自分で撒いた種なんで、自分が片を付けるッスよ」


「ふぅ〜、そう力むんじゃないよ。まずは会ってみようじゃないか」



 そう告げながら、センリが妖艶な笑みを浮かべる。


 薄青色の長い髪を束ねて4つの輪を作った独自の髪型で、煙管を片手で持ちながら、漢服の一種である襖裙おうくんに似た服を着こなすセンリは、この世界にはない異質な雰囲気を身にまとっていた。



「それでもし相容れなければ全員始末すればいいだけさ」




◇◇◇




 マサトたちがコーカスを発った日の夜、こっそりとコーカスを抜け出す者たちがいた。


 元帝国第一位王位継承の王子のキングと、最上位支援魔法師ハイ・エンチャンターのララのふたりだ。


 小さくなるコーカスを振り返りながら、キングが呟く。



「誰も追ってこねぇな。意外に警備ザルか?」


「そんなわけないかしら。見逃されただけなのよ。雲の上でうじゃうじゃ飛び交っている悪魔デーモンが気付いていないはずがないかしら」



 キングに肩車されたララが呆れたようにそう応えると、キングはつまらなそうに不満を口にした。



「けっ、非力な元王族ひとりくらいいなくてもどうってことねぇーってか? マサトたちも本当に俺たちを置いて行きやがったしよ。薄情な奴らだぜ」


「いつになく悲観的なのよ。キングらしくないかしら」


「そんなんじゃねぇよ。ただ、昨日から嫌な予感がしてな。俺の勘違いならいいんだが」


「やめろかしら。キングの嫌な予感は当たるから質が悪いのよ」



 ララがキングの髪の毛を引っ張る。



「いてて、やめろ! 下ろすぞ!」


「それよりもっと速度あげるかしら。これじゃあ何日かかるかわからないのよ。後、背中に背負ってる雷槍をもう少し横にするかしら! お尻に刺さりそうで怖いのよ!」


「くっそ! こんな簡単に見逃してもらえるなら馬でも地竜でも借りて出るんだった!」




◇◇◇




「お嬢、アイツら行かせて良かったんだよナァ?」



 白群色の大型飛空艇、リヴァイアス号の操縦室にて、キングとララの後ろ姿を映し出したモニターを見ながら、豹人のガルアがフェイトへ話しかけると、フェイトはモニター越しに遠くを見つめ、呟くように応えた。



「もちろんよ。あの方たちはお父様とともにいるべき人たちだから」


「でもヨォ、お嬢の話だと、どうせ最後は敵に・・回るんだよナァ? 今、殺しちまった方が手間が省けていいんじゃネェか?」


「駄目よ。それでも、お父様には必要な人たちなんだから」


「まぁ、お嬢がそういうならそうなんだろうけどよ……」



 ガルアが腑に落ちない表情で頭をかいていると、操縦室に凛とした声が響いた。黒崖クロガケだ。



「行ったか?」


「はい、お母様」


「よし、では計画を次の段階に進める」


「「「ハッ」」」



 黒崖クロガケの指示に、その場にいた全員が敬礼で応える。



「予定通り、伯爵たちを乗せた防衛型飛空艇ディフェンスシップはクローバー領へと退避。他は戦闘に備えろ」



 こうして、コーカスに待機し続けるはずだった黒崖クロガケたちもまた、マサトの預かり知らぬ目的のために動き始めるのだった。




――――――――――――――――――――

▼おまけ


【UR】 不死身のチョウジ、2/7、(赤)(緑)(1)、「モンスター ― 長寿族」、[武術Lv6] [不死]

青の涙ブルーティアーズの用心棒兼冒険者。年齢不詳だが、見た目は若い。単独でダンジョンを制覇するほどの実力者。AAランカーであり、測定当初のLvは201。楓色のパーマがかかった髪に、男前の顔立ち、更には筋肉質で高身長というのも相まって女性のファンは多い。どんな過酷なダンジョンからでも生還することから、不死身のチョウジという二つ名がついた――冒険者ギルド受付嬢オミオの手帳」

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