281 - 「白金貨2000枚の使い道」


 黒いシルクのネグリジェを身に纏った黒崖クロガケが、ほんのり上気した顔で話す。



「お前のために用意した金だ。好きに使え」



 黒崖クロガケに案内された宝物庫には、白い輝きを放つ延べ棒が積まれていた。



「ざっと20億G――白金貨2000枚分はある」



 20億Gは、日本円で200億相当にあたる。


 カードガチャは1回あたり白金貨20枚かかるため、2000枚は計100回分だ。



「これ全て……?」



 マサトが呆気に取られていると、素直に喜ばれると思っていた黒崖クロガケは、表情を曇らせた。


 用意した額がマサトの想定を下回ったのだと勘違いしたのだ。



「軍備強化やら諜報活動資金やらで出費も激しくてな。これ以上は用意できなかった。それに全てが綺麗な金という訳でもない。それが気になるのであれば……」



 自身の心の動揺を誤魔化すようにまくし立てる黒崖クロガケに、マサトが手をかざして話を止めさせる。



「いや、そういう意味じゃないんだ。十分過ぎるくらいだよ」



 突然、マサトに話を止められ、黒崖クロガケが目を見開いて止まる。


 マサトはマサトで、本当に現れるかどうか分からない自分の為に、黒崖クロガケがここまで献身的に尽くしてくれたことを実感し、胸の奥が少し熱くなっていた。


 自然と感謝の気持ちが口から溢れる。



「ありがとう。助かる」



 その言葉を聞いた黒崖クロガケは、少し間があった後、ようやくマサトの反応に理解が追いつくと、ホッと胸を撫で下ろした。


 そして、自分が早とちりしたことに赤面した。



「はぁ、お前といると調子が狂う。私もまだまだだな」



 赤くなった顔を片手で隠しながら、指の隙間からマサトを覗いつつ話を続ける。



「それで、さっそく使うのか?」



 マサトは黒崖クロガケに少しだけ微笑んで返すと、白金の延べ棒の山まで移動した。



「ああ、使わせてもらうよ」


「――だ、そうだぞ。そろそろ入ってきたらどうだ?」



 黒崖クロガケがそう誰かに話しかける。


 気になったマサトが入口へと顔を向けると、白眼の少年と、赤髪の少女が丁度顔を出したところだった。


 少年は酷く動揺した様子で、少女は愛嬌のある照れ笑いを浮かべながら、順番に口を開く。



「あ、その、ちが、これは……」


「えへへ。お父様とお母様の貴重な空間を壊さないように、静かに入口で待機していただけですよ? なんて」



 白眼の少年はヴァートで、赤髪の少女はフェイト。


 母親は違うが、どちらもマサトの子だ。


 マサトはちょうど良いとばかりに、ふたりへ声をかけた。



「ふたりとも、こっちにおいで。今から魔法のカードを生み出すから」



 そう声をかけると、ふたりは満面の笑みを浮かべ、我先にと競うように駆け寄った。



「なっ! ずるするなよっ!?」


「あ、ちょっと袖を引っ張らないで! お父様に見せる為に用意したとっておきのお洋服なのよ!?」


「そっちが先に押したからだろ!? それに父ちゃんがいるって言いながら全然違う場所に何回も案内しやがって!」


「さぁわたしは知りませーん。なんのことだろう?」


「こっの……!!」



 さっそく口喧嘩を始めたふたりに、マサトが呆気に取られ、黒崖クロガケは溜息を吐いた。



「喧嘩するなら部屋に戻っていろ」



 黒崖クロガケの叱責に、ふたりが同時に首をすくめる。



(怒られた時の反応は一緒なのか。ふたりは似てないようで、ちゃんと血の繋がった兄妹なんだな……)



 微笑ましい気持ちになったマサトが、すかさず助け舟を出した。



「喧嘩せずに仲良くできるなら隣で見てて良いけど、どうする?」



 すると、ヴァートとフェイトのふたりは自然と顔を見合わせた。


 意図せず見つめ合う形になり、ヴァートは一瞬嫌な顔をするも、フェイトは瞬時に外行きの作り笑顔に切り替えたため、ヴァートも負けじとぎこちない笑顔を作ってみせた。



(仲が良いのか、悪いのか……)



「良し。喧嘩をするなとは言わないけど、程々にな」


「はい! お父様!」


「……はい」



 にこにこと楽しそうなフェイトがマサトの右側に、口を尖らせたヴァートがマサトの左側に回り込む。


 こういう時の切り替えの早さは、女の子に分があるようだ。


 ヴァートが少し子供っぽいだけかもしれないが。



「それじゃあ、始めるか……」



 マサトが白金の延べ棒に手を伸ばす。


 すると、目の前にシステムメッセージが表示された。



『特殊条件を満たしたため、期間限定で新たなガチャを解放しました』



(これは!?)



 すかさずメニューを開くと、1回20プラチナのカードガチャとは別に、1回1000プラチナの『深闇のVIPカードガチャ』の項目が増えていた。



(VIPガチャ……確かテーマ毎の強力な再録カードと、通常のガチャでは手に入らない限定カードで構成されたコレクター向け商品だった気が……)



 突然手を止め、目を泳がせたマサトへ、違和感を覚えた黒崖クロガケが声をかける。



「どうかしたのか?」


「いや、大したことじゃない」



 そうは言ったものの、マサトは迷っていた。


 通常のカードガチャであれば、100回も引くことができる。カード100枚分だ。これなら強力なカードが数枚は期待できるだろう。


 一方で、VIPカードガチャだと2回しか引くことができない。この98枚の差は大きい。


 これが常設解放であれば、資金に余裕ができたときに引けば良いと割り切れたが、深闇のVIPカードガチャの項目の横には、59:32……31……30と、カウントダウンされていく表示が見えていた。


 タイムリミットは60分のようだ。



(これを逃しても、再び解放できるのか……? いや、解放条件が分からない以上、これを逃したら引けないと考えた方が良いか……)



 1回、白金貨1000枚は相当高い。


 だが、最強の1枚を入手したいのであれば、VIP系ガチャが1番の近道であることは間違いなかった。



(引いてみるか。最悪、外れたら残りは通常のカードガチャに回せばいい)



 深闇のVIPカードガチャを1回引いても、通常のカードガチャを50回引ける分は残る。



(それでいこう)



 マサトの腹が決まる。



「深闇のVIPカードガチャ――こい!」



 マサトが触れていた白金の延べ棒の山が、光の粒子となって半分ほど消える。



「わぁ! 綺麗!」


「す、すげぇ……」



 舞い上がる光の粒子に感嘆の声をあげたフェイトとヴァート。


 黒崖クロガケも驚いた表情ながら、壁に寄りかかりつつ状況を見守っている。


 すると、皆の視線の先に、今度は黒い影の渦が現れた。



「お、お父様!? あれはなんですか!?」


「父ちゃん!? あれなに!?」


「慌てなくても大丈夫。あの中から魔法のカードが出てくるはずだから。ほら」



 影の渦が徐々に大きくなると、その渦の中心から禍々しい赤黒い粒子を纏ったカードが舞い降りてきた。


 カードはくるくると回転しながら、ゆっくりとマサトの視線の高さまで落ちる。


 そして、イラストの面を向けて停止すると、周囲に赤黒い光の粒子を一斉に噴射したのだった。



――――――――――――――――――――

▼おまけ


【C】 目的地のない道案内、(青)、「インスタント」、[一時無力化]

「お父様とお母様がお話する少しの間だけ、このおじゃま虫の相手をしていればいいのね。分かったわ、お母様――物分りの良い一人娘フェイト」

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