274 - 「眠りの森のダンジョン9―魔女の影」
マサトの放った火の玉が、マレフィセントの根城に着弾。
城は爆発に飲まれ、大地を大きく揺らした。
爆発の衝撃波は周辺の木々を薙ぎ倒し、やがて暴風へと代わると、ヴァート達のいる場所まで大量の土埃を運んだ。
真っ先に騒いだのは、モイロら
「な、何が起きたんだ!?」
「ひぃっ!? モイロど、どうするのよ!?」
「そうだよ! どうすんだよ姉貴!」
「どうするも何も、ダンジョンから出られないなら、全員であの人を待つしかないだろ!?」
「か、神よ……」
モイロを盾にするように、ニーマ、ガーラ、タスマが団子状態で固まっている。
ダンジョンの外へ出るための洞窟へと戻ってきた一同だったが、肝心の洞窟の中はどういう訳か黒い炎が発生しており、近づくことができない状態になっていた。
そのため、ニーマ達まで洞窟の前での待機を余儀なくされていたのだ。
幸い、マサトが召喚したウッドが周辺を警備しているためか、敵の襲撃はない。
道中も敵の姿はなかった。
先ほどの暴風も、マサトとの約束通り、ララが防御魔法を展開し、パークスが風の障壁を作って備えていたため、メンバーの被害は皆無だ。
ララが展開した光の膜に降り積もりつつある土を眺めながら、キングがしみじみと呟く。
「セラフは相変わらず派手に暴れてんなぁ」
キングの何気ない一言に、隣で同じように空を見つめていたヴァートがぴくりと反応する。
ヴァートは無言だったが、口は固く結ばれ、その拳は強く握りしめられていた。
そんなヴァートを視界の端で捉えていたキングの口元が緩む。
「本当は加勢しに行きたいんだろ?」
「えっ? い、いや、おれは別に……」
ヴァートが動揺するも、キングは気にせず話を続ける。
「まぁセラフといると出番なんて滅多に回ってこないからな。俺は別に不満なんてこれっぽっちもないが、坊主は一緒に戦いたくて仕方ないって顔してっぞ」
「ええっ!?」
焦ったヴァートが自分の顔を両手で触る。
そこへ、ララがジト目で口を挟んだ。
「セラフの言いつけをちゃんと守ってる少年を煽るなかしらバカキング」
「へいへい。悪ぅござんしたね。だがよ、お利口さんに言いつけ守り続けて、んで、結局何もできずに終わることもあるんだぜ? そうやって手遅れになって、後々後悔することもある可能性もちゃんと天秤にかけておけよ?」
まるで自分の過去を語るかのようなキングの物言いに、ヴァートは核心を突かれたような気がして狼狽した。
だが、少しして、ヴァートの表情に力が戻る。
「そ、それでも、おれはここで、父ちゃんの帰りを待ちます! それがおれができる最善だと思うから」
その返答に、今度はキングが驚かされた。
「ほほぉ? ちゃんと覚悟はできてるってことか」
キングだけでなく、ララとアタランティスも関心したように頷く。
すると、今度はパークスが口を挟んだ。
「そう焦らずとも、この後、嫌でも戦うことになりますよ」
「「「えっ?」」」
そう告げながら、風の障壁の先に視線を向け続けるパークス。
皆もその視線の先を追うと、森の奥から黒い影が現れ始めたのが見えた。
「森の奥から敵だ!!」
アタランティスが声をあげ、その影を見たニーマが叫ぶ。
「あれは――魔女の影!?」
森から出てきた黒い影は、亡霊のような見た目をしていた。
黒い二本の角に、長い黒髪。
青黒い肌に、真っ黒に染まった大きな瞳と、黒く染まった大きな口。
前方に伸ばした両手は異様に長く、指先は黒くて鋭い爪と化している。
その化け物が、ボロボロの黒いローブを揺らし、地面の上を浮遊しながら、奇声をあげて迫って来ていた。
「こりゃまた薄気味悪ぃのがやってきたな……」
「シェイドなのよ。ここは厄介な敵しかいないのかしら」
「くっそ。入口が開いてりゃ一旦外に離脱できんのにな」
キングが溜息を吐く。
「でもまぁ、あのでかい大木様がいるからどうにかなんだろ?」
キングがそう話した直後、魔女の影の真下から木の根が飛び出した。
ウッドによる木の根を使った遠隔攻撃だ。
木の根は、まるでそれ自体が意思をもつ手のように、そのまま魔女の影を絡め取ろうと動いた。
だが、木の根は魔女の影を拘束することはできなかった。
絡みつこうとした木の根が影をすり抜ける。
それを見たキングの表情が曇った。
「大丈夫……じゃねぇの……か? もしかして」
ララが答える。
「シェイドには実体がないのよ。干渉できるくらいの
その間も、次々に木の根が地面から飛び出すも、魔女の影を止めることはできずにいた。
「おいおい、何か手はねぇのか?」
「魔法や属性攻撃なら、実体がないシェイドにも有効なのよ。後は、シェイドがこちらに危害を加えようと実体化した瞬間を狙えば、
「そ、そうか。じゃあ取り敢えずアタランティスの出番か?」
「この光の防御障壁を内側から魔法矢でぶち破る気かしら!?」
「一回展開を解けばいいだろ」
「無理かしら」
「あ? なんでだよ?」
「今はこの光の防御障壁を消せないって言ってるのよ! おたんこなす!」
「どういうことだ? おれにも分かるように説明しろって!」
ララの代わりに、パークスが口を開く。
「微量ですが、この一帯に瘴気を感じます。恐らく、例の殲滅魔法というのを行使したのでしょう。私が遠隔で風の流れを変えて外へ追いやっていますが、完全にとはいきません。今、この光の膜を消したら、全員、原因不明の瘴気に身体を蝕まれますよ」
「瘴気ってなんだよそりゃ。じゃあ、おれたちはこの光の膜の中で応戦しなきゃいけねぇ訳か? 結構狭いぞ……? ここ」
「文句があるなら出ていけかしら! この! アホキング!」
「ば、ばか蹴るなっつの!」
じゃれ合い始めたキングとララを無視し、ヴァートがパークスに話しかける。
「師匠。これ、多分、おれなら大丈夫。母ちゃんが発してた奴の方が全然強いよ」
「なるほど。確かに、ヴァートなら影響ないかもしれませんね」
「どういうことかしら」
そのやり取りを聞いて心配になったララが、キングとのじゃれ合いを止めて聞いた。
パークスが答える。
「ヴァートにはこの手の瘴気に対する免疫――強い疫病耐性があるというだけです」
「本当に、本当に大丈夫なのかしら」
「それはやってみなければ分かりませんが、恐らく大丈夫でしょう」
「恐らくって……」
「ララさん、心配してくれて、その、ありがとう、ございます。でも、きっと大丈夫なので」
そう告げると、ヴァートはゆっくりと光の膜に触れた。
「ちょ、ちょっと!?」
「ヴァート!?」
ララと青い顔をしたアタランティスが心配した声をあげるも、ヴァートは止まることなく、光の膜を壊さないように慎重に外へ出た。
「だ、大丈夫なのかしら」
心配顔のララが聞くと、ヴァートは確信した顔で頷く。
「うん、これなら大丈夫。野犬達はどうだろ?」
「クゥーン」
光の膜の中にいる野犬3匹が頭を下げて申し訳無さそうな声をあげる。
「やっぱ駄目か」
「ヴァート、無理はするなよ!?」
アタランティスが光の膜越しにヴァートに近付き、身体を気遣うも、逆にヴァートに気遣われる。
「緑の姉ちゃんこそ、この瘴気に一番敏感なんだから、光の膜の側に来ちゃ駄目だよ。おれなら大丈夫だから!」
「す、すまない」
嗅覚が鋭い緑狼族のアタランティスにとっては、微量の瘴気でも鼻が曲がるほどの刺激となっていたのだ。
そのため、アタランティスは大分弱っていた。
このパーティの中でも一番優れていた敵の気配察知能力も、今では全く機能していない。
「……頼んだぞ」
「ああ! おれに任せてよ!
ヴァートが
ヴァートの影には、プロトステガの伝書影が既に待機している。
向かってくる魔女の影に対峙するのは、ヴァートと護衛のモンスター3体だ。
するとそこへ、白い服の男――パークスが一緒に並ぶ。
「……え? し、師匠!?」
「どうかしましたか?」
「え、いや、なんで出て来ちゃったの? 瘴気は……?」
「この程度の瘴気であれば、私でも影響はありません。対処も私1人なら可能です。それに、
「え……あ……」
森の奥へ目を向けると、魔女の影が次々と姿を現してきたところだった。
◇◇◇
「あひゃひゃひゃひゃ。宴の続きだひゃ。楽しい楽しい宴の続きができるんだひゃひゃひゃ」
二本の立派な黒い角を頭から生やし、蝙蝠のような黒い翼を広げた
その口には、ウサギのように上下に鋭く伸びた二本の門歯が覗いている。
身長は3m程。
上半身の筋肉が異常に発達しており、体全体が逆三角形に見える。
血の様に真っ赤な縦長の瞳孔と、常闇の様に濃い黒一色で染まった眼球は、見る者を恐怖させるほどの狂気で満ちていた。
マサトが召喚したこの
(……大丈夫そうだな)
疫病の影響がないことを確認したマサトが静かに頷く。
マサトが予想した通り、ヘイヤ・ヘイヤには
MEに登場する全ての種族には、それぞれ特性という設定がある。
不浄の大地にでも住めるゴブリンは、それだけ疫病に対する耐性も高い。
状態異常に対する種族耐性が殆どないのは人族くらいだが、
強力な種族耐性は、時に光に弱くなるといった特定の弱点も生み出してしまうが、環境によって圧倒的に有利な状況を作れることが種族の強みでもあるというのが、MEの特色でもあった。
「皮膚の内側に再生用の
そう告げて、マサトはヘイヤ・ヘイヤへ黒マナを注ぎ込んだ。
黒い光の粒子がヘイヤ・ヘイヤを包み込み、その皮膚の内側にもこもこと何かが生まれる。
「あひゃひゃひゃ。非常食だひゃひゃ」
喜ぶヘイヤ・ヘイヤを見たマサトが、その手に何の武器も持っていないことに気付く。
(あの時は槍を装備していた気がするが、今は素手か。こいつを単騎で戦わせるなら、何か武器があった方が良いな……)
少し考え、強化手段が決まる。
「
【C】
【UC】 幻影の爪、(青×2)、「エンチャント ― モンスター」、[能力補正+2/+0][手札帰還][耐久Lv1]
どちらとも耐久Lv1と脆いが、捕食と再生能力のあるヘイヤ・ヘイヤなら伸びる舌を十二分に有効活用できる。
更に、ヘイヤ・ヘイヤは拳で戦うスタイルだったため、幻影の爪とも相性が良いだろうと判断した。
「おひょひょ。これは面白そうな強化だひゃ」
ヘイヤ・ヘイヤが舌を鞭のように振り回したり、爪の長さを変えたりして新たに得た能力をざっと確認していく。
(後は、あのでかい鳥に対抗できるモンスターを用意できれば)
MEにおけるバトルでのセオリーは、敵の主力モンスターよりも数を多く揃えることにある。
数の暴力こそ正義。
だが、既に場には
選択肢は少ない。
(あいつにするか――)
候補が決まる。
疫病が効かない種族であり、高い戦闘力の実績もある飛行モンスター。
それは――。
「肉裂きファージ、召喚」
マサトの左手から黒い靄が大量に噴き出し、それが渦を巻くようにして空中へと集まると、一つの球体が出来上がった。
――――――――――――――――――――
▼おまけ
【C】
「その舌が魔法と呼ばれる所以は3つある。1つは、獲物を追いかけてどこまでも伸びる伸縮力。もう1つは、獲物を逃さないためにどこまでも強力になる唾液の粘液力。最後の1つは、舌が長いほど
【UC】 幻影の爪、(青×2)、「エンチャント ― モンスター」、[能力補正+2/+0][手札帰還][耐久Lv1]
「鋼の剣よりも鋭く、軽く、出し入れも自由。敵に幻影使いがいたら、安易に近付かないことだ――蒼き幻影使い、ジェイサン」
【C】 マレフィセントの影、1/1、(黒×2)(2)、「モンスター ― シェイド」、[精神攻撃Lv1][(黒):一時能力補正+1/+0 ※上限3]
「光が影を生むのではない。闇が影を生むのだ。影にとって光は死と同じ。光の化身達が命なき者達を育むことはないが、我は違う。光か、闇か。うぬが望むのは、どちらの力だ?――闇を育むもの、デザストル」
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