276 - 「眠りの森のダンジョン11―影、影、影」

 森の奥から次々と現れる魔女の影に、白眼の少年ヴァートと、その師匠であるパークスが立ち向かう。



「まずは、手前の1体で様子を見ます。ヴァート、あなたが仕掛けなさい」


「分かった!」



 ヴァートが両手に黒い炎を灯すと、そのまま左手を突き出し、火球を放った。


 黒い炎の火球は煙の尾を引きながら魔女の影へと向かう。


 そのまま着弾するものかと思われたが、影は身体の一部を霧散させる形でそれを躱してみせた。



「あれを避ける頭はあるってことか。じゃあこれはどうだ!」



 黒い靄を纏いつつ、地面を蹴る。


 靄の塊となったヴァートが、魔女の影との距離を一気に詰めると、影は奇声をあげて威嚇した。



――キィィャァアアアッ!!



 黒く、鋭い爪が生えた異様に長い腕が振り上げられる。


 だが、ヴァートは口元に余裕の笑みを作った。



「遅い遅い!」



 腕を振り下ろそうとしていた影よりも早く、ヴァートが右手から黒い炎を放出する。



「燃えろッ!!」



 放たれた炎は一瞬で影を飲み込んだ。



――キィイイイイヤアアッ!?



 影の身体が炎とともに煙となって消える。



「よし!!」


「やりましたね。闇の炎で仕留められるのであれば問題ないでしょう。私は群れの中心まで行って、敵の数を減らしてきますので、ヴァートはその間ここで敵の殲滅をお願いします」


「はい! 師匠!!」


「では任せました」



 そう告げると、パークスは風を纏って森へと駆けた。


 魔力消失マナロストで一網打尽にするためだ。


 すれ違い様に真空の刃で攻撃された影たちが、標的をパークスへと変え、森の深部へ突き進んでいくパークスの後を追う。


 だが、それも全てではない。


 パークスに釣られなかった3体の影が、ヴァートへ迫った。



「さぁ来い」



 気合いを入れるヴァート。


 その足元の影がすぅっと伸びると、そこから黒いローブ姿の亡霊――プロトステガの伝書影が姿を現した。



「え?」



 驚くヴァートを余所に、伝書影が誰に命令された訳でもなく、ヴァートの代わりに魔女の影へと立ち向かう。


 1対3では、さすがに分が悪いだろうと心配したヴァートだったが、それもすぐ要らぬ心配だったと気付くことになる。


 不規則的な軌道で宙を飛ぶ伝書影が、魔女の影に接近すると、両手から黒い波動を発生させた。


 その波動は魔女の影を破壊するには十分な威力を秘めていた。


 伝書影から攻撃を受けた影が、その肢体を破裂させ、断末魔の叫びとともに姿を消していく。


 そして、瞬く間に3体の影が、伝書影によって討伐された。



「つっよ!?」



 その強さにヴァートが驚く。



「さすが父ちゃんの召喚モンスター。おれたちも頑張らないとな!」



 ヴァートの言葉に、隣にいた地獄の猟犬ヘルハウンドが一鳴きして応じる。


 その時、ララの声が響いた。



「シェイドは目に見えているものが全てではないのよ! 地面に伸びる影にも気を付けるかしら!!」


「影!?」



 倒木の影から影へと伸びる複数の影を見つける。



「そういうことか!!」



 真っ先に伝書影が迎撃に動くも、1度に対処できる数を超えていた。


 溢れた影がヴァートへ迫る。



地獄の猟犬ヘルハウンド! やるぞ!」


「ヴァゥッ!!」



 地獄の猟犬ヘルハウンドが地を蹴り、迫ってきていた影の一体へと飛びかかる。


 ヴァートの背を守るように待機していた礼拝堂の守護霊ガーディアン・オブ・チャペルも、影の対処へと動いた。


 1体、また1体とヴァート達が討伐していくも、それと同等以上の速度で影も増えていった。



(師匠が数を減らしてくれるまでここで耐えないと……!!)



 奮闘していたヴァートだが、ふとした瞬間に生まれた隙きを突かれて影の接近を許してしまう。



「まず!?」



 黒く染まった口を大きく開けた魔女の影が、ヴァートの目前まで接近する。


 その直後、影の叫びがヴァートを襲った。



――キィイイイイヤアアッ!!



「ぐぅ……」



 叫びを至近距離で受けたヴァートの視界が揺れる。 


 だが、それも一瞬だった。


 マレーン姫の金の首飾りが淡く輝き、影の叫びを相殺したのだ。


 厳密には、影の叫びには精神攻撃属性があり、[精神攻撃耐性Lv3]の効果をもつマレーン姫の金の首飾りが反応したに過ぎないが、敵の攻撃に対する防御手段があるのとないのとでは、有利不利が大きく変わってくる。



(あ、楽になった。これなら!!)



 目の前の影を焼き払うと、ヴァートは再び次に迫ってくる影の対処へと動いた。




◇◇◇




「あの2人に任せっきりで、アタシらだけここで何もしなくて良いのかよ……いや、良くないだろ……」



 ヴァートとパークス。


 迫る魔女の影へ果敢に立ち向かった2人の背中を見送ったモイロが、このまま傍観したままなんてプライドが許さないと奮起する。



「タスマ! アタシにありったけの補助魔法バフをかけて!」


「え? そ、それは良いけど……」


「ちょっとモイロ!? 何するつもり!? まさか……」


「見てるだけなんて情けないだろ! アタシも行く!!」


「パークスさんの話聞いてなかったの!? この光の膜から出たら――」


「タスマに補助魔法バフかけてもらえば少しくらい戦えるだろ!? タスマももたもたしてないで早くやってくれ!!」



 ニーマの説得もモイロは聞く耳持たず、参戦する気満々になっていると、ララが率先してモイロへ補助魔法バフをかけ始めた。



「この光の膜と同じ性質の補助魔法バフをかけたのよ。これで少しの時間なら耐えられるかしら」


「助かる!!」


「お礼を言うのはララの方かしら。何もしようとしない無能キングに代わって、ここへ迫ってくる影の対処は任せたのよ」


「おいララ、俺は別に何もしようとしていない訳じゃなくてだな――」


「さぁ行くならさっさと行くかしら! 既に1体接近してきているのよ!!」


「ああ、任せろ!!」



 モイロが光の膜から慎重に出ると、外の瘴気に思わず咽た。


 ニーマとガラーが心配して声をかける。



「モイロ!?」


「姉貴!?」


「だ、大丈夫。ちょっと咽ただけだって」



 これ以上、心配されてはたまらないと、無理矢理顔に笑みを作ると、そのまま魔女の影へと走った。


 魔女の影が、新たに接近してきたモイロへ向けて叫び声をあげる。


 通常時であれば、直接精神へ干渉してくる影の叫びも、タスマとララから付与された補助魔法バフの効果のお陰で影響は少ない。



(いける――!!)



 モイロがすれ違い様に、淡く輝く剣を振るう。


 タスマの神聖魔法によって一時的に強化された剣だ。


 白い剣線が影の身体を斬り裂くと、影は悲鳴をあげながら姿を消した。



「やったか!?」


「まだなのよ!!」


「ちっ! 背後か!?」



 モイロの背後へ現れた影が、その黒く鋭い爪のついた右手を振り下ろす。


 そして、その爪先がモイロの背中に接触しようとした瞬間――モイロは駒のように高速で回転し、影の右手を豪快に斬り飛ばした。


 

「やったかしら!」


「へへ、この程度の攻撃なら何回でも倍返ししてやるよ」



 モイロが自慢げに言い放つ。


 影の叫びさえ封じてしまえば、影は爪による物理攻撃をせざるを得なくなる。


 そして影は攻撃する瞬間に実体化するため、敵の攻撃をトリガーとして発動できるカウンター技――鸚鵡返しパロットカウンターを得意とするモイロにとっては相性が良かったようだ。



「最後の防衛ラインはアタシに任せろ!!」


「任せたのよ!!」




◇◇◇




 ヴァートやモイロが奮闘する中、森を突き進むパークスにも困難が訪れていた。



「やれやれ。敵は魔女の影だけではなかった訳ですか」



 宙を舞う魔女の影の他に、地面を四足歩行で徘徊する黒いモンスターが出てきたのだ。


 そのモンスターは、芋虫に脚の生えたような姿をしていた。



「これもシェイドの一種ですかね。だとしてもやることは変わりませんが」



 パークスが刀身のない剣を振るう。


 真空の斬撃は、一瞬で黒いモンスターへと到達し、朧気に揺らめく黒いモンスターの身体を引き裂いた。


 だが、次の瞬間には、何事もなかったかのようにモンスターの身体が元に戻る。



魔力マナを込めた風でもダメージを与えられないと……ただのシェイドではないようですね。もう少しだけ先に進みたかったところですが、この辺で妥協するとしましょう」



 パークスは一度周囲の状況を窺い、自分が敵の群れに囲まれていることを確認した後、銀縁の眼鏡を中指で押し上げながら呟いた。



魔力消失マナロスト



 パークスの身体から灰色の波紋が広がり、それが周囲の色をくすませていく。


 その波紋は魔女の影や黒いモンスターを次々に飲み込んでいった。


 だが、そこで想定外の事態が起こった。


 魔力消失マナロストを受けた魔女の影や黒いモンスターがすぐ息絶えなかったのだ。


 魔力消失マナロストを受けた影は、その身体から黒い靄を蒸発させながらも、波紋の中心にいるパークスへと奇声をあげつつ迫った。



「簡単にはいきませんか」



 瞬時に魔力消失マナロストの出力をあげたパークスだったが、地面すれすれを滑るようにして迫ってきた影の接敵を許してしまう。



「ッ!!」



 咄嗟に振り放った真空の斬撃が、魔女の影を斬り裂く。


 だが、その攻撃は有効打にならなかった。


 身体を切り裂かれながらも、黒い大口を開けてパークスへと迫る。


 そして、顔の至近距離まで近付くと、叫びによる精神攻撃を繰り出した。



――キィィャァアアアッ!!



 影の口から放たれた波紋が、パークスの顔を歪ませる。


 だが、その直後にパークスの胸元から溢れ出した光が、影の叫びを打ち消した。


 胸元のポケットには、マサトからもらった光のロザリオが入っている。


 パークスもヴァート同様、精神攻撃耐性を持つ魔導具アーティファクトを所持していたのだ。



「マサトに感謝しなければいけませんね」



 光に怯んだ影が、パークスから離れていく。


 だが、攻撃を仕掛けてきたのは、魔女の影だけではなかった。


 影と入れ替わるようにして、黒いモンスターが靄の塊となって突撃してきたのだ。



「これは……闇魔法?」



 得体の知れない黒い靄の塊を躱しつつ、鎌鼬かまいたちを放つ。


 風の斬撃は黒い靄を斬り裂いたが、これも有効打にはならなかった。



「中々しぶとい。ですが、魔力消失マナロストは効果があるようですね」



 黒い靄が徐々に身体を崩壊させていく。


 先程、パークスに接近した影も、その身体を維持できずに叫びをあげながら消えていった。


 出力をあげた魔力消失マナロストの中では、魔女の影や黒いモンスターも長くは保たなかったようだ。


 それでも、無尽蔵に森の中から湧いて出てくる影やモンスターを相手取るのは、さすがのパークスといえど容易ではなかった。


 元々、魔力消失マナロストは消耗も激しく、展開しつつ戦うような技ではないのだ。


 戦いが長引くにつれ、体力を消耗し、動きが鈍くなっていく。



「くっ!!」



 死角から突然出現した黒い靄がパークスの背中へ直撃。


 そのままパークスの身体を飲み込もうと靄を広げたが、再びロザリオが発した光がそれを阻んだ。


 光が黒い靄を浄化し、消し去っていく。



「このロザリオはこのモンスターにも効果が……?」



 もしやマサトはこの状況を見越して、光のロザリオを渡したのかという考えが頭を過ぎったが、すぐ偶然だろうと思い直す。



(二度もこのロザリオに助けられるとは。しかし、このまま長期戦を続行するのは危険ですね……マサトが決着を付けるまで保たせられるかどうか)



 雲行きが怪しくなりつつある空に軽く視線を向ける。


 その上空では、炎の翼を広げたマサトが、雷雲を背に黄緑色の炎を纏った魔女と対峙しているところだった。


――――――――――――――――――――

▼おまけ


【C】 闇に湧く影シャドウマゴット、1/1、(黒×2)(1)、「モンスター ― シェイド」、[生贄時:闇魔法攻撃Lv1][(黒):一時能力補正+1/+0 ※上限1]

「死体に蛆が湧くように、闇にも蛆が湧く。それが何によって産み落とされたものなのかは、まだ判明していない――探求の大賢女スカアラ」

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