277 - 「眠りの森のダンジョン12―最後の大賢女」

 無数の雷光がうねる積乱雲。


 その雲の中から、黄緑色の炎を身に纏った魔女が悠然と姿を現す。


 雷光を背に佇む魔女。


 その表情は、逆光となって窺うことができなかったが、鋭く光る金色の眼が、先程の魔女とは違う雰囲気を放っているようにマサトは感じていた。


 警戒心を強めたマサトへ、魔女が杖先を向ける。



(来るッ!!)



 雷喰いの円盾ライトニングイーターシールドを構え、杖先の射線上から退避しようとしたその時――。


 視界が閃光で埋め尽くされた。


 直後に、連続で轟く雷鳴と、円盾にぶつかる強い衝撃。


 それによって、マサトの動きが強制的に止められる。



(くッ、ここまで速いか……)



 秒速150kmを超える速度で到達する雷を回避するのは、さすがのマサトでも難しかった。


 魔女の先制攻撃を受けてしまったが、それならと、攻撃が止んだ次のタイミングで一気にケリを付けようと考え直す。


 だが、マサトの予想に反し、魔女の攻撃は単発では終わらなかった。



(まだか……? どうなってる……?)



 視界が白く点滅する中、微かに見えた光景に、マサトが苦渋の表情を見せる。


 魔女の背後にある雷雲からも、無数の雷光が間断なく放たれていたのだ。


 雷喰いの円盾ライトニングイーターシールドといえど、所詮は道具。


 その性能には限界があった。


 無数に迫る雷を受け止め続けるうちに、吸収しきれなくなった雷撃がマサトの身体に流れ始める。



(ぐッ……!?)



 意識に反して収縮する筋肉。


 強烈な電流は、円盾を掴む手を小刻みに振動させた。



(くそッ!!)



 雷を放つモンスターに拘束された光景がフラッシュバックする。


 このままでは、過度な電流により、身体が完全に硬直してしまう。


 そうなれば先程の二の舞だ。


 だが、雷雲から放たれる雷光が途絶える様子はなかった。


 頼みの綱であるヘイヤ・ヘイヤも、同じように雷撃の雨を浴びて動きを止められている。



(くッ……)



 心の中で悪態を付きながら、歯を食いしばって耐える。


 だが、魔女の杖から放たれる稲妻は終わるどころか、次第に太くなっていった。


 魔女が攻撃の手を強めたのだ。


 それにより、マサトの身体から白い煙があがり始める。



(こんな強引なハメ技があるとは……いや、あるか……ここがMEの世界なら)



 MEにおいて、プレイヤーへのハメ技は基本定石だ。


 自由に逃げ惑うプレイヤーを仕留めるには、足止めや拘束技からの即死コンボが必須となる。


 だが、そのハメ技をもってしても、簡単に仕留めることが難しいのがMEである。


 なぜなら、MEでは回避手段としても使えるカードが多数存在しているからだ。



(ここは1度体勢を立て直す――)



 マサトが攻撃を諦め、一時撤退を選択する。



夜空への放逐アッパーエアトランジション!!」



【UC】 夜空への放逐アッパーエアトランジション、(黒)(X)、「インスタント」、[上空転移LvX]



 その瞬間、マサトはその場から姿を消し、対象を失った数多の雷撃は虚しく空を切った。




◇◇◇




「消えた!?」



 マレフィセントが驚き、思わず叫ぶ。


 雷の集中砲火を浴びせ、そのままもう少しで仕留められると思っていた矢先、突然、男が消えた。


 1度ならず2度までも、こちらの攻撃を回避してみせた男に、悔しいという気持ちが込み上げる。



「後少しのところで……」



 杖を強く握りしめ、歯を軋ませるマレフィセントに、デザストルが囁いた。



『敵は遥か上空に逃げたようだ。あの雷撃を浴びつつ、どうやって一瞬で移動できたのか、その方法は不明だが』


「上か!」



 方法などマレフィセントはどうでも良かった。


 それよりも、忌々しい侵略者の男を早く始末したいという気持ちが先に立つ。



「どこだ!?」



 見上げた上空には白い雲が広がっており、男の姿ははっきりと見えない。


 どうやら纏っていた炎も気配とともに消したようだ。



「雲に身を隠したということは、それだけあの男も追い込まれた状態にあるようね。逃すものですか」



 マレフィセントが雷雲を周囲に拡散させつつ、自身も高度をあげる。


 だが、その時、上空からマレフィセント目掛けて何かが飛来してきた。


 白い雲を抜けてきたそれは、四角い形状の岩だ。



「こんなものでッ!!」



 黒い杖から稲妻を放ち、迫ってきた岩の塊を破壊する。


 だが、雲を抜けて飛来してきたのはそれだけではなかった。


 今度は火球の雨が白い雲から降り注ぐ。



『気を付けよ!』


「言われなくとも分かっています!」



 頭に直接響くデザストルの声に苛立つも、マレフィセントは迫る火球を雷撃で撃ち落としていく。


 マレフィセントの意思に呼応するように、雷雲からは次々に雷光が走り、火球へと到達。


 白い雲と黒い雷雲の狭間で紅蓮の花を咲かせていく。


 決して避けられない訳ではないが、また火球の影に隠れて接近されてなるものかと、念入りに撃ち落としにかかった。


 だが、デザストルの忠告は、そこではなかった。


 雷雲からの雷で撃ち落とせなかった大きな火球が迫る。



「ええいッ! 目障りなッ!!」



 再び黒杖から強力な稲妻を放つ。


 撃ち落とせなかったのは、雷雲から走らせた雷の威力が弱かったせいだと思ったからだ。


 だが、アルゲスの黒杖で放った稲妻をもってしても、その火球を撃ち落とすことはできなかった。


 デザストルが語気を強める。



『気を付けよ! あれは火球ではない! 古代兵器だ!!』


「なんですって――」



 炎の中に、鉄色の塊が見える。


 長い手足を抱きかかえた鉄の機械兵だ。


 なぜ古代兵器が火達磨になって空から降ってくるのか。


 そんな疑問が浮かぶも、その意図まで考える暇はなかった。


 機械兵の頭部が動く。


 そして、目の位置に嵌め込まれた大きな水晶体が、マレフィセントを捉えた。



『避けよッ!!』



 デザストルが警鐘を鳴らすのと同時に、眩い光がマレフィセントを襲った。




◇◇◇




 プロトステガの機巧巨人兵ギガスが放った極太の熱光線が、魔女を一瞬で飲み込む。


 熱光線はそのまま地上へと着弾すると、きのこ雲をあげる大爆発を引き起こした。


 機巧巨人兵ギガスを盾にするように一緒に落下してきたマサトが、その様子を見て「よし」と頷く。



(上手く隙を突き返せたが、魔女は……)



 熱光線が直撃した魔女を凝視する。


 すると、熱光線の残滓の中から黄緑色の炎を纏った魔女が微かに見えた。



(駄目かッ! ならば――!!)



 魔女に気付かれる前に、マサトが一気に加速する。


 機巧巨人兵ギガスに飛行性能はないため、追撃するのはマサトだけだ。


 月食の双剣ハティ・ファングを右手に構え、そのまま魔女へ迫ると、魔女の金色の瞳がマサトを捉えた。


 魔女が鬼の形相に変わる。



「忌々しい侵略者めッ!!」



 魔女が杖を向けようとするも、今度はマサトの方が速かった。


 黄緑色の炎を強引に突っ切り、懐へ潜り込む。



(もらった!!)



 突き出した剣が、魔女の腹を突き破る。


 すると、魔女は杖を捨て、突き出されたマサトの右腕を掴んだ。



「お前も道連れにしてくれるッ!!」



 魔女の言葉を無視し、マサトはそのまま腹部を引き裂こうと力を込めようとするも、上手くいかない。


 すると、魔女の両腕からマサトの腕へと、バチバチと稲妻が走った。



(くそ! また雷か!!)



 上手く腕を振り抜けなかったのは、魔女が放つ電流により腕が硬直してしまっていたからだった。


 ならばと、マサトは次の一手を変える。


 まだ自由に動く身体を使い、魔女を地上へと叩き落とすことにした。



「な、何を!?」



 地上へ向けて急加速し始めたマサトに、魔女が焦った声をあげる。


 このままの速度で2人とも地面に衝突すれば、さすがのマサトでも無事でいる確証はない。


 なのでやることは1つ。


 地上すれすれでの急減速だ。



「堕ちろ!!」



 炎の翼ウィングス・オブ・フレイムをパラシュートのように広げ、減速するのと同時に、マサトが左手から火球を放った。


 魔女の胸元、ほぼゼロ距離で放たれた火球が爆発。


 マサト自身も爆発を直で受けたが、落下方向に受けた魔女は、爆発の衝撃で更に加速した状態で落ちていった。


 そして、地面にぶつかり、その衝撃でドンと土煙があがる。


 生身の人間であれば肉体がミンチになってもおかしくないほどの衝撃だ。


 さすがに倒しただろうと手応えを感じたマサトだったが、念の為と魔女が落ちた場所へありったけの業火を放った。 


 舞い上がった土煙が、上空から吹き下ろされた業火によって捌けると、信じられないことに、クレーターとなった地面の上で、黄緑色の炎に包まれた魔女がマサトを睨んでいた。



(あれでも死なないのか……)



 だが、魔女も無傷ではなかった。


 美しかった黒髪は焼け焦げ、黒い衣装はぼろぼろになり、焼け落ちた服の合間から見える肌は焼けただれていた。


 血が吹き出し続ける腹部を片手で抑え、肩で息をしながら、片膝立ちで見上げている。


 見るからに満身創痍の状態だ。


 だが、魔女を守るように周囲に展開されている黄緑色の炎だけは違った。



(仕留めきれなかったのは、あの炎のせいか……? 何かの防御魔法か?)



 原因は分からないが、ここで攻撃の手を緩める訳にはいかないことだけは理解していた。


 マサトが炎の出力をあげる。


 紅蓮の炎が吹き荒れ、黄緑色の炎がそれを押し返す。


 魔女が特段何かをしている訳ではない。


 魔女は苦しそうにマサトを見上げているだけだ。



(意思を持つ炎……? それなら――)



 マサトが更に炎の出力をあげる。


 すると、黄緑色の炎も負けじと出力があがった。


 だが、マサトは狙いは敵の注意を自分に向けることだった。


 何かの気配を察知したのか、魔女の瞳が大きく見開く。


 その背後には、いつの間にか無言で笑うヘイヤ・ヘイヤが立っていた。


 魔女が下を向き、胸元から生えた黒い爪を見て叫ぶ。



「きゃぁあああッ!?」


「あひゃひゃひゃひゃひゃ」



 胸を貫かれた魔女が悲鳴をあげ、悪魔デーモンが笑う。


 ヘイヤ・ヘイヤの攻撃は防御無視属性。


 黄緑色の炎が防御系の能力だとしても、ヘイヤ・ヘイヤの攻撃を防ぐことはできない。


 マサトはこれをお膳立てしたに過ぎない。


 瞬時に黄緑色の炎がヘイヤ・ヘイヤを焼き尽くそうと襲いかかったが、ヘイヤ・ヘイヤは身体を焼かれながらも狂ったように笑い続けた。



「おひょひょひょひょひょ」



 黄緑色の炎がヘイヤ・ヘイヤへと力を割いた影響で、マサトが放つ炎を押し返していた黄緑色の炎の力が弱まる。



(いける――)



 吹き荒れる黄緑色の炎を、紅蓮の炎で相殺しながらマサトが魔女へと近付く。


 黄緑色の炎もマサトの再接近を検知したのか、再びマサトへの出力をあげて襲いかかったが、勢い付いたマサトを押し返すことはできなかった。


 魔女から数メートルのところまで接近したマサトが告げる。



「諦めろ。お前の負けだ」


「諦め、ろ、ですって……? それは、私が、1番、嫌いな、言葉、よ!!」



 額に青白い血管を浮かび上がらせながら、魔女が叫ぶ。



「デザストル! 私の全てを、捧げるわ! だから、この男を、始末しなさい!!」



 そう告げるや否や、魔女の身体が黄緑色に輝き――。



「ちッ!!」



 爆発した。


 その衝撃でマサトとヘイヤ・ヘイヤが吹き飛ばされる。



「自爆したのか……?」



 魔女がいた場所へ意識を向ける。



「いや違う……何かがいる。魔女ではない何かが」



 舞い上がる土煙。


 その土煙から溢れる黄緑色の炎。


 新たに感じた気配の持ち主の正体は、先程の魔女とは全く異なるものだった。



「ふむ、よもや自分から器を差し出す展開になるとは」



 そう告げながら土煙から姿を現したのは、腕が6つある二足歩行型の巨大な黒いドラゴンだった。



「我の名はデザストル。闇に生き、闇を育むもの」


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【C】 墓石落としグレイヴストーンフォール、(黒)、「インスタント」、[墓石落としLv1]

「墓石の正しい使い方はな、こうやるんだよ――生きたまま埋葬する悪僧メスト」


【SR】 プロトステガの機巧巨人兵ギガス、8/8、(8)、「アーティファクトモンスター ― 機械」、[熱光線攻撃Lv5][耐久Lv5]

機巧巨人兵ギガスの放つ熱光線は、森を焼き払い、山を跡形もなく吹き飛ばすだけの破壊力をもつ。そして、その装甲は、空の王者であるドラゴンのブレスや、積乱雲の放つ強烈な落雷にも耐え得る。飛空要塞都市が誇る最強の守護兵である――伝説の工匠プロトン」


【UR】 精霊使いの大賢女マレフィセント・ヴィラン、3/3、(赤)(青)(黒)(1)、「モンスター ― 魔人族」、[(黒×3):嘆きの怪鳥ブロディア5/4召喚1 ※上限1][(赤×2):雷雲の精霊グルーン2/3召喚1 ※上限1][(青×2):氷雲の精霊フラウン1/4召喚1 ※上限1][雷魔法攻撃Lv3][闇魔法攻撃Lv3]

「魔人の癖に、精霊術に通じてるなんておかしいと思わない? でも仕方ないのよ。彼らの方から言い寄ってくるんだもの。拒んだら可哀想でしょ? だからこうして遊び相手になってあげているのよ――精霊と戯れるマレフィセント」

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