278 - 「眠りの森のダンジョン13―闇を育むもの」
「うぬが戦っていた女は死んだ。この国に住んでいた者も全て。それでもまだ、戦いを続けるつもりか?」
デザストルと名乗った黒いドラゴンが言葉を発する度、周囲の空気がぴりぴりと張り詰める。
その存在感は圧倒的なもので、マサトは自分が矮小な存在になったかのような錯覚を抱いた。
(今まで戦ってきたモンスターの中でも別格の威圧感……ヘイヤ・ヘイヤ以上か)
このまま先手を取るべきか、マサトの中で迷いが生じる。
それくらい強烈なプレッシャーだったが、躊躇った一番の理由は相手に対話の意思を感じたからだ。
だが、だからといって、マサトも下手に出るつもりは毛頭なかった。
相手の威圧を押し返すつもりで言葉を返す。
「言っている意味がよくわからないな。お前はあの魔女の仲間じゃないのか?」
マサトとデザストル、それぞれから放たれた覇気が、丁度中間でぶつかり、バチバチと紫電を発生させる。
すると、デザストルが目を細めつつも、満足気に笑った。
「魔女? ククク、うぬらはあの女達をそう呼ぶのだったな。この国では賢女として平和に暮らしていた女達も、うぬの世界から見れば、火炙りにすべき不浄なる魔女扱いとは。この世は非情であるな」
その言葉に、マサトの中で感じていた仮説が現実味を帯びた。
ダンジョンの中だと思っていたこの世界は、別の次元の世界であり、冒険者達はダンジョン攻略と信じて略奪を繰り返していただけだったのだと。
(ゲーム感覚で、無実の人達を虐殺か……これは知りたくない事実だったな)
マサトが黙っていると、デザストルが再び口を開いた。
「ほぅ、うぬはそれを理解していたのか。うぬが気に病むようであれば、気休めの言葉でもかけてやろうと思っていたところだが、要らぬ気遣いであったか」
「気遣いだと……? お前は仲間を殺した相手に気をかけるというのか?」
「仲間、か。この国の者は、我を相当毛嫌いしておったがな。だが、確かにあの女だけは少し違った。国から追い出されることを覚悟で、我と契約し、国を陰で支えようと自ら茨の道を選びおった。そして最期は――」
デザストルが挑発的な視線を向ける。
国のために身を犠牲にした悲運な女の死を咎める視線ではなく、そんな女の命を断ったと知った今のお前の気持ちはどうなのだと、揶揄いを含む視線で。
だが、マサトが微動だにせずにいると、デザストルは鼻息を一吹きし、話を再開した。
「無反応か。もしやそこまで想定していたか? だが、それも我にとっては大したことではない。あの女は元契約者というだけだ」
「契約者?」
「そうだ。我は強き意思をもつ者と契約し、力を与える存在。あの女は何を勘違いしたのか、うぬを始末するよう指示して死んだが、我との契約は生前までのもの。死後も続く契約をした覚えはない。故に、我があの女の言いなりに動くことはない」
デザストルは続ける。
「うぬは強い。だが、我と契約すればさらなる高みを目指せるぞ? あの女が、この国を守るために我と契約したように、うぬも我の力が欲しくはないか?」
そう告げると、6つの腕と、黒く大きな翼を雄々しく広げた。
断られるはずがないという自信に満ち溢れた姿だ。
翼に煽られた黄緑色の炎が吹き荒れる中、マサトはデザストルをじっと見返す。
そして、迷いなく決断した。
(――いけ、ファージ)
マサトの指示を受け取った肉裂きファージが、空からデザストルへ強襲をかける。
――キシャァアアア!!
魔女が召喚した氷のモンスターによって氷漬けにされた肉裂きファージだったが、一時的に戦線離脱させられただけで、やられた訳ではなかった。
氷の拘束が解けた後は、マサトの指示に従って突撃の機会を窺っていたのだ。
だが、3tトラックを超えるほどの身体をもつ肉裂きファージでも、デザストルと比べると小さく見えた。
「ふむ。威勢の良い怪竜だ」
強襲したはずの肉裂きファージが、釣り上げられた魚のように掴まれ、動きを封じられてしまう。
肉裂きファージとて4/4の中型クラス。
相手の力量を測るに十分な強さを秘めているはずだったが、想定以上の実力差がそこに存在していた。
「どれ、味見してみるか」
デザストルは肉裂きファージの首と尻尾を2つの腕で器用に掴み直すと、大口を開けてかぶり付いた。
肉裂きファージが悲鳴をあげ、鉤爪のついた両足をじたばたさせて暴れたが、デザストルの強靭な顎からは逃れられなかった。
そのまま身体の大半を噛み千切られ、足掻く力を失う。
「味は見た目通りか。不味い不味い」
口元を緑色の血で濡らしたデザストルが、動かなくなった肉裂きファージを投げ捨て、再びマサトへと向き直る。
「羽虫の乱入で話が途切れてしまった。もう1度問おう。うぬは力が欲しくはないか?」
デザストルの口元が微かに歪む。
ドラゴン故に表情の機微までは分からないが、マサトは嘲笑の雰囲気を感じていた。
この程度の使い魔で我に盾付くつもりか、と。
「……対価は何だ。契約で俺が支払う対価を教えろ」
マサトがそう答えると、デザストルの緑色の瞳が怪しく光った。
「賢い回答だ。案ずるな。うぬが対価を支払うのは死後。対価はうぬの魂と、その魂に宿る力のみ。ただそれだけだ。うぬが生前に対価を払うことは一切ない。それだけで、生前は我の力を好きに使うことができる。どうだ? 破格の契約条件だろう?」
それは、生前に力を貸す代わりに、死後の魂を引き渡す悪魔の契約と酷似していた。
現実世界では、不幸な結末とセットになる定番の契約である。
そうでなくとも、死後の世界が明確に存在するMEでは悪手でしかないというのがマサトの認識だ。
「そうか……なら、俺の答えは――」
「答えは?」
「これだ」
直後、マサトの頭上を掠めるようにして極太の光線が走った。
その光線は一瞬でデザストルの胸に到達すると、デザストルの巨体を勢いよく後退させた。
「愚かなッ!!」
牙を剥き出しながらデザストルが吠える。
だが熱光線の攻撃が効いているのか、デザストルは両足の鉤爪を鋭く地面に突き立てて踏ん張りつつも、6本の腕と翼を閉じて光線から身を守ろうとした。
デザストルを守るように吹き出した黄緑色の炎と翼に遮られ、光線が四方に霧散する。
「これがうぬの答えかッ! 後悔することになるぞッ!!」
デザストルが再び吠えた。
だが、マサトは答えない。
代わりに応じたのは、デザストルの背後から斬りかかったヘイヤ・ヘイヤだ。
「あひゃひゃひゃひゃ! またまた背中ががら空きだっひゃ!!」
「グォオオオオオッ!?」
デザストルが叫びながら仰け反る。
ヘイヤ・ヘイヤの手応えはマサトにも伝わった。
幻影の爪による渾身の一撃は、デザストルの強固そうな黒い鱗を難なく斬り裂いたのだ。
「己ぇえッ! 不純な存在が我に盾突くとはッ!!」
デザストルが憤り、振り向きざまに長い尻尾でヘイヤ・ヘイヤを迎撃した。
鞭のごとく振るわれた強固な尻尾を受けたヘイヤ・ヘイヤが短い叫びをあげて吹き飛ぶ。
だが、一連の牽制攻撃でマサトが得た情報は大きかった。
(
そう判断するや否や、マサトが次の行動に移る。
「
【C】
デザストルへ向けた手のひらに黒い空間が発現し、そこから複数の冥闇の鎖が勢いよく飛び出すと、ヘイヤ・ヘイヤに気を取られていたデザストルの身体に巻き付いた。
「これは――冥闇の鎖ッ!? なぜうぬがッ!?」
デザストルが驚愕した様子で叫ぶ。
その声色には焦りも感じられた。
冥闇の鎖に拘束された身体から、黒い水蒸気のようなものが噴き出す。
だが、
超大型モンスターに長い効果は見込めないため、マサトは勝負に出る。
背中から炎を噴射させ、一気に加速。
同時に、右拳に限界までマナを込めた。
「待てッ! うぬに話があるッ!!」
(いぃぃぃけぇぇぇえええええええッ!!)
デザストルの叫びはマサトの耳に届かない。
既に勝負を決めにかかった後だ。
今更止まることなどできるはずもなかった。
それでもデザストルは叫ぶ。
「や、止めよッ!!」
「うぉおおおおおおおおおお!!」
冥闇の鎖を引き千切ろうと足掻くデザストルの心臓部目掛け、マサトは光輝く右拳をねじ込んだ。
「グ、グワァァアアアアアアアッ!?」
拳はデザストルの胸部を貫き、マナバーンすれすれまで拳に圧縮させたマナは、デザストルの胸部へ伝わった後、その莫大な力の出口を求めて盛大に爆発。
巨大な身体をもつデザストルの上半身全てを消し飛ばした。
残った下半身も、爆発の勢いに煽られ、黒い靄となって流れていく。
(やったか……? いや、念には念を入れておこう)
マサトは空気中へと少しずつ霧散していくデザストルの下半身に向けて、止めとして機能してくれるであろう呪文を行使した。
「
【UC】
再生能力を無効化する火魔法攻撃呪文だ。
青白い炎がまだ残っていたデザストルの下半身を焼き払うと、空気中へ流れていた黒い靄も煙へと消えた。
「……よし」
これで少なくとも「実は再生されてしまっていた」なんて結末は防げると、ようやく一息つく。
結局、途中に召喚したヘイヤ・ヘイヤと
だが、まずまず健闘した方だろう。
ヘイヤ・ヘイヤは高い再生をもっているので、放置でも問題はない。
即死しなければどんな瀕死状態からでも勝手に回復してくるぐらいのしぶとさがある。
一方で、プロトステガの
上空からの落下により、下半身が壊れてしまい、歩行不能な状態になってしまっていた。
それでも、デザストルを押し込むほどの高威力の熱光線を放てるあたり、さすがは人型古代兵器といったところだろう。
(
「
【UC】
呪文を行使すると、プロトステガの
(後はマナを回収して、ヴァート達の元へ戻ろう)
マサトが両手を広げて、周囲のマナを回収しにかかる。
すると、デザストルを焼き払った跡地から、いつもより黒々しい光の粒子が大量に舞い上がった。
その光は、渦を巻きながらマサトを包み込む。
(なんだ……? これもマナか……?)
そして目の前に表示されるシステムメッセージ。
『ひび割れた
『
『特殊条件を満たしたため、新たな称号を解放しました』
その表示を見て、マサトはこのダンジョンの攻略が完了したのだと確信したのだった。
『称号、
『称号、
『称号、
――――――――――――――――――――
▼おまけ
【C】
「冥闇に住む魔物を繋ぐ鎖は、頑丈なだけではありません。凶暴な魔物を弱らせ、大人しくさせる効果もあるのです。もし貴方が、冥闇の鎖に繋がれた可哀想な小動物を見つけたとしても、その鎖は解かない方が良いでしょう。食い殺されたくなければ――冥界の渡し守カロン」
【UC】
「死の呪いに抗い、何度も再生してくるような奴はこれで焼き払えばイチコロだ。判断が付かなかったら取り敢えず焼いとけ。そうすれば間違いは起こらない――墓所の掃除人カシシ」
【R】 ひび割れた
「精霊達がマレフィセントへ贈った、とってもとっても希少な指輪。マレフィセントの望みを叶えることができれば、代わりにその指輪を貰うことができるかもしれないわ――物欲の大賢女マテイア」
【SR】
「それは天と地を繋ぐ境界であり、自然と生物とを結ぶ境界でもある。仮にそれらと同化することが可能であるなら、偉大な
【SR】
「光を消し去ることはできる。だが、闇を完全に消し去ることはできない。デザストルは闇の一部であり、闇そのものでもあるのだ――
【UR】
「デザストルが育てるのは、契約者ではない。闇だ。その闇を育むために、デザストルは存在している。デザストルが新たな契約を結ぶ度、その闇は大きく成長していき、世界にとっての厄災へと変わる――
【SR】
「茨の国の住民を皆殺しにした、殺戮の暴君に与えられし称号。暴君が通った後の森には、その地に住んでいた者達の亡骸が眠っている」
【SR】
「
【SR】
「無限に広がる闇の世界にも、人の世と同じく数多の王が存在する。人の世と明確に違うのは、闇の世界は完全なる実力主義であるということ。弱者が群れて強者に逆らうことはない――深闇を覗く者プラーダ」
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