282 - 「白金貨2000枚の使い道2」

「うわっ!? な、なにこの赤いの!?」


「ヴァート、慌てなくても大丈夫。これはただの演出だから」

 


 カードから放出された赤黒い光の粒子を浴びたヴァートが、びっくりしながらマサトの後ろへ隠れる。


 一方で、フェイトは笑顔のまま両手を伸ばし、吹き抜ける光の粒子を、まるでそよ風を浴びるように全身で感じようとしていた。



「すーっ、はーっ! お父様、この光と風は無臭なのね! こんなに濃い色をしているのに、マナの残滓も感じないのは凄いわ!」



 否、しっかりと臭いまで嗅いでいた。


 大丈夫とは言ったが、見た目がおどろおどろしい色の粒子だったため、普通ならヴァートのように危機感を感じるはず。


 その素振りさえ見せなかったフェイトは大物なのだろう。



(あの年齢で、肝が据わってるのか。凄いな)



 そんなフェイトに少し感心しつつ、目の前のカードに視線を戻す。



(ここまで派手で長い演出は今までなかった。これは期待できるかもしれない)



 赤黒い光の粒子を放出し続けているカードを凝視していると、暫くして一陣の風とともに赤黒い粒子が掻き消された。


 そして、赤黒いオーラをめらめらと漂わせているカードが露になる。



(フルアート仕様のカードか……)



 フルアート仕様とは、カード全面にイラストが描かれているタイプのカードを指す。


 通常のカードと違い、カードの縁がなく、躍動感のある自由なデザイン構成になっているものが多い。


 このカードも、テキスト部分が赤黒い鎖によって拘束されているようなイラストだった。



「これは……」



 暗闇にうっすらと浮かび上がる複数の角と、光るふたつの眼光。


 そして闇から伸びる無数の赤黒い鎖。


 イラストは静止画ではなく、鎖が蛇のように動いていた。



『獄神タルタロスの鎖腕輪を獲得しました』


【UR】 獄神タルタロスの鎖腕輪、(黒×9)(赤×9)、「アーティファクト ― 装備品」、[ライフ消失Lv1:獄神タルタロスの血鎖による拘束Lv9][獄神タルタロスの血鎖による生命吸収ライフドレイン:ライフ回復Lv1][破壊不能][装備コスト:ライフ消失Lv9][耐久Lv∞]



 獄神タルタロス。


 元ネタは、ギリシア神話の奈落の神にして、奈落そのものとされた存在である。


 冥界の更に深いところにあり、多くの神々が幽閉された監獄でもあった。


 MEでも、そのイメージが強く反映されており、神々が恐れる神のひとりであり、冥界の監獄を司る唯一の大神として描かれていた。


 その絶対的な力を持つ神の装備品が、今回ガチャで獲得したカードだ。


 召喚コストや装備コストだけでなく、起動コストですら相当重いが、その効果は強力だ。


 ライフを1点支払えば、拘束Lv9という最上級クラスの拘束力をもつ鎖を扱うことができ、更には拘束した相手へ生命吸収ライフドレインが使え、消費したライフをそのまま回復できる手段を持っている。


 拘束にさえ成功してしまえば、拘束した相手を養分にしてライフを全回復することすら可能というわけだ。


 このアーティファクト自体も耐久力が無限で、かつ [破壊不能] まで付いているため、解呪ディスペルで壊される心配もない。


 ただし、追放系の除去には弱いため、無敵というわけではないが、解呪ディスペルですら貴重な魔法とされるこの世界なら半永久的に使い倒せるだろう。


 間違いなく、一級品という言葉では足りないくらい強力な装備品だ。


 問題は、召喚コストが重すぎて、現状の紋章――マナ喰らいの紋章Lv50(MAX)では召喚できないことにあった。



(今の召喚コスト上限は15。世界喰らいの紋章に進化させないと召喚できないのか……)



 いくら強力なカードでも、召喚できないのであれば意味がない。



(やはり、マナ回収が急務であることは変わりないな)



 そう考え込んでいると、黒崖クロガケら3人の視線を感じてハッとする。


 マサトが気付いたのを確認した黒崖クロガケが口を開く。



「どうだった? 驚きから一転、真剣な表情に変わったが」


「かなり強力なカードであることは間違いない。ただ、強力過ぎて、今の俺じゃ召喚できなくてね」


「ほぉ、今のお前でも力不足だというのか。それは一体どんな神器なんだ?」



 フェイトもヴァートも期待に目を輝かせながら、マサトの答えを待った。



「獄神タルタロスの鎖腕輪だ」


「獄神タルタロスだと!? それは本当か!?」


「お父様、さすがですわ!!」



 黒崖クロガケが驚愕し、フェイトは飛び跳ねながらマサトを称賛した。


 ただひとり、ヴァートだけは、それが何なのか知らなかったらしく、驚くわけでも称賛するわけでもなく、挙動不審気味に頷いていた。


 そんなヴァートの気持ちを汲み取ったマサトが、簡単に説明する。



「タルタロスとは、神をも封じる力を持つ、冥界にある監獄の神の名だよ。神々が恐れる数少ない神のひとりでもある。これは、そのタルタロスが使う装備品を召喚できるカードだ」



 そこまで説明すると、ようやくその凄さが理解できたのか、ヴァートも目を再び輝かせた。



「す、すごいや! 神が身につけてるものまで召喚できるなんて!」


「神の所持品すら召喚できるなら、そのうち神自身も召喚しそうだな」


「できるようになるだろうね。紋章レベルさえ上がれば」


「マナ喰らいの紋章か。あと、どれくらい魔力マナが必要なんだ?」


「あと1万マナくらい――って言っても伝わらないか。プロトステガ級の都市を1つ殲滅してだいたい8000マナくらいだ」


「プロトステガ……サイクロプスがうじゃうじゃいたあれクラスを追加で堕としてもまだ足りないのか。帝都を堕とせば達成できるとは思うが……神の装備品が手に入るなら、帝都を攻める前に保険として召喚しておきたいところだな」


「ああ」


「ふむ、各地に協力者を潜り込ませている手前、手当り次第都市を攻め落とすわけにもいかない。そうだな、前に話したダンジョンブローカーに至急連絡しよう」


「頼む。だが、そんな猶予はあるのか?」


「さぁな。一度くらいは金色の鷲獅子騎士団グライフスヴァルトとぶつかるかもしれないが、小蝿の群れなど返り討ちにしてやればいい」


「大した自信だな。確かに、鷲獅子騎士グリフォンライダー程度じゃ飛空艇を相手にするのは難しいだろうが、単騎で一国の軍隊と同等と言われるアリスはどうだ?」


「その時はマサト、お前に任せる」



 あっさり丸投げしてきた黒崖クロガケに挑発的な視線を向けられると、マサトは思わず笑ってしまう。



「フッ……そうきたか」


「何か問題があるか?」


「いや、問題ない」


「当然だ。数で攻めてきたときは数で応戦してやる。そのための飛空艇だ。だが、相手が単騎の超越者となると、飛空艇では小回りが効かない分、不利になる。まぁ仮にお前が不在でも、今はドラゴンや最上級悪魔ジェネシス・デーモンもいる。そう簡単に負けはしないだろう」



 黒崖クロガケは続ける。



「帝国が反撃のために軍を招集したとしても、そう簡単には集まらないはずだ。北部は反乱軍鎮圧で荒れ果て、西部は我らの陽動部隊による奇襲によってすぐには立て直せない状態まで被害を与えてある。動きがあるとすれば東部だが、東部は元々帝国に対しては比較的中立な立場の地域だ。南部のために即座に軍を動かすような関係ではないだろう。もし動きがあったとしても、間者から先に連絡が入るように備えはある」


「既に蜘蛛の巣を張り巡らせてあるってわけか」



 自分がいなくても、黒崖クロガケならそのままワンダーガーデン大陸を制圧できたかもしれないと関心していると、その心の内を見透かしたのか、黒崖クロガケが首を横に振った。



「私ができるのは負けないための対策だ。帝国のような巨大な国が相手だと、1度や2度の勝利では足りない。それに守りの固い帝都を堕とすには、一点突破できる圧倒的な力が必要になる。つまりは、お前だな」


「プロトステガを堕とした飛空艇の主砲でも厳しいのか?」


「確実とは言えないな」


「それほどか」



 帝都の守りを甘く見ていたかもしれないと、マサトも考えを改める。


 すると、待ちくたびれたのか、フェイトがマサトの腕を引っ張りながら話に割り込んできた。



「お父様、続きのカード召喚はもうしないのですか!?」


「そうだな……」



 もう1度、『深闇のVIPカードガチャ』を引くかどうか悩む。


 獄神タルタロスの鎖腕輪クラスのものが出ても、紋章を進化させるまで使えないのであれば、通常のガチャを引いた方がいいとも考えられる。


 だが、一方で期間限定ガチャは今限りだ。



(通常ガチャはまた白金貨を工面すれば引ける。なら今は期間限定の方を引いた方がいいか)



 腹が決まる。



「もう1度やってみようか」


「わーい!」「やったー!」



 フェイトとヴァートが喜び、黒崖クロガケが微笑みながら頷く。


 マサトは残りの白金の延べ棒の山に触れると、口を開いた。



「深闇のVIPカードガチャ」



 残りの白金が全てが光の粒子となって消える。



「次は何が出るかな!? ね、ヴァート!」


「き、きっとすごいやつだよ!」



 舞い上がる光の粒子を見上げながら、期待に目を輝かせるふたり。


 外れた時のふたりの落胆顔は見たくないなと、マサトにも力が入ると、皆の視線の先に、今度は白と黒の光の粒子が溢れ始めた。



(白黒の混色か……?)



 白と黒、二色の光の放流が交互に交わり、その光の中央を通るようにカードが舞い降りる。


 カードはくるくると回転しながら、ゆっくりとマサトの視線の高さまで落ちると、イラストの面を向けて停止した。


 直後、白と黒の光の帯が伸び、マサトをあっと言う間に包み込む。



(ん……?)



 何か囁き声が聞こえた気がして、一瞬眉をひそめる。


 だが、それは聞き間違えではなかった。


 左右両方の耳元で、違う声色の声が交互に響く。



『あなたがわたしに求めるのは、真実の愛?』

  『貴方が私に求めるのは、永遠の愛?』


『あなたがわたしに求めるのは、決して汚れることのない肉体と魂?』

  『貴方が私に求めるのは、決して滅びることのない肉体と魂?』


『あなたがわたしに求めるのは、妄信的な白き正義の断罪?』

  『貴方が私に求めるのは、狂信的な黒き憎悪の発散?』


『わたしがあなたに求めるのは、真実の愛。わたし以外への愛の排除』

  『私が貴方に求めるのは、永遠の愛。私の愛を阻む全ての排除』


『あなたにふさわしいのはわたしだけ。他はいらない』

  『貴方は私だけのもの。誰にも渡さない』



 そして、目の前にシステムメッセージが表示された。



『どちらを選択しますか? 真実の愛/永遠の愛』



――――――――――――――――――――

▼おまけ


【UR】 獄神タルタロスの鎖腕輪、(黒×9)(赤×9)、「アーティファクト ― 装備品」、[ライフ消失Lv1:獄神タルタロスの血鎖による拘束Lv9][獄神タルタロスの血鎖による生命吸収ライフドレイン:ライフ回復Lv1][破壊不能][装備コスト:ライフ消失Lv9][耐久Lv∞]

「獄神タルタロスの操る鎖は、神すら拘束する力を持つ。獄神タルタロスにとっては、不死身の肉体をもつ神々は、尽きることのない食糧でしかない――囚われの臆病神オクノス」

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